早嶋です。約14,000字。
日本のアニメ業界は興味深い。時計産業と同じように、非常に多くの職人が協力し制作する点だ。そしてこれまで国の介入が少なかった点もあり、非常に豊かで独自性ある作品が連発された。しかし近年、ジワジワと国の関与が始まり、品質や仕組みに変化が生じている。また、中国韓国の制作技術の高まりと共に、日本アニメ特有の課題が露呈している。日本特有の2Dアニメーションの文化を後世に残すべくアニメ制作会社を立ち上げて早2年。諸々見えて来た業界構造をまとめる。
(日本のアニメ業界の構造)
日本の伝統的なアニメ業界の構造を理解してみよう。ここでは制作の仕方とコスト構造に焦点を当てて説明する。まず、アニメ制作の流れからだ。端折ってるがポイントはついていると思う。
制作において、何が重要かというのは作品によって異なるが、企画や脚本は外せない。既に原作がある場合、そのライセンス交渉から始まり、オリジナルの場合は脚本家がストーリーを作成する。そして、絵コンテ。ストーリーボード(絵コンテ)とも呼ばれ、シーンの流れやキャラクターの動きなどを設計する。良い作品はこの設計が極めて緻密かつ計画的だ。そして作画。キャラクターや背景などを手描きや、デジタルで制作する。これが非常に大きな時間と人手を要する。多くのアニメーターはこの仕事に時間を費やしている。動画編集。作画した絵をアニメーションとして動かすために編集作業を行なうのだ。音声収録。声優がアフレコを行い、音楽や効果音も付けられる。テーマソングやシーンごとに流れる音楽も当然担当がいて作曲する。そして最終編集。映像と音声を一つにして、最終的なアニメが完成する。他にも細かく分けると本当に多岐にわたる仕事があり、それぞれ監督(親方や職人)がいてその仕事をほぼ専任で行ない、結果的に分業が進んでいる業界なのだ。
日本のアニメ制作は制作委員会方式が一般的だ。この方式は、複数の企業(テレビ局、レコード会社、出版社、玩具メーカーなど)が共同で資金を提供し、アニメの製作費用を賄う。一つの会社が資金を捻出しリスクを追うことなく、分散することが可能になる。当然、収益も分配される。しかし、製作スタジオやクリエイターには直接大きな利益が渡りにくい構造になる。
およその費用感だ。30分のアニメを作るコストは、3,000万円程度からだ。作品のクオリティや制作陣の規模によっても異なり、1時間のアニメが数千万円から1億円程度かかる場合もある。特に高品質な作品や劇場版アニメはそのくらいはする。制作の一部が海外に外注されることもあるが、アニメ制作は費用がかかるのだ。そのために制作委員会方式で、資金を持つ企業が共同で出資をして資金を確保して制作することが一般になったのだ。
では、そのコストの内訳だ。コストの中では作画が占める割合が多い。最も時間と手間がかかる部分で、原画や動画の作業を行うアニメーターへの報酬も含む。ただ、アニメーターの報酬は全体の制作費に比べて低く、業界ではアニメーターの低賃金が前々から問題視されている。音声も費用の中で結構かかる。音声には声優のギャラや、音響監督、音楽家などの報酬も含まれる。人気声優がキャスティングされる場合、この費用は当然高くなる。ただ、声優の場合は人気度合いよりも年功序列で報酬が高くなるという業界の面白いルールもまだ残る。今人気の声優よりも、ベテラン声優のほうがコストが高いのだ。プロヂューサーや監督の費用も忘れてはいけない。制作全体を取りまとめるプロデューサーや監督の報酬だ。そして、これら以外にも様々なコストがあるが、残る主だった費用はスタジオ運営費だ。アニメ制作会社のスタジオ維持費や機材費、レンタル費なども加算される。
アニメは職人文化が結果的に残った産業だと思う。つまり手間と暇がかかるが、その対価を価値として換算されないまま、資本家が成果(結果や作画)のみを買い取ったのだ。そのためか、作画を行うアニメーターに高い賃金が支払われない構造が存在している。特に若手アニメーターは一枚あたりの単価で仕事を受けることが多く、長時間の作業量に関係ない収入になってしまう。ここでのポイントは、その作品の権利や版権は制作委員会にあることだ。制作委員会が主に出資を行い、アニメが放送や配信、DVD販売、グッズ化などで収益を上げた場合も、その利益は制作委員会の出資比率に応じて分配される。当然だと言えばそうだが、制作スタジオが版権を保有していなければ、そのアニメがヒットしてもスタジオ自体には大きな収益が落ちないのだ。
