新規事業の旅152 人的資本経営

2025年1月7日 火曜日

早嶋です。約14,500文字です。

経済産業省の「人材版伊藤レポート2.0」では、企業の人材戦略を策定・実行する際に考慮すべき「3つの視点(Perspectives)」と「5つの共通要素(Common Factors)」が提唱されている(いわゆる、3P5Fモデル)。今回のブログでは、その概要に触れ、現場で生じているギャップの考察をする。

まず、3つの視点だが、企業が人材戦略を策定・実行する際に、経営戦略と連動させること、現状と目標のギャップを把握すること、それから組織文化へ定着させることを指摘している。

経営戦略との連動性とは、人材戦略が企業の経営戦略と連携しているかを確認する視点だ。「組織は戦略に従う」のアルフレッド・チャンドラーの命題通り、戦略は変えることが容易だが組織は変えにくいし、組織構造を変え、人事システムを再インストールするのには数年の年月を要す。当然に戦略実現のための経営資源であるヒト、モノ、カネ、時間、情報等の分配において、連動性は必須だ。しかし、人事の現場では、人事をすることが仕事になり、戦略との一貫性が乏しいのも観察できる。

2つ目の現状と目標のギャップ把握すること。マネジメントとしては当たり前だろう。目指すビジネスモデルや経営戦略と、現在の人材や人材戦略との間にどのような差異があるかを把握して、そのギャップを埋めるために日々行動を続ける。当たり前のようだが、事業部として動くより、機能部として動く人事部は、戦略や戦略ギャップがどの程度あるのかを把握せずに動いている現実があるのだ。

3つめは組織文化への定着だ。 人材戦略が実行される過程で、組織や個人の行動変容を促し、それが企業文化として根付いているかを評価する視点だ。無意識に定着している組織の考え方や雰囲気、行動を司る部分を文化とした場合、戦略実現の手段としてドラスティックに改造する必要がある。意識的に組織を動かし、変革を実現する過程で、考え方やマインドセットを徐々にその組織として「当たり前」のこととして無意識に出来る文化を創り出す必要がある。当然大切な取組だが、実現するのは年月と一定のインストールの継続が大切になる。ここにおいてトップのコミットと人事の連携は不可欠だ。

伊藤レポートでは、この3つの視点をベースに、実際に人事システムとしてインストールする共通要素を5つ上げている。それぞれ概略を見てみよう。

1つ目は、動的な人材ポートフォリオだ。将来のビジネスモデルや経営戦略の実現に向け、多様な人材が活躍できるような人材構成を構築すること。

2つ目は、知・経験のダイバーシティ&インクルージョン。個々の多様な知識や経験が、組織内での対話やイノベーション、成果創出につながる環境を整備すること。

3つ目は、 リスキル・学び直し。将来の目標と現状とのスキルギャップを埋めるため、従業員に再教育や学び直しの機会を提供すること。

そして4つ目は、 従業員エンゲージメントだ。多様な個人が主体的かつ意欲的に業務に取り組めるよう、従業員のエンゲージメントを高める施策を推進すること。

最後に、時間や場所にとらわれない働き方を上げている。柔軟な働き方を推進し、時間や場所に制約されない労働環境を整備することだ。

3つの視点と5つの要素。整理すると当たり前だが、これらを実現するのは相当にハードルが高い事がわかると思う。少なくとも、マネジメント経験がある方や人事をかじった経験がある方は。以下、実情として現場で観察できるギャップや課題について議論してみた。

(実情:戦略と組織の連動)
伊藤レポートは、上記を3P・5Fモデルとして、 企業が人材戦略を策定・実行する際の指針として位置付けている。組織は戦略に紐づくという言葉どおりなのだが、現状の企業組織は戦略どころか部分最適のオンパレードになっているのだ。

