新規事業の旅167 支援と投資のスタンス

2025年4月11日 金曜日

早嶋です。1800文字です。

支援と投資のスタンス。最近は「人に張り、構造を変える事業を支援する」のが私のスタンスだと思う。

多くの起業家と出会い、事業の芽を議論して見てきた。話を聞き、行動を観察し、助言をしながら、一緒に可能性を探った案件も多々ある。その中で確信を持つようになったのは、事業の初期において一番重要なのは「何をやるか」ではなく「誰がやるか」だということ。アイデアは変わるし、市場も環境も動く。予測はずれ、困難は起きる。そのときに諦めず、もがきながらも行動を続けられるか。仲間を巻き込み、信頼を積み上げられるか。そこにすべてがかかっている、と思っている。

だから私はまず、「なぜその事業を始めたのか?」「この事業で何を実現したいのか?」という二つの質問をする。単に思いついたからではなく、原体験や問題意識があるか。その人にとって、どれだけ「どうしてもやりたいこと」なのか。それがあるかどうかで、困難を乗り越える粘りも、仲間を惹きつける磁力も全然違う。

ただ、想いだけでは投資も支援もできない。「誰の、どんな痛みを解決するのか?どんな喜びを生み出すのか?」「その市場はどれくらい広がるのか?」そういった構造的な問いにも、私は必ず向き合う。自分の時間を費やしたり、少額であっても資本を入れる以上、スケールの見込みがなければ意味がない。リターンが見えないなら、それは自己資本でやった方が幸せになれることもある。だから、良い事業でも、現時点で小さすぎる市場であれば、私は率直に「今は違う」と伝える。

一方で、最近は海外で既に成立している事業モデルが、日本では規制のせいで導入できないというケースに多く出くわす。戦後、日本がまだ脆弱だった時代につくられた制度が、今もそのまま残っている。当時は必要だったかもしれないが、今となっては小さな企業の挑戦を妨げ、大企業が利益を独占しやすい構造になっている。本来、国家がすべきことは、良質なサービスを誰もが手の届く価格で受けられる環境をつくることだと思う。だからこそ、私はそうした「構造の歪み」に風穴を開けようとする起業家を支援し応援したいと思っている。まだ日本では通用しないかもしれない。けれど、彼らの行動が将来の当たり前になると信じている。

もし今はタイミングでないとしても、「この人はいつか何かをやる」と思えたら、僕は連絡を絶やさない。時に人を紹介し、機会をつくり、細くても繋がりを持ち続ける。そして彼らがピボットして、市場が広がり、制度が変わったりしたタイミングがきたら、再びゼロベースで検討する。それでも他の投資家や支援する人に先を越されれば、自分の目が甘かった、判断が遅かったということだ。悔しさは残るが、それを糧にし、次の出会いを探しに行く。それでいいと思っている。

私は「人に張る」。そして「構造を変える力」に張る。その両方が重なったとき、私は迷わず動く。そういう支援や投資をしていきたいと思っている。

(自分の中のフレームワーク)

【支援の有無や資本を出すための3条件】
1.強い大義と原体験がある(意志)
2.解決する課題が明確で深い(ペイン or ゲイン)
3.スケーラブルな市場が存在する(リターンの見込み)
3つが揃って初めて、「外部資本の意味がある」。揃わなければ、事業として素晴らしくても、自己完結型で行くのが誠実な道だ。

【支援と投資スタンス】
1.事業より人に張る。でも「人の想い」が「スケーラブルな構造」に乗ってこそ、投資は成立する。
2.見送りは関係の終わりではない。その人の可能性を信じ続けるからこそ、支援し、観察し、再検討もする。
3.うまくいかなかったら、自分の目を磨く。執着せず、悔しさは肥やしにする。

【張るスタンス】
1. 「人に張る」:想い・覚悟・継続力を見抜く
•「なぜそれをやるのか?」「何を実現したいのか?」を問うことで、事業の背骨を確認
•一時的な困難でも諦めず、行動し続ける執念と誠実さがあるかを重視

2. 「社会に張る」:規制や構造の歪みを突く意思を評価
•古い制度が成長を阻んでいる分野で、「それでもやる」と決めた事業家にこそ希望を見る
•特に海外で証明されたモデルを日本に導入する文脈では、制度改革の起点になる可能性がある

3. 「合理的に張る」:市場性・スケール・再現性も見る
•課題の深さと対象者の数、市場の大きさを冷静に評価
•外部資本を使うなら、リターンの合理性がなければ意味がない
•市場が小さいなら、自己資本でやる方が幸せになれることも伝える



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