(スタジオ・ジブリのケース)
アニメと言ったらスタジオ・ジブリ。筆者と同じ年代の方々は、今よりコンテンツが少ない時代だった。週末のゴールデンタイムには、繰り返しスタジオ・ジブリの再放送が流れていた。有名スタジオは、一般的な制作委員会方式と少し異なる状況で収益を得ていた。宮崎駿監督で知られるジブリの場合も収益分配に関しては、制作委員会方式とは異なり、より大きな利益の分配ルールがあったようだ。具体的には、ジブリの作品がヒットした後の収益分配や権利管理の仕組みが、他のアニメスタジオと異なっていたのだ。
スタジオ・ジブリは、宮崎駿や高畑勲といった監督の作品が多くの人々に愛され、映画そのもののブランド力が強い。特に宮崎監督作品は、国内外で大ヒットを記録し、劇場公開後もDVDやBlu-rayの販売、テレビ放送、さらには関連グッズやテーマパークなどの二次利用が続いている。その際、スタジオ・ジブリにも二次利用の収益が分配されるのだ。ジブリが制作した映画「千と千尋の神隠し」や「もののけ姫」などのヒット作では、出資は主に徳間書店(ジブリを支援していた出版社)が中心で、他の制作委員会のように多くの会社が分散して出資する形態では無い。利害関係者が少ないこと、ジブリと徳間書店の関係が良かったことなどから、ジブリ自体にも収益が分配される仕組みなのだ。また、ジブリは作品の版権や著作権をある程度保持しているため、長期的な収益を継続的に得ている。
そんなスタジオ・ジブリは、2023年に日本テレビ(日本テレビホールディングス)に買収された。これまで独立した制作会社として、宮崎駿監督や高畑勲監督の作品で国内外で高い評価を受けてきたが、買収に至った理由は、いくつかの要因が重なる。アニメの業界構造をみれば、今後も同様のケースは一定数発生するだろうと考える。
理由の一つは後継者問題だ。スタジオ・ジブリの代表で、主要な作品を手がけた宮崎駿監督や、創設メンバーである鈴木敏夫プロデューサーなど、スタジオを支えてきたクリエイターや経営陣が高齢化し、後継者のフォローが脆弱になったのだ。宮崎監督は何度か引退を表明しつつも、再び制作活動に復帰することを繰り返した。しかし将来的なスタジオの継続性を考えると、後継者の育成と経営の安定化が常に課題だった。宮崎駿監督の息子の宮崎吾朗監督がスタジオで活動しているものの、父親ほどの影響力はなく、次世代のスタジオ運営に対する懸念もあったのだろう。そのため、外部の安定株主のもとで、経営とスタジオ運営を行なうう意思決定をされたのだ。素晴らしいことだと思う。
スタジオ・ジブリはヒット作品が多数あり、二次利用による権利収益も入っていた。しかし、宮崎駿と高畑勲の二大巨匠の依存は否めない。両監督の作品は興行的に大きな成功を収めた故に、監督自身の引退や活動の減少は、スタジオの将来の収益や経営の持続性に疑問を残す。更に、ジブリ作品は常に新作を求められ、それに対する投資もしなければならない。ヒットするか予測は難しく、リターンを得るにも一定のリスクが常にあるのだ。そこで、日本テレビの傘下になる道を選んだのだ。日本テレビとスタジオ・ジブリの関係は長年にわたって築かれてきた。ジブリ作品は、日本テレビが関与するテレビ放送やプロモーションを通じて多くの視聴者に届けられ、上述した金曜ロードショーでは、ジブリ作品が頻繁に放送されたことで、ジブリ作品の日本家庭への普及が強化された。日本テレビはスタジオ・ジブリの出資者でもあり、ジブリ作品のプロモーションや販売において大きな役割を果たしてきたのだ。この長年の関係性も、ジブリ側にとって日本テレビを安定株主として選んだ大きな理由だったのだ。
(アニメ制作の手法)