例えば、デジタル化推進の遅れも戦略と組織の不一致によるものが多い。企業が「デジタル化」を掲げ、AIやデータ分析を活用した事業展開を経営戦略に据えているにもかかわらず、社内で必要なデジタルスキルを持つ人材が不足しているのだ。少なくとも、事業の全体像がわかり、かつデジタル分野に明るいマネジメントがいなければ、何をどうしてデジタル化を推進するのが良いのかを判断出来ない。それが出来ないトップが、どうして部下を育てる事ができるというのか。その根本に気がついていない。仮に、外部から専門的な人材を採用しようとするが、自分たちの数倍の給与を払って歓迎する発想など、これっぽっちも無いのだ。例えば、DXとは、デジタル技術を使って、トランスフォーメーションする。つまり、全くことなるサプライチェーンの実現やバリューチェーンそのものをデジタルを駆使してゼロベースで組み立てるなどを行う。その事によって10,000人で行っていた作業を例えば10人くらいで出来るようになるのであれば、通常の給与の10倍のコストの人材を雇っても費用対効果は十分にある。だが現実は、労働組合がそれ、マネジメントの給与規定がそれといって、誰もその条件を提示しないのだ。従い、Web技術を少しかじった、あるいはプラットフォームを少し導入した経験のある、なんちゃってDX人材ばかりを採用してしまい、結局は烏合の衆のままなのだ。

例えば、グローバル展開。海外進出を目標とする戦略があっても、そのエリアに精通している人材や現地の従業員採用を行わない。更に、経営陣は本社の机上から指示を出し、現場には中堅クラスのマネジメントがぽっと行って終わり。異文化理解や新規の取組の理解を経営人や組織長クラスが出来ていないので、なぜ資本を投下しているのに海外のプロジェクトは進捗が遅いのかを理解できずにいる。伝統的に日本の企業の海外進出は、メーカー主導だ。現地に輸入していた商品の販売が好調になり、メーカーは現地で製造をはじめる。その際に、周辺の部品メーカーや関連企業が一緒に海外にでていくパターンが多かった。そのためゼロから行うのではなく、企業城下町単位で海外に進出する感じで、1つの企業として、独立して専門人材を育成調達する考えは薄かったのかもしれない。

多様性やインクルージョンの独り歩きも同様だ。例えば、戦略に多様性と掲げている企業で、変化が10年単位で起きない企業は要注意だ。仮に技術本位の会社だったとする。現場の発言をすべて整理して、その実現に向けて商品(製品・サービス)を提供してきた企業は、収益制をあげるためには、それらの声を集約して、実現すること、しないことを企業として判断する必要がある。毎回、スクラッチで1点ものを商品として提供していると、提供コストが高くなる。相応の費用を受け取っていれば別だが、そのような企業に限って価格が安い。更に、そのような商品が15年から20年も使用されると、メンテナンスや不具合対応が発生する。商品が1つで、潤沢に従業員がいれば問題ないが、そうはいかない。ここ数年、過去15年から20年前に出荷した商品のトラブルが続出している。例えば、ここでいう多様という人材は、その考え方を否定して、きっちりと初動で費用を顧客から受け取る、それが出来ないのであれば断れる人材を意味する。それから短期的な周期で物事を考えるのではなく、戦略を理解して、15年、20年先のメンテナンスの仕組みまで考えられる人材がその企業によってダイバーシティを意味するのだ。つまり、企業が示した多様性の意味を理解しないまま、中間管理職あたりが多様性=外国人労働者、女性、若手と印象で捉えて採用や昇進を勧めてしまうのだ。当然、変化は生まれない。

結局、戦略立案できたとしても、それらを現場が理解できる概念と言葉で浸透する行動が伴っていないのだ。現場では単なるスローガンになり、また同じこと言っている。鼻から達成することなんて出来ないと、日常的な行動が変わらないというのがよくある風景だ。それもそのはず、戦略で新規に重きを置くと言いながら、現場のリソース配分は変化がなく、新しい意思決定に対しても挑戦をせずに、なにかあったら現場に責任がいく仕組みのままだと、誰も怖くて動かないのだ。

(実情:戦略目標と現状のギャップの把握)
戦略的な目標、例えば利益率を7%から10%にする。あるいは売上を300億から500億にする。などの目標を掲げる企業は多々あるが、その目標を細分化して、現状の取組や事業の中で、何がギャップで、その目標の課題を達成するための課題はこれだ!と特定して実行に移す企業が極めて少ないのだ。

