新規事業の旅134 北海道事情

2024年8月5日 月曜日

早嶋です。(約4300文字)

北海道銀行が8月1日に発表した「北海道経済の見通し」を基に、札幌で感じた内容をメモする。

日本全体の経済は、所得改善により回復傾向を維持。物価高の影響で消費は抑制されているが、企業収益の増加に伴い大手から賃上げが促進され個人消費と設備投資は増加。実質GDP成長率ぜ前年比0.6%、名目で2.5%のプラス。

次に北海道経済は、設備投資主導で回復基調維持。特にGX関連や次世代半導体製造の工場投資が経済を牽引している。インバウンドの回復も著しい。道内の成長は実質GDPで前年比1.4%増、名目で3.9%増なので、日本平均よりも経済が活性化している。

道内での物価高の背景は国内とほぼ同じくエネルギーコストの上昇、為替だ。原油価格の高止まりに追従して供給チェーンで問題が生じた。部品不足と輸送コストが増加し、同時に円安の影響で輸入品価格は上昇。一方で大手中心に賃上げ促進した結果、企業のコスト負担が増加傾向。結果的に、個人消費は抑制され家計の購買力は低下。企業の生産コストをコロナあけから順次価格に転嫁した影響もある。

一方で、個人消費が復活しつつある。賃上の影響が個人所得に影響している。労働市場も改善しており雇用状況は良い。海外からの観光客が戻り地元の消費を高めている。実際、札幌市内や郊外の観光地を歩くと中国、韓国、台湾からの観光客が多いことに気づく。24年4月に北海道を訪問した外国人の宿泊者数は45万人で前年比で4割程度の増加だ。北海道全体の外国人観光客のピークは2019年度で年間約678万人だった。再びピークを超す勢いに迫っている。

北海道の設備投資は、GX関連、半導体関連、そしてそれらに付随するDX関連が中心だ。グリーントランスフォーメーション(GX)関連は、脱炭素化のための再生可能エネルギープロジェクトで風力発電施設など投資額が大きく、維持メンテナンスコストも続くことが予測できる。具体的な施設は、宗谷管内および日高管内での風力発電施設の建設だ。風力でも洋上風力発電は室蘭港を拠点港(母港)として開発が進んでいる。

半導体関連では、次世代半導体の製造を目指すラピダス社の工場および試作ライン建設に伴い、設備投資計画が数兆円に上ると報じられている。これにより、道内の設備投資を大幅に押し上げることが見込まれている。エリアは、主に千歳市や苫小牧市近辺が中心で、国内外の半導体関連企業が進出するケースが目立っている。2024年度の実質設備投資は前年比+39.3%(名目:同+41.1%)と予測され、先の述べたGX関連や次世代半導体製造の工場関連の大型設備投資が道内経済を押し上げるのは間違い無い。千歳は新千歳空港のお膝元で、苫小牧は洋上のアクセスが良く、広大なエリアが広がっており今後の開発を鑑みると、札幌エリアの不動産が今後も勢いを増すことが想定できる。

ただし、気になることがある。人材の確保についてだ。次世代半導体の仕事を担う人材は、各種専門的なスキルと知識と経験が求められる。

半導体プロセスエンジニア:半導体製造プロセスの設計と最適化を担当する。物理、化学、材料科学の知識が求められる。
設備エンジニア:製造装置のメンテナンスや運用を担当する。機械工学や電気工学の背景が必要だ。
テストエンジニア:半導体デバイスのテストと品質管理を行う。電子工学や計測技術の知識が重要。
材料科学者:新しい半導体材料の開発と特性評価を担当。材料科学や化学の専門知識が必要。
デバイスエンジニア:新しい半導体デバイスの設計と開発ナノテクノロジーやデバイス物理の知識が求められる。
サプライチェーンマネージャー:半導体製造に必要な材料や部品の調達と供給管理を担当。ロジスティクスやサプライチェーン管理の経験が求められる。
生産計画マネージャー: 製造プロセス全体の効率を最適化し、生産スケジュールを管理。製造業務の経験が重要。
ソフトウェアエンジニア:半導体製造装置の制御ソフトウェアやデータ解析システムの開発を担当。プログラミングやソフトウェア開発のスキルが必要。
データサイエンティスト:製造プロセスから得られる大量のデータを解析し、プロセス改善に役立てる。データ解析や機械学習の知識が求められる。
環境エンジニア:半導体製造の環境影響を評価し、環境規制に準拠した運用を確保。環境科学やエンジニアリングの知識が必要。
安全衛生マネージャー:製造施設の安全管理と労働安全衛生を担当。安全工学や労働衛生の知識が求められる。