アニメ制作には様々な方式が存在する。当然に、メリットとデメリットがある。制作委員会方式はリスク分散に優れている一方、クリエイターへの収益分配が難しい構造だ。一方で、スタジオ・ジブリのように独自の方式を取り、作品の権利を自社で保有するモデルは、成功すれば大きな収益を得ることができる。また、近年はネット配信プラットフォームやクラウドファンディングなど、新しい方式も登場しており、アニメ制作のビジネスモデルは多様化している。いくつかの手法を整理した。
●制作委員会方式
複数の企業が出資してリスク分散。収益は出資割合に応じて分配する方式だ。アニメ制作の多くはこの方式で行われる。アニメ作品の関連する各種メディアやグッズなどの売上により利益を得るが、制作会社やアニメーターに直接の収益が回りにくい構造だ。
●自主制作方式(インディペンデント方式)
自主制作の場合、スタジオや個人が自ら資金を調達して制作する。特にオリジナルのアニメーション作品で多く見られる。クラウドファンディングや個人の出資、外部からの資金提供を受けることもある。スタジオ自身が主導となり資金を調達するためクリエイターが版権を保有し、作品に対する自由度が高くなる。もちろん、ヒットした場合は、収益を得られる。反面、資金調達のリスクが高く、資金が不足すると制作が進行しなくなる可能性もある。
●スタジオ主導方式
一部の大手アニメスタジオが、自社の資金で制作を行う方式だ。この方式もスタジオが版権や関連権利を持つことができ、収益を直接享受できる。スタジオ・ジブリ方式に似た形態で、特定の監督やプロデューサーに依存せず、スタジオ全体が作品の制作・管理を行う。ただし、自主制作やスタジオ主導方式は、スタジオ・ジブリほどの成功例は少なく、具体的な呼称は定着していない。ジブリの場合、宮崎駿監督などの著名なクリエイターが中心となって作品を作るため、クリエイター主導型とも言えるだろう。
●テレビ局主導方式
テレビ局が直接出資し、アニメ制作を主導する方式だ。テレビ放送を前提に制作され、局が制作に関与し、放送枠や広告収入を得ることを目的とする。かつてはこの方式が多く見られたが、近年は制作委員会方式が一般的になった。テレビ局主導になれば、その影響が強く反映され、クリエイティブな自由が制限されることがあるだろう。
●ネット配信プラットフォーム主導方式
近年、ネットフリックスやアマゾンプライムといったストリーミングサービスがアニメ制作に積極的に参加している。これらのプラットフォームが制作費を出資し、独占的に作品を配信することが一般化しつつある。制作会社は直接プラットフォームから資金を得て制作を行い、完成した作品は世界中に配信される。グローバルな視聴者に向けて作品を届けられるため、収益が安定しやすい。また、クリエイターにとっては自由度が高く、長期的な契約が可能になることも多い。ただ、プラットフォームが作品の配信権を持ち、制作会社やクリエイターには二次的な収益があまり発生しない場合もある。
●クラウドファンディング方式
クラウドファンディングを利用して、ファンや支持者から直接資金を集める方式だ。アニメの制作費を事前にファンから集め、その資金で制作が進行する。成功すれば、アニメーションの制作に対するファンの期待が反映されやすく、クリエイターにとっては大きな自由が得られる。もちろん、クラウドファンディングが失敗した場合、資金が集まらず制作そのものが出来ないなどのリスクもある。
●ゲーム会社や企業スポンサー主導方式
ゲーム会社や企業が自社のプロモーションやIP(知的財産)を活用するために出資し、アニメを制作する方式だ。特にゲームのプロモーションのためにアニメ化する例は増えている。企業が強力な資金力を持っている場合、安定した資金が供給され、制作が順調に進む。反面、企業の意向やマーケティング戦略が優先され、クリエイティブな自由度が制限される場合も考えられる。
(業界の賃金状況)
アニメ業界における末端のアニメーターやクリエイターへの富の配分が不十分であるという問題。これは、長い間議論されている。特にアニメーターが過酷な労働環境で低賃金で働かされるという状況が顕著だ。製造業のように透明性や公平性が整備される動きは徐々に進んでいるが、アニメ業界全体における体系的な解決はこれからだ。