実際、現状の分析が大雑把だ。仮にされていたとしても企画部門の数名のスタッフのみが理解していて、事業部長やその部下のマネジメントなどの理解や普及が全く進んでいない。現状の自分たちの実力を把握するためのデータ収集もなく、仮にあっても定期的にそれらを分析して行動を振り返るなど皆無なのだ。当然、ギャップの中には資源があり、人的資源でこんな能力がこの程度足りていないなどは示されない。更に、現状の従業員のスキルマップなども未整備で、戦略ギャップを埋める行動に教育や採用がはじめから連動していないのだ。企画と人事が日常的にやり取りをしない会議体になっていることも一因だし、企画は戦略的な理解はあるが、組織体制や人事システムの理解が乏しいことにも理由があると思う。

事業部門が複数あり、事業部制を敷いている企業の多くは、情報が縦割りになっている。更に、部門内部でも上層部と現場では情報が非対称になっている。常にトップは自分たちが現場にいた数年前から10年前のイメージで現状を語り、そしてそのことの怖さに気がついていないのだ。組織全体で現状を把握する視点と、それが出来ていないことに気がついていないのだ。このような組織は、常に上流工程の部門の態度が大きく、下流にいけばいくほど情報を出すことが難しくなる。例えば、商品開発や仕入の部隊、販売やマーケティングの部隊。インストールや提供の部隊。保守メンテナンスやコールセンター。となった場合、実際の顧客の不具合や顧客の声を聴く部門は下流工程の保守メンテナンスやコールセンターだ。ただし、この下流の機能は、外注化されたり、あるいは子会社化され、実際に発生している問題の深堀りや課題の特定をせずにただ仕事をこなしているだけなのだ。本来は、このような情報こそ、上流の研究や企画が定期的に分析して、全体のスループットをあげる取組をしなければいけないのに、その重要性に気がついていないのだ。

ギャップを明確に出来ない理由に、目標そのものが曖昧な事例も多々ある。例えば、「イノベーションを推進する」「顧客満足度を向上させる」等だ。「現状のイノベーションの推進状況と数年後に推進した状況の違いは何だ?」と質問を投げても誰も答えきれない。驚くことに、経営企画でもわからないのだ。したがって、本来大切になる目標の細分化もされていない。売上300億から500億にした場合、どの事業でどの程度貢献すべきなのか?不足する部分に足して、どのエリアで新規事業を行うのか?曖昧な場合が多いのだ。「生産性の目標7%を10%に」なども同じで、今の生産性7%のメカニズムを理解せずに10%の目標を設定している。仮に10%にするためには、どのインプットをどの程度高める必要があるのか?なんて誰も考えないで何となく、一生懸命に仕事を頑張っている状態が続くのだ。

(実情:組織文化の定着)
最も怖い過ちは、組織長や組織のトップがすべての評価を平均で捉えることだと思う。伊藤レポートは、失われた30有余年の低迷日本真っ只中の組織が変革や躍進をする際のフレームだ。組織の文化の実態がどうなのかを調査する際に、トップは自分で手足を動かさないで、調査会社に丸投げしている。ここがそもそも違うと思うのだ。トップや組織長として1,000人あるいは数千人の社員全員の声を聞けとは言わない。ただ、ランダムに実際の声を聴く努力を続けながら、調査会社を使うべきなのだ。調査会社のレポートも多岐にわたり、細分化した情報になっているだろう。しかし事業部長などの組織長以上に情報が提示される頃には、若手の離職率が高い、社員のエンゲージメントが低いとか、やはり抽象化した情報として集約されてしまうので。トップが組織を平均で見て判断している限り成果はでない。平均で見てよい状態は、上手くコントロール出来て、組織として好ましい動きになっているときだ。だけど、実際は人のメカニズムは毎日変わるし、感情や外的な要因によってもコロコロ変わる。それを全体の平均だけで捉えるのはやはり無理がある。

平均で捉えた結果、経営や企画は出来ている人も、出来ない人も、出来ている部署も、出来ない部署も、一律で同じ対策を導入する過ちを犯す。その結果、現場の負担感は更に増え、既に問題無い部署は謎の仕事が激増する。結果的に皆が組織長や企画や経営に対して不信感を持つのだ。一方で、トップは自分たちは施策を考えて実行しているのに、現場は一向に変わらない。と対立の構造が発生して文化の定着どころではなくなるのだ。

