東洋のタバコ王

2008年9月15日 月曜日

早嶋です。

東洋のタバコ王とも呼ばれた村井吉兵衛(きちべい)はタバコの行商から一大財閥を築いた人物です。

tabaco氏は貧しいタバコ商の家に生まれ9歳で同業の叔父の養子になると同時に行商を始めます。転機はそれから10年後、19歳のときにやってきます。たまたま知人から借りた洋書から紙巻タバコの存在を知りました。当時、普及していたキセルを使った刻みタバコと比べて道具が不要、携帯に便利、そしてスマートなすい方に商機を見出したのです。

当時の紙巻タバコは輸入品が中心だったため大変高価でした。そこで氏は自ら製造しようと研究を重ね「サンライス」を開発したのです。氏の能力は商品開発にとどまりません。斬新な広告戦略を実践して売上を伸ばしていきます。

米国の印刷技術をいち早く導入してオシャレ(当時としてはハイカラ)パッケージを作製します。また、中には美人画のカードをおまけとして封入しました。更に、馬車と音楽隊で商品名を連呼するCMソングを流して注目を集め、日本で始めての巨大な野立て看板を京都に設置しました。

氏が東洋のタバコ王と呼ばれるようになったのは商品だけではなく、大量生産と低価格に加えて巧みなプロモーション戦略による、まさに現在に通じるマーケターだったからなのです。

仮に政府がタバコの専売化を行わなければ現在もその名を馳せていたことでしょう。

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