アニメ業界の賃金問題に関する背景を紐解く。アニメ制作の現場では、特に若手アニメーターが低賃金で働かざるを得ない状況が続いていた。アニメーターは1枚ごとの作業単価で支払いがなされる。1枚あたりの単価は数百円から千円程度に設定されている。特に原画担当や動画担当の若手アニメーターは、非常に長い労働時間を費やしても、生活できる水準の収入を得られないことが観察されていた。先に整理した、制作委員会方式の富の分配の在り方も影響が強い。制作現場にまで資金が十分に行き渡らないのだ。実際、アニメ業界の現場を観察すると常にピークが続く。特にテレビアニメなどはスケジュールが非常に厳しく、アニメーターが長時間労働を強いられることが日常だ。多くの作品が同時進行で制作され、人手が充実することは無い。従い、一部のアニメーターに過度な負担がかかることも多々あるのだ。
当然、この状況は改善されつつある。アニメ業界では、業界団体や労働組合が低賃金や労働環境の改善を求める動きを強めている。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)は、アニメーターの労働条件を改善するための調査や提言を行っており、アニメーターの賃金向上を求める活動を展開している。本文の末尾にも、最新の調査レポートの抜粋を示しているので参考にしてもらいたい。これらの活動を通じて、労働組合の結成や、アニメーターの権利保護のための法整備に向けた働きかけも行われている。
一部のアニメーターやクリエイターは、クラウドファンディングを利用して、ファンから直接資金を集め制作費を確保し、利益をより公平に分配する取り組みを進めている。ただ、何でも起用にこなす方は稀でまだまだ一部だ。近年は、ネットフリックスやアマゾンプライムに代表されるネット配信プラットフォームがアニメ制作に積極的に関わるようになり、従来の制作委員会方式とは異なるビジネスモデルが増えている。結果的にクリエイターへの配分は改善されつつあるが、資本家が変わっただけで、末端の影響は微々たるものという現場の声もある。
アニメ制作において、一部工程で、AIやデジタル技術の導入が進んでいる。これにより、作業効率が向上し、アニメーターの負担を軽減することが期待されている。しかし、3Dモーションをキャプチャしたデータを、実際は現場の作業者が修正するなど、AIやデジタル技術も道半ばで、今は作業負担が減るどころかこれまで発生しなかった作業が増え効率化は前途多難だ。
整理すると、アニメ業界での低賃金や過酷な労働環境に対する対策は、少しずつ進んでいる。しかし、制作委員会方式の構造的な問題、アニメーターの雇用形態(フリーランスで働くことが多いという特殊な雇用形態)のため、製造業のような透明性のある改善が即時的に広がるわけにはいかない。ここに仮に課題を整理するとすると、次の3つに集約される。
●アニメーターの賃金向上
日本のアニメがお家芸で、世界に誇る文化であれば、産業に従事する方々全体の収益をあげることがポイントだ。
●労働環境の改善
依然のIT産業のように、ここは改善が可能だと考える。一定の過密スケジュールや長期間労働に対して業界の内外からリーダーシップを発揮して変えていくのだ。
●クリエイターの権利保護
ここもIT業界に似ている。私が学生の頃のIT関連社は、オタク。白い目でまでは無かったが、周囲の目は冷たかった。そこに権利を保護するというネガティブなはそうではなく、価値をあげる取組をするのだ。アニメうkリエーターをスターのポジションにあげるのだ。
(業界問題を解決するための会社形態)
私が関与するアニメスタジオは、事業収益の一部を原資にアニメ制作に投資する事業を行っている。事業計画では、アニメ事業単体で収益を生む計画だ。日本のお家芸であるアニメ業界の活性化と様々な慣例を正面から変える目的もある。アニメーターを直接雇用し、制作を行い、アニメ制作費を内部で賄う形で運営する会社の取り組み。アニメ業界において注目すべき事例だ。従来の制作委員会方式とは異なり、内製化による制作モデルを追求することで、アニメーターに安定した雇用と報酬と教育を提供し、業界全体の慣例に一石を投じる動きと言えるからだ。