子育てをする時、同じことを4万回程度繰り返して言う事、というような趣旨の本を読んだ。10年、20年以上も同じような取組をしている組織に対して、一介の経営企画が示した文章を掲示しただけでは、当たり前だが浸透しない。企業の変革を真剣に行うなら1on1やタウンミーティング、定期的な意見交換の場。そして実行する組織に対してもフィードバックを得ながら戦略の検証を続ける取組は必要だ。そこにトップや組織長の顔が出てこないのは失格なのだ。抽象的なスローガンを独り歩きさせても現場には響かない。その言葉と共に、一定の規模の組織が動き、膝と膝を突き合わせながら、一定の回数、一定の期間以上、言葉を交わし続けて、ようやく現場が理解しはじめる段階にいくのだ。

(実情:動的なポートフォリオ)
動的な人材ポートフォリオは、企業の戦略や環境の変化に応じて、人的資源(スキル、経験、配置)を柔軟かつ戦略的に最適化する考え方だ。この概念は、人的資源を固定的に捉えるのではなく、動的に管理・運用することの重要性を強調している。しかし、大いにハードルがあるのだ。日本の人事採用は伝統的にメンバーシップ型の採用を続けた。仕事を人に付ける発想ではなく、人に仕事を付ける発想だ。そのため新卒採用を主軸に一括採用で、同じような階層教育を丁寧に行いながら企業文化をなじませ、長期間雇用を前提としてきた。

その結果、柔軟性が欠如すると同時に、雇用維持の圧力と戦わなければならない。環境変化に応じて業務内容が変化しても、既存の社員を他の業務に配置転換することを前提と考えるため、新しいスキルの習得が鈍く必要な業務に対応出来ないままでいる。逆に、一定の業務が構造的に不要になったとしても、企業は従業員を解雇することが出来ない。一定の無駄なコストを発生してしまうのだ。

労働組合が動的なポートフォリオを阻害する部分もあると思う。労働組合は雇用の安定や平等性を重視する余り、短期的な成果主義や成果報酬型の雇用を嫌ってきたのだ。そのため、時代の変化に合わせて一部の優秀な人材を獲得しようとも、その人材の市場価値に応じた報酬を支払うことを組合が反対して実現できないのだ。更に、プロジェクト単位での契約社員やフリーランスの活用も同様の理由で進みにくい。優秀な外部人材を一時的に活用することも難しいのだ。労働組合の均等処遇を過度に優先する発想があることで、内部の優秀な人材が流出する結果も招いている。

報酬体系も年功序列が根強い。組織内の上下関係を反映した報酬が一般だ。自分より高い報酬を得る部下をマネジメントすることに抵抗を示す心理的、あるいは文化的抵抗が強いのだ。本来、優秀な部下を多数持つマネジメントは、より多くの効率的な仕事に取り組めると考えるだろうが、そうはいかない。自分よりも優秀な人間を効果的にマネジメント出来る能力とマインドがないのだ。ここも年功序列の弊害で、結果的に仕事が出来る若手や、デジタルエリアに明るい人材は自分の成果を認めてもらえないフラストレーションが溜まり、他社に転職を促す結果となっている。

メンバーシップ型の採用が、社員に対して包括的な役割を果たす多数のジェネラリストを育成してきた。そのため未だに総合職という昭和の言葉が現場で蔓延している。専門性がなく、広範囲で応用の効く人材。一見、すごい人材のように聞こえるが、言ってしまえば専門性もなく、いい塩梅にしか仕事が出来ない集団だ。もし、伊藤レポートで指摘する動的なポートフォリオを実現するには、もっと専門的なスキルを持つ人材が必要になる。ジェネラリストをばかりを抱える組織は厳しいのだ。

興味深いのは、我が社は定期的に異動を行っているので、柔軟な動的なポートフォリオを満たしていると考える人事が多いと思う点だ。例えば、新規事業を任される部隊で、数年かけてようやくマインドセットしてチャレンジすることができるようになった矢先、従来の年功や慣例に基づく異動が派生する。異動には理由がなく、人事は突然やってくるを今でも実現している。その弊害は、引き継ぎをする余裕もないので、常に集団知が形成されない状態を続けている。

