早嶋です。約2400文字。
(コメ高騰の現状)
2024年から2025年にかけて、コメの小売価格が約2倍に跳ね上がった。ニュースでも話題になったが、その背景には単純な需給バランスでは片付けられない、もっと深い構造問題が横たわっている。この問題を理解するには、まず日本のコメ市場の仕組みを押さえる必要がある。
過去、日本はウルグアイ・ラウンドにおける日米合意で、米国産のコメを毎年最低30万トン輸入することを義務付けられた。関税は当初試算で700%とも言われたが、現在は実効で200〜400%程度だ。それでも高関税に変わりはなく、国内農家を守るための政策だった。ところが、その輸入米は品質が高いにもかかわらず、ほとんどが人間の食用市場には出回らず、飼料用などに回されている。これは、米農家の経営を守るため、そしてその背後にある農村票を守りたいという政治的思惑が絡んでいる。
一方で、日本の米農家は長年、JA(農協)に集荷と販売を頼り、どれだけ品質の良い米を作っても価格は一定の枠内に抑えられていた。努力しても報われにくい仕組み、安定した補助金。この環境が、農家を骨抜きにしてしまった側面もあると思う。しかし近年、その構造に変化が起き始めている。インターネットの普及、直販型流通の広がりにより、農家が企業や消費者と直接契約する動きが加速したのだ。つまり、JAを通さない流通が増え、JAの集荷量は年々減少してきたのだ。
そのような背景の中、2022年ごろから「コメが不足するかもしれない」という不安がSNSを通じて広まり、一部の流通業者や消費者がコメを過剰に備蓄する動きが広がった。これによって市場に流れるコメが減り、需給バランスがさらに悪化したと考える。結果的にコメの価格は、1年で約2倍に跳ね上がったのである。
政府は備蓄米を放出して対応を試みた。しかし放出されたコメは主にJA全農など大口組織が落札し、小売りや一般流通にはあまり出回らなかった。さらに、備蓄米を落札した業者には「1年以内に同量を買い戻す」義務が課され、リスクを取ってまで流通させる動きが鈍った。つまり、価格抑制策は名ばかりで、現場ではほとんど効果がなかったのである。
(コメの今後)
さて、このような現状を受けて、これから日本の米市場はどうなるのか。未来には、大きく3つのシナリオが考えられる。正常シナリオ、構造化固定シナリオ、改革シナリオだ。
まず、正常化シナリオだ。7月以降に新米が順調に出回り、流通が正常化することで価格も徐々に落ち着くというシナリオだ。ただし、かつての安い水準には戻らず、少し高い価格帯が新常態となると推測する。
次は、構造固定化シナリオだ。高価格帯のブランド米市場と、大量供給型の低価格米市場が二極化し、農家も流通も消費者も分断される推測だ。高級志向と節約志向が、よりくっきりと色分けされる未来だ。
最後は、改革シナリオだ。コメ価格高騰をきっかけに、農業政策の大転換が進み、補助金構造の見直し、JAの市場支配の緩和、流通インフラの再設計が本格化する未来だ。これが実現すれば、農業が再び生産性の高い産業に生まれ変わり、コメの輸出も拡大する可能性が出てくる。
(利害関係者の影響)
これらの未来に対して、関係者にはどのような影響が及ぶのだろうか。まず農家だ。JA依存のままでは生き残れない時代が本格化するだろう。直販やブランド構築ができる農家は大きなチャンスを得る一方、旧来型に留まる農家は淘汰されるリスクが高い。JAにとっては、独占的な集荷・販売モデルが揺らぎ、組織改革や再編を迫られるだろう。単なる守旧派でいる限り、存在感は確実に低下すると思う。
流通業者は、単に安く仕入れて売るだけでは生き残れない。高付加価値型、ストーリー型の販売手法を磨き、消費者との接点を深める必要が出てくるのだ。
そして、消費者もまた、変化を求められる。安く大量に買うだけの時代は終わり、品質、ブランド、生産者との関係性を意識して米を選ぶ時代がやってくるのだ。
最後に政府は、これまでのように場当たり的な対応では済まされない。農政改革を本気で進めなければ、農業そのものが国内外の競争に取り残され、食料安全保障という国家の根幹を揺るがしかねないのだ。
(でも、結局は元の鞘)
ここまで、日本のコメ市場をめぐる現状と未来を整理してきたが、率直に言えば、今回の価格高騰をきっかけに、劇的な変革が起きる可能性は高くないと見る。未来のシナリオとしては、大規模な農政改革や流通構造の大転換ではなく、「正常化」シナリオに落ち着く可能性が高いと思う。
つまり、新米が出回る7月以降、コメの流通量は徐々に回復し、価格も次第に落ち着く。ただし、かつてのような安い水準には戻らず、5kgあたり3000円前後、従来の1.2倍から1.5倍程度の価格帯で定着するだろう。
国は、根本的な改革には動かない。その理由ははっきりしている。今でも日本には、農業に従事する世帯が約100万戸存在し、この票は政治的に無視できない重みを持っているからだ。自民党を中心とする政権にとって、農業票を失うリスクを冒してまで、農政に大ナタを振るうインセンティブはない。
JAもまた、内部に葛藤を抱えているはずだ。中央のJAと地方JAの間で、方向性について温度差がある。しかし、いざ方針を決めるとなれば、多数決や組織防衛本能が働き、地方JAを守る方向へ動くことになるだろう。結果的に、農家を守るという名目のもと、現状維持が優先され、市場の構造的な歪みは温存されることになる。
つまり、「少しだけ変わったように見えて、本質は何も変わらなかった」そんな未来が、静かに、しかし確実に訪れる可能性が高い。これがThis is NIPPONなのだ。
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