事業会社が営利組織として単独でアニメスタジオを運営する利点を整理してみよう。一番はアニメーターへの安定した賃金支給だ。アニメーターを正社員や契約社員として直接雇用することで、彼らに安定した収入を提供することができる。これにより、フリーランスのアニメーターが抱える不安定な収入や低賃金の問題が解消されやすくなるからだ。
内製化はコスト面の優遇もある。外部に業務を委託するコストを削減でき、制作全体のクオリティとコストを管理しやすくなる。制作過程の透明性が確保され、クリエイターたちが作品に対してより責任感を持ち、自分たちの仕事が評価される環境が整うのだ。
もちろん、プラネットスタジオのようにアニメーターを直接雇用し、内製化を進めるアニメ制作会社は他にも存在する。いくつか紹介しよう。
京都アニメーション(通称:京アニ)は、アニメーターを直接雇用し、教育や育成にも力を入れているスタジオだ。京アニは自社でアニメーターを育て、安定した雇用を提供しながら、質の高いアニメを制作している。京アニの成功例は、制作スタジオがアニメーターに対して適切な環境を提供し、業界全体に良い影響を与えていると思う。
P.A. Worksは、富山県に本拠を置き、地方に拠点を持つことでコストを抑えつつ、アニメーターを直接雇用している。地方での拠点運営による生活コストの低さを活かし、アニメーターにとって働きやすい環境を整備している。こちらも、クオリティの高い作品を安定して制作していることで知られている。
庵野秀明監督が設立したスタジオカラーも、アニメーターを直接雇用し、長期的なプロジェクトを進めるスタジオだ。自社制作を基本とし、アニメーターがクリエイティブな自由を発揮できる環境を提供している。
(半導体と同じ道を歩んではいけない)
近年、中国や韓国のアニメーション産業が急成長しており、特に日本のアニメーターが関わるケースも増えている。この現象は、日本のアニメ産業が抱える賃金や労働環境の問題を背景にしており、2000年代の半導体産業の構図と似た側面がある。具体的にどのような構図が形成され、どのような影響をもたらしているのかについて詳しく説明する。
中国や韓国の政府は、アニメーションを含むエンターテインメント産業を戦略的産業と位置付け、積極的な投資や支援を行っている。中国政府は「文化産業振興法」や各種政策でアニメ制作会社を支援し、国内外の市場向けに質の高いアニメーション作品を制作するよう促進しているのだ。また、韓国も政府の支援を受け、国際的なアニメ市場に参入しやすい環境を整えている。
中国や韓国では、アニメーション制作人材が豊富であり、日本と比較して賃金コストが低いことが長い間利点だった。しかし、最近では単なる安価な労働力に留まらず、技術力や制作の質自体も向上し、クリエイティブなアニメーションが数多く生み出されるようになってきた。このような状況により、アニメ制作においても国際的に競争力を持つようになってきたのだ。
中国や韓国のアニメは、国内市場だけでなく、欧米や東南アジアを含む国際市場にも積極的に進出している。特に、中国は日本やハリウッドに匹敵する市場規模を持つようになり、国内外で大規模なアニメ制作が進められている。これにより、質の高いアニメーションが次々と制作され、国際的な認知度も高まっているのだ。
日本のアニメーターは、前述の通り、厳しい労働環境や低賃金の問題に直面している。特に若手アニメーターがフリーランスで働いているケースが多く、安定した収入を得るのが難しいため、より高い報酬や安定した仕事を求めて、テレワーキングを通じて中国や韓国のアニメ制作に参加するケースが増えているのだ。当然の流れである。テクノロジーの進化により、アニメ制作は必ずしも物理的なスタジオに集まって行う必要がなくなりつつあり、デジタルツールやクラウドベースの制作環境が整備されることで、日本にいながらリモートで中国や韓国の制作に参加することが可能になっているのだ。これにより、国境を越えた制作チームが形成され、より多くのアニメーターが国際的なプロジェクトに参加できるようになってきた。