(実情:知・経験のダイバーシティ&インクルージョン)
多くの組織ではD&Iが浸透していると思われるが、単なるスローガンで終わっている。目的や戦略との結びつきが不明確なまま進められるからだ。前述した通り、前提となる具体的な戦略目標がそもそもない、或いはあっても曖昧すぎるのだ。一方で一定規模の組織は、障害者雇用や女性の活躍、若手の起用といった施策が、「法令遵守」や「外部評価向上」など表層的な理由に基づいて導入されている。人事部門は一生懸命活動を進めるのは理解できるし、大変なご苦労を伴っていることは承知だ。

しかし、それが企業の収益向上や競争優位性構築にどう貢献するかが明確ではないし、はじめから考えていない組織が多い。繰り返し述べて来た通り、D&Iもトップダウンで進められるが、現場や中間管理職がその意義を理解することもなく、単なる「形だけの取り組み」になっているのだ。女性管理職比率や障害者雇用の比率がなぜ、自社にとって必要なのか?何を達成するための取組なのか?が現場や中間管理職で議論されることは皆無なのだ。

戦略が不明瞭なままD&Iが進んでいるということは、つまり戦略ギャップを埋める視点も欠如していることになる。障害者の雇用においては、雇用義務を果たすこと、企業イメージの向上が目標になるだけで、本質的な課題、つまり障害者を活用してどの事業課題を解決するかの議論が不足している。そのため障害者のスキルを活かした適材適所の配置や新たな事業機会創出が議論されず、単に定員を満たすだけの施策になっているのだ。

女性活躍についても同様だ。目標が例えば、女性管理職比率を増やすことになっており、具体的にどの部門で女性が活躍することが経営課題の解決につながるのかが不明なまま比率だけを追いかけている。本来は、自社の理解を踏まえて将来の姿から逆算してどの事業や役割に対して女性を増やし、戦略的に企業の競争力や収益性をあげるのかの議論と定期的な検証が必要なのだ。

結果、多様性は重要が独り歩きするだけでお、現場では不満がたまる一方だ。実務との親和性や将来の事業発展を伴わないので、実務効率が下がるとか、成果が上がらないとか現場からの不満は付きないのだ。

(実情: リスキル・学び直し)
本来は、将来の目標と現状とのスキルギャップを埋めるため、従業員に再教育や学び直しの機会を提供することなのだが、いきなりズレがある。人事に指示がおりた瞬間に、スキルギャップがなくなるのだ。これは動的な人材ポートフォリオの難しさとラップする部分がある。伝統的にメンバーシップ型の採用を行い、人を採用して一定の経験を積ませることで、人が仕事をこなしてきた過去があるので、スキルの定義や把握、その教育などを体系的に捉えることができていない。

コロナ前後で観察できたことだ。当時は、人的な接触が難しく動画で教育コンテンツを充実するチャンスが一気にやってきた。しかし人事は、自社にどのようなコンテンツが必要なのかを設計できないので、百科事典のようにすべてのコンテンツを持つ会社と契約をして、社員が隙間時間に自由に動画を見ることができる環境を整えたのだ。そして人事としては動画の環境を提供しただけで、やった感を出すのだ。が、蓋をあけると当たり前だが、やたらと出来る人材は動画コンテンツを自由に活用するが、8割、9割の見て欲しい人材ほど、動画のアカウントの開封作業すらしない状態が続く。2年程度もすると、サブスクで毎月払っている金額と効果が気になりはじめ、トップから費用対効果を求められ、その説明を人事が出来ないので業者に丸投げするという応答が繰り返されるのだ。

企業に必要なスキルセットの標準はあるだろう。規模が小さければ、すべてのコンテンツを時前で容易するのは難しい。その場合は、前提や内容を把握したうえで、百科事典のような動画サブスクを利用するのは問題ない。しかし、●事業部の●課にAさんは、戦略的に3年後に●の仕事の職位をするために、スキルセットとして●が不足している。それらのベースを補うために、百科事典動画セットの●のコンテンツと▲のコンテンツでベース理解を付けて欲しい。その上で、人事が企画する1日の研修で、●について理解を深めるディスカッションをして欲しい。などと、誰に対して、どのように活用するかを人事が理解することは大切だと思うのだ。