中国や韓国のアニメ制作会社は、日本のアニメーターに対して比較的高い報酬を提示することがあり、日本国内で働くよりも好条件で契約を結ぶのだ。これにより、日本のアニメーターがテレワークを通じて中国や韓国のプロジェクトに関わることが増え、日本国内の制作現場で感じる冷遇に対する代替的な選択肢となっている。
昔は、中国や韓国は日本のアニメーション制作の下請けを行うことが多く、主にアニメの動画部分や背景などの部分作業を担当していた。しかし、近年では技術力が大幅に向上し、クリエイティブ面でも強みを持つようになっている。特にCG技術や特殊効果の分野で強みを発揮しており、アニメのビジュアル面での表現力が飛躍的に向上している。更に、中国や韓国の制作会社は、オリジナルアニメの制作にも積極的に取り組んでいる。特に、中国では国内の人気Web漫画や小説を原作としたアニメが数多く制作されており、中国の文化や歴史を反映した作品が国内外で人気を集めている。また、韓国も人気のWebtoonをアニメ化する動きがあり、韓国の文化や社会背景をテーマにした作品が増えている。
日本の半導体産業がかつて中国や韓国に技術移転を行い、その後競争力を失った歴史に似た構図がアニメ業界にも観察できるのだ。具体的には、日本が制作費や賃金面での問題を抱える一方で、中国や韓国が技術力を高め、質の高いアニメ作品を次々と制作し、国際市場で競争力を持つようになる。日本のアニメーターが中国や韓国のプロジェクトにリモートで参加することは、技術や才能の「輸出」となり、最終的には日本が競争力を失うリスクが懸念されるのだ。
(日本のアニメ業界の今後)
日本のアニメ産業がこの状況に対応するためには、国内のアニメーターへの待遇改善や労働環境の整備が急務だ。賃金の向上、労働環境の改善、さらにはクリエイターが適切な権利を得られる構造の再構築が必要だと思う。
それから日本のアニメの元祖である2Dの美学を追求することも大切だ。3Dや技術革新の世界は今後も研究して導入していくべきだが、日本のアニメは2Dが元祖であり、そのポジションは明確に世界に発信していくことで、改めて価値が向上すると考える。日本の伝統的な2Dアニメには、独特の魅力や美学が存在し、長年にわたり多くのファンに支持されてきた理由になっていると思う。3Dアニメーションが普及しつつある今、2Dアニメが持つ「古き良き」魅力について考えると、そのアートスタイルや表現技法、ストーリーテリングのアプローチなど、いくつかの重要な要素が浮き上がる。
日本の2Dアニメは、手描きアニメーションを基盤とした芸術的な表現が特徴だ。特に宮崎駿監督や高畑勲監督の作品では、手描きの繊細な線や、丁寧に描かれたキャラクターの動き、背景のディテールが際立っている。手描きアニメーションの温かみや、人間らしい「不完全さ」は、視覚的にも感情的にも深い印象を与えるのだ。更に、手描きアニメでは、柔らかく豊かな色彩表現が可能で、光や影の使い方に細かな工夫が施されている。背景とキャラクターの色調のバランスや、季節や時間の経過を反映した色使いが、物語の情緒を強く引き出している。実はアナログとデジタルの不自然さはここに現れているのではないかと思う。3Dアニメーションに違和感を持つ理由が上記に集約される。
日本の伝統的なアニメーションには、特有の間(ま)やリズム感が存在する。アニメにおける間は、キャラクターが動かない瞬間や静止画のまま感情が表現される瞬間など、動きよりもむしろ動かない時間に感情の緊張感や深みを持たせることができるのだ。実際は、動かない間は、作画枚数を削減する苦肉の策だったかも知れないが、静と動のバランスが視聴者に考える時間を提供し、双方向のコミュニケーションが発生するという素晴らしい結果を得たのだ。