ということで、現在の人材に対してのスキルギャップが把握出来ていないので、リスキルや学び直しに対してもアタマを抱えている現場が容易に想像できるだろう。

理想は、企業戦略と現在の人材育成のギャップを整理できていること。そして、今後の人材採用の取り組みともリンクしながら誰に足して、どの時期に、どの程度のスキルを身につける必要があるかを一定のレベルで整理ができている必要があるのだ。そして、そこに対して、すべてを身に着けていただくことは出来ないので、優先順位を付け学習に機会を提供するのだ。その際に、OJTとOFF-JTという手段に加えて、オンラインコース、社内研修、プロジェクトベースの学習など、社員の労働環境に応じた柔軟な学習チャンスを提供できるようにセットする。学習は時間がかかる作業故に、人事マターで人材の変化や学習の進捗を管理しながら適宜、教育内容と実務の変化にフィードバックしながらチューニングすることまでがリスキルと学び直しの概念なのだ。

今のリスキルは、あなたは50歳になるから、デジタルコンテンツを見て、試験を受けてくださいな。程度の取り組みしかしてないのではないだろうか。或いは、そのような機会すら与えてもらえていないのではないか?リスキル・学び直し1つをとっても、大きな課題がはびこっていることが想像つくだろう。

(実情:従業員エンゲージメント)
多様な個人が主体的かつ意欲的に業務に取り組めるよう、従業員のエンゲージメントを高める施策を推進すること。というのが従業員エンゲージメントの解釈だ。しかし、ここにも平均の罠がある。多くの企業がメンバーシップ型の採用を行ってきて、仕事に人を配置していた。それを人事をジョブ型に変更するだの、戦略ギャップを埋めるための人事というように、急激に近い形で人事や人事システムにメスが入った。ぐたぐたな環境の中、更に授業員のエンゲージメントも高めなければいけない。と人事に司令がやってきた。直感的に、エンゲージメントと離職は比例するだろうし、さぁどうする?という感じになているのが今の人事だと思う。

伊藤レポートの背景は、企業の価値創造において、人的資本が投資対象から価値創造の原動力に進化すべしとの指摘がある。そして、「エンゲージメントの高い従業員は業務に対する意欲が高く、イノベーションや生産性の向上に直結する」という競争優位の源泉的な発想がある。それから従来の株主重視の発想から、従業員含む全ての利害関係者を重視する資本主義へと移行していて、従業員満足度(エンゲージメント)も企業価値指標の1つとして注目された。

更に、日本のマクロ的な要因で、慢性的な労働不足がある。労働人口は確実に減少。どの企業も一様に若手社員を欲し、若手社員はSNSを通じて自由に労働環境の情報を仕入れることが出来るようになったため転職が簡単になった。企業としては、エンゲージメントを高める事ができれば離職が減るという妄想を抱いているのかもしれないのだ。

エンゲージメントを高める取り組みは正しいが、やはり部分で考え、平均で全体を管理するのは間違っていると思うのだ。そもそもの目的が企業の価値創造だとしよう。すると全員のエンゲージメントを本当に高める必要があるのか?というマーケティング的な発想が重要になると思うのだ。つまり、一つの組織を総花的な市場と捉えるのではなく、1つの組織を細分化して、どこにフォーカスを充ててエンゲージメントの取り組みをするのか?という考えだ。

確かに、エンゲージメントが高い人は往々にして能力も高く、外部での競争力も持つ。そのため、組織への帰属意識や意欲が高くても、転職市場での選択肢を持つためにリテンション(引き留め)の問題が生じる。一方で、エンゲージメントが低く、仕事に対する意欲が薄い人にまで相場な的にアプローチした場合、「エンゲージメントを高める投資に見合った成果が出ない」「一時的に意欲が上がっても、能力やスキルの不足によりパフォーマンスには結びつかない。」「そもそもエンゲージメントが低い理由が、個人の問題ではなく組織の構造や文化の問題である場合、個別の取り組みでは効果が限定的。」などと当たり前の問にぶち当たるのだ。

そのため従業員を1つにするのではなく、例えばセグメントに分けて取り組む必要もあるだろう。例えば、(パフォーマンスの高低)×(エンゲージメント高低)のマトリクスだ。

高パフォーマンス×高エンゲージメント層は、おそらく組織にとって最も重要だ。この層の流出を防ぎ、さらに成長を促すことを優先する。キャリアパスの明確化や、さらなる成長機会の提供(役割拡大、専門性の強化など)を与えるのだ。最も集中して投資をするイメージだ。

高パフォーマンス×低エンゲージメント層は、退職リスクを減らし、組織への帰属意識を高める必要性がある。エンゲージメントが低い理由を個別に把握しながら何によってエンゲージメントがあがるのかを理解しなければならない。一律での対策に疑問を持たれたら外部市場での価値が高い人材なので転職の対象となってしまうのだ。

低パフォーマンス×高エンゲージメント層は、能力のポテンシャルを見極める必要がある。やる気があっても、パフォーマンスの限界があるのであれば投資に見合わない。従い、一定の集合研修やスキル向上プログラムのチャンスを提供してモニタリングして判断するのだ。やる気が高い層なので、なにかコツが掴めれば組織にとって非常に重要な戦力になる可能性があるのだ。

低パフォーマンス×低エンゲージメント層は、判断が必要だ。ここに費用をかけるより、一定の離職を許容することも大切だ。おそらく、離職しても組織の生産性は維持されう場合が多い。一律の作ではなく、企業として明確なフィードバックを与え、改善が見られない場合は適切な退職の支援を検討するのだ。

日本企業は、「暗黙の雇用保障」や「年功序列」といった慣習がまだ残っている。そのため仕事をしない人(低パフォーマンス×低エンゲージメント層)が温存されるケースがあるのだ。このそうに対して身分相応以上の評価を与えると、最も流出してほしくない高パフォーマンス×高エンゲージメント層が不満を持ち流出の対象になるかもしれない。従い、ドラスティックな仕組みを導入しなければならないのだ。その場合、成果主義を取り入れ、貢献度に応じた評価と報酬を実現するのだ。もちろん、縁故や忖度の評価はなくし公平なパフォーマンス評価制度の導入が必須になる。もちろん低パフォーマンスの人材にもチャンスは与える。貢献度が低い従業員に対しても、具体的な目標や役割を明示し、期待値を明確に伝え、改善が見られない場合は適切な対応(配置転換や退職の検討)をするのだ。

既にエンゲージメントが皆高く、一定の能力を全員が保持している場合は総花的な取り組みはOKだ。しかし、そうでないバラバラの組織に対しては、すべての従業員に対してエンゲージメントを一律に高めようとするのは効果が薄く、特に低パフォーマンス×低エンゲージメント層に対する投資は慎重に判断すべきだ。エンゲージメント向上は、高パフォーマンス層の維持・強化を優先し、必要に応じてパフォーマンス改善策や構造的な組織改革と組み合わせることで、最も効果を発揮するのだ。

(実情:時間や場所にとらわれない働き方)
近年の技術革新や社会の変化、従業員のニーズの多様化を背景に、働き方改革の中核となる要素だ。これは、生産性の向上やワークライフバランスの充実を実現するために欠かせないアプローチだ。そもそもこの背景は、技術革新、多様な価値観の増加と浸透、そして外部環境の変化がある。技術では、クラウド技術、オンライン会議ツール(Zoom、Teamsなど)、プロジェクト管理ツール(Trello、Asanaなど)の普及が可能になった。価値観においても、従業員が、仕事以外の人生(家庭、趣味、学習など)も大切にする傾向が強まった。そして、コロナをきっかけに仕事のスタイルをゼロベースで見直すことになったのが大きい。

時間や場所にとらわれない働き方の目的は、生産性の向上、モチベーションの向上、多様な人材登用、働きがいと働きやすさの両立だ。自由度の高い働き方であれば、従業員が最も効率的に働ける時間や場所を選べる可能性は高まる。自律的な働き方が可能になれば、従業員が主体性を持つかもしれない(実際は違うと思うが、このように考えている解釈は多いと思う)。地理的制約を超えて、多様なバックグラウンドを持つ人材を採用・活用できるはず。そして、ワークライフバランスが向上することで、企業へのエンゲージメントが高まると考えているのだ。

もちろん、これを実現出来ている企業は、そもそも3P5Fモデルが当たり前だと思う企業だ。なんせ、出来ない企業にとっては最もハードルが高い取り組みになるからだ。単にIT機器に投資をするだけではない。組織の根本をアップデートする必要があるのだ。場合によっては、組織のOSそのものを変える必要があるくらいハードルが高い取り組みだ。