日本の2Dアニメでは、キャラクターのデザインや動きがデフォルメ(簡略化)されることが多い。これが感情表現や物語性を際立たせる。2Dアニメは、現実世界に忠実な再現ではなく、感情やテーマを強調するために、あえてリアルさを排除して、象徴的な描写や誇張された動きが使われる。顔の大きな変形や、目が大きく開く、涙や汗が誇張されるといったマンガ的な表現が頻繁に用いられ、視聴者に感情の起伏をダイレクトに伝えるのだ。リアルな動きや表情ではなく、感情そのものを視覚的に強調するスタイルそのものが特徴なのだ。この表現を際立たせるのが背景や色彩、キャラクターのシルエットなどだ。その結果、物語のテーマやキャラクターの内面を象徴的に描くことができる。特に背景美術は、自然や風景が持つ象徴的な意味を持たせることがあり、キャラクターの感情や物語の状況を視覚的に補完し全体をしあげていく。
また、2Dアニメでは、シーンごとに計算された構図やフレーミングが非常に重要視される。絵画的な美しさを意識したカメラワークや構図の取り方が、視覚的なインパクトを生み出し、物語の情緒をさらに深める役割を果たすのだ。特に、風景描写は素晴らしい。自然や都市の風景を緻密に描写する作品が多く、物語に深い没入感を与える。スタジオ・ジブリ作品や新海誠監督の映画では、風景が一つのキャラクターのような存在感を持ち、作品の世界観を豊かにしている。更に、アニメーションのシーンごとに、登場人物の配置や動きを計算して配置することで、視覚的なシンメトリーやバランスを意識した演出が施されている。シーンに独特の美しさや緊張感をもたらすのだ。
人間は不完全な部分を自ら創造して完成させる。そのため全てを視覚的に説明することを敢えて避ける場合もある。一部の情報をあえて省略することで、視聴者の想像力に訴えかけるのだ。2Dアニメのシンプルなデザインや、動きの制約を逆手に取り、観客が心の中で物語を補完するのだ。はじめはアニメで感動してしまった。とネガティブにとっていたが、アニメだからこそ感動するという表現が実は正しい部分もあるのだ。現在の3Dアニメは、モーションキャプチャを採用して、忠実に人間や実際の動きを再現しようとする。それに対して2Dアニメの動きはシンプルであるが故に感情表現が強調されているのだ。
更に、作品にもよるが、日本のアニメは、歴史や伝統が詰まっており、視聴者にとって懐かしい感覚を呼び起こす。80年代や90年代に放送されたアニメ作品には、現代の技術では再現できない独特の魅力がある。若者も含めて視聴者は、その映像を見ることでノスタルジックな感覚を覚えていくのだ。確かに、セルアニメの時代の作品は、画面越しに感じられる温かみや手作業の痕跡があり、これが昔ながらのアニメ、あるいはそれこそがアニメとして、受け取られていると思うのだ。
(まとめ)
アニメ制作の構造では、制作委員会方式、スタジオ・ジブリ方式、その他の制作方式をみてきた。中でも複数の企業が出資して、リスクを分散する伝統的な製作委員会方式では、出資者にのみ収益が分配され、制作スタジオやアニメーターへの還元が少なくなる構造的な問題を指摘した。
次に、アニメ業界の低賃金問題と改善の兆しに言及した。業界団体の動き、テクノロジーの導入、そしてネット配信プラットフォームの影響がましたことで、制作会社やクリエイターの働く環境も激変している。
スタジオ・ジブリ方式は、出資者や制作スタジオやアニメーターにとってもメリットはあったが、実際は後継者問題や経営の持続可能性、事業承継の難しさ、安定した経営基盤の確保などの問題があり持続的なビジネスモデルになりえなかった。日本テレビとジブリの関係に言及しながら、現状に触れた。
国外に目を向けた時に、中国や韓国のアニメ産業の台頭に問題意識を向けた。低賃金で仕事をしていた日本在住のアニメーターがWeb技術を駆使して、テレワークの状態で海外の仕事をし始めているのだ。1990年代に技術流出した半導体の取組と重ねて、メリットやデメリットを指摘した。
最後に、中国や韓国が対等すると日本の良き2D文化そのものが消滅するかも知れない。そこで、最後に日本の伝統的なアニメーションは2Dであり、その何が素晴らしいのかについて言及した。手書きの温かみ、間やリズム感、デフォルメとシンボリズムの手法、そしてノスタルジックな魅力。どれも3Dアニメと近年のテクノロジーを導入してみ及ばない価値だ。