イメージしやすいインフラの整備は、クラウド環境の導入とセキュリティ対策がセットだ。時間と場所の制約を無くすためには、社内外のどこからでもアクセス可能なデータやシステムの構築が不可欠だ。一方で、日常のルールや取り決め、概念的な仕事の流れが言語化出来ない企業組織は、そこから苦戦するだろう。更に重要な要素がセキュリティだ。データ保護やリモートワーク環境での情報漏洩リスクを最小限に抑えるなど、新たな取組が満載になるのだ。

次に柔軟な制度設計が必要になる。場所と時間の制約がないので、フレックスタイム制など、勤務時間を柔軟に調整可能にしなければならない。企業によては場所の制約を明記している場合もある。そして成果や裁量をどこまで与えるのかで収集がつかなくなる。リモートワークになれば、裁量労働制が標準になるので、どうしても結果に基づく評価が前提になるし、そのような働き方を従業員に委ねることになる。米国のダグラス・マクレガーのX理論とY理論ではないが、従来の日本の組織の多くがX理論を前提に組織を構築している。つまり人間は本性に対してネガティブで本質的に怠け者で可能であれば働きたくないという前提だ。しかるに、厳格な指示と管理、トップダウンで考えさせない仕組みだった。それがY理論に急変するのだから大変だ。

コミュニケーションのあり方もガラリと変わる。定期的なオンライン会議やオフラインの会議などを工夫して、チームの一体感を保つ仕組みが肝になる。成果を出せる人間は必要に応じていわゆる報連相を欠かさないが、実は出来ないのに出来ている勘違い君ほど、共有をしない。更にデジタルで共有すると曖昧な情報や不要な情報はすべて排除されるので、雑談や非公式なコミュニケーションを意図的に工夫する必要がでてくるのだ。当然に、X理論で仕組み化された管理職の教育もアタマを悩ませるだろう。時間と場所の制約を外すことで、アウトプット重視のマネジメントに変えなかれば上手くいかない。勤務時間というわかりやすい指標はなくなるのだ。そうではなく、成果やプロセスに注目し、信頼に基づく管理に変えていかなければならないのだ。

そう、このように時間や場所の制限を無くすと当然に、従業員の能力もアップしなければならない。デジタルスキルは人によってまちまちだろうが、底辺に合わせて丁寧に行うか、先に示したように、エンゲージメントも低く、スキルやポテンシャルも低い従業員を一度整理するかと合わせながら、この教育を行うのは結構大変なのだ。そもそもエンゲージメントが低い人材が自律的に仕事を進めるだろうか?というマインドがアタマをよぎりながら制度を変え教育をしなければならないのだからその苦悩は目に浮かぶだろう。だからと言ってチャレンジしないのはまずい。然るに、文化や風土そのものの言及にまで及ぶ取り組みになるのだ。

ただどうしても、すべての条件が整ったとて、一部業務に対しては適応しない仕事も残る。製造業やサービス業など、IT化が進んでも、まだ完全にリモートでの環境にシフトするには時間がかかる分野だ。ただ、そのような業務に対しても部分的でも試験的に実験して取り組む柔軟な姿勢そのものが大切になると思う。

(落とし穴の整理)
まとめると、日本企業の共通する根本課題は5つに絞られる。1つ目は、平等主義と一律の適用だ。全員に同じ施策を提供する文化が根強く、戦略的人材や事業部ごとの特性が考慮されない。そもそも戦略の要諦は「しないこと」を明示し、差別化することなのだ。平等や一律はありえない。次に、現状把握と戦略連携の欠如だ。戦略的なギャップ分析や社員の現状(スキル、適性)の可視化が不十分だ。ここは伊藤レポートの指摘のとおりだと思う。そして4つ目は、目的と手段の混同だ。例えば、「D&I」「リスキリング」「エンゲージメント」が目的化し、成果や戦略貢献が置き去りにされている。2つ目の根本課題がその意味で大きいと思う。そして、4つ目は管理職や現場リーダーが仕組みとして動かない状態にあることだ。柔軟な働き方や多様な人材を適切に管理し、育成する仕組みそのものが無いのだ。そして、最後は短期的な策に頼ること。すぐに小手先で取り組んだつもりになる。本質的な解決ではなく、すぐに成果が見える「やった感」重視の取り組みが実に多いのだ。



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