整理すると、日本のアニメ産業は、2Dアニメの伝統を守りつつ、国際市場や新しい技術の導入に対応しなければならない過渡期にある。賃金や労働環境の改善、外部からの資金調達や新たな制作方式の活用など、多くの課題と新たな可能性が共存している。ジブリのようなスタジオが経営の安定化を図り、同時に中国や韓国といった国々のアニメ産業が成長する中で、日本のアニメがどのように進化していくかが注目される。また、伝統的な2Dアニメの魅力は、今後も多くの視聴者に支持され続けると思う。微力ながらアニメスタジオの関与を通じて、上記の問題提起に対して、我々なりの解決策を示し実現していきたい。
※以下、直近のアニメ産業のファクトデータの抜粋を示す。
(アニメ産業の状況:ファクトデータ)
アニメーション制作者実態調査2023、文化庁令和4年度「メディア芸術連携基盤整備推進事業」の一環として実施されたアニメーター実施調査をまとめた資料より抜粋
– 同様の調査の推移より、2005年時点は男女比で男性6割、平均年齢33.7歳、平均勤続12.6年、年収中央値250万、労働10.2時間/日、休日月平均3.7日、配偶者無し75.3%だった、これが2023年の調査では、男女比で男性54%、平均年齢38.8歳、平均勤続15.7年、年収中央値422万、労働8.8時間/日、休日月平均6.8日、配偶者無し57.4%と環境がかなり向上したことがわかる。
– 2023年の母数はn=427人、日本人98%。居住地は57%が東京、東京除く関東が12.4%、近畿地方が24.1%とエリアが偏っている。都内の内訳は、練馬区が23.9%、杉並区が22.6%、中野区が7%、ついで西東京市、小平市、小金井市、国分寺市、三鷹市、東村山市と練馬と杉並を中心に中央線沿いに多くのアニメーターがクラスタ化している。
– 年齢分布を見ると男性平均40.7歳、女性36.6歳。男性は54%。男性の最頻値は26歳で23名いる。女性も平均は36歳だが20代後半から50代にかけて満遍なく分布する。
– 配偶者は38.6%がいる。住居形態は44%が賃貸マンション、家族所有の持家一戸建が13.7%、自己所有の持家一戸建が12.5%。
– 学歴は、大卒が41%、専門校卒が37%、高卒が14.5%。
– 仕事の平均経験年数は男性で17年、女性で14年。数年から10年続けて辞める方か、それ以上継続する方に分かれる。
– アニメの仕事は多岐に渉る。監督、シナリオ、絵コンテ、演出、デザイン、版権、総作画監督、作画監督、原画、LOラフ原、第二原画、3DCG、動画検査、動画、色彩設計、色指定、仕上げ検査、仕上げ・彩色、美術監督、美術背景、撮影、編集、音楽。楽曲、プロヂューサー、制作デスク、制作進行、等々だ。この中で最も多く従事しているが原画で約半数の45%で収入源のベースも16%が原画だ。
– 近年、仕事の増減でネットフリックスやアマゾンプライムによる配信作品の仕事の増加が顕著で次に劇場用映画、TVシリーズとなっている。
– 技術の習得については、職場でのOJT等が3割で、独学が2割、専門学校等が17%。54%の回答者が職場でのOJTがもっとの技術習得に役立つと答えている。
– 当面の仕事の見通し期間だが、18%が1から3ヶ月、16%が3から6ヶ月、18%が半年から1年、17%が1年から2年。
– アニメーション制作者の就業形態は4割が正社員、9%が契約社員、31%がフリーランス、17%が自営業。
– 年間年収は平均値が455万、中央値は422万、標準偏差が220万なので250万から700万の間に7割が分布している。ただし、600万以上も25%いる。年収のピークは50代前半で614万円。
– 役割別で年収が高いのは、監督が中央値で800万、シナリオが620万、総作画監督が550万。
– 仕事をするうえでの問題の上位は、時間やスケジュールの調整5割、多岐にわたる要求24%。