と一般的な半導体エンジニアの種類と背景を並べた。これらの多様な専門職が協力し合って、次世代半導体の開発と製造を支えることになる。次世代半導体関連の投資による新規雇用は、ラピダス社の工場および試作ライン建設に伴い、直接雇用と間接雇用を含めて数千人規模だ。国内は技術系を中心に人手は不足している。ここの確保と育成が当面の課題になると思う。

国内の半導体関連は熊本が選考している。TSMCが中心になり、主に最先端のロジック半導体(プロセッサやデジタルシグナルプロセッサなど)を製造している。TSMCの工場では、最新の製造技術を駆使した7nm、5nm、さらには3nmプロセス技術を用いた半導体製造が行われる。TSMCの半導体はスマートフォン、PC、データセンター、自動車などの多様な分野で利用される。

TSMCで必要とされるエンジニアのスキルと経験は、プロセスエンジニアは最先端のプロセス技術(7nm、5nm、3nmなど)に関する深い知識と経験。デバイスエンジニアはロジック半導体の設計と最適化の経験。装置エンジニアは半導体製造装置の運用とメンテナンスに関する技術。テストエンジニアは高度なテスト技術と品質管理のスキルが欲しいところだ。

ラピダスの半導体は、次世代半導体の製造を目指している。最新の製造技術を活用した半導体で、特にAIやIoT、5Gなどの新しい技術に対応するための高性能かつ高効率な半導体だ。用途も、AI、IoTデバイス、5G通信、自動運転車などの新興技術分野に重点を置いた製品が多いと予想される。

ラピダスで必要とされるエンジニアのスキルと経験は、プロセスエンジニアでは次世代技術(AI、IoT、5G向け)の製造プロセスに関する知識と経験。材料科学者は新しい半導体材料の開発と特性評価の経験。デバイスエンジニアはAIやIoTデバイスのための高性能半導体の設計経験。システムエンジニアはAIやIoTシステムの統合と最適化に関するスキルが必要とされるだろう。

同じ半導体関連でもTSMCとラピダスでは、製造する半導体の種類や用途が異なるため、必要とされるエンジニアのスキルや経験にも違いがでる。TSMCでは最先端のロジック半導体の製造に特化した技術と経験が求められる一方、ラピダスでは次世代技術を支えるための新しい材料やプロセス技術に関する知識が重視される。ただ、この流れをみても熊本のエンジニアと北海道のエンジニアの協力は今後活発になり一定の行き来が必要になるのではないだろうか。札幌と阿蘇熊本。どちらも食文化が良く、観光にも自然にも恵まれているエリアだ。テクノロジーの発展とともに南と北の融合にも期待したいところだ。熊本菊陽町の不動産の瀑上がりと人件費の超高騰によって、観光業におけるサービス産業の人員の奪い合いも始まるだろう。大卒エンジニアの初任給を40万程度から取り始めるだろうから、道内の大学も数年かけて半導体エンジニアの育成をはじめるだろう。

熊本の動きは、まずはその道のプロを多数招致している。国内外の半導体業界から専門知識を持つエンジニアや研究者を招致するのだ。そして大学や研究機関との連携をすすめる。半導体分野での研究が進んでいる大学や研究機関と連携し、優秀な学生や研究者を採用するのだ。企業は現地の技術者に対して、専門的な研修プログラムを提供し、半導体製造の知識と技術を習得させる。職業訓練学校も、半導体製造に特化した職業訓練学校を設立し、地元の若者を育成し始めている。他の製造工場よりも供給が不足する間は給与が高いので、雇用される側のやる気も高くなっている。

パートナーシップと協力も進んでいる。半導体関連企業と連携し、研修プログラムや人材派遣を通じて必要なスキルを持つ人材の育成だ。もちろん政府も絡む。政府の支援を受けて、雇用創出と教育プログラムの充実を図るのだ。すると学生の動きも変わってくる。学生や若手技術者に対してインターンシップを提供し、実務経験を積ませる動きが活発になるだろう。経験豊富な技術者の下で見習いとして働くことで、実践的なスキルを習得しようとする技術者も出てくるだろう。

もちろん優秀な人材はすべて現地で調達できない。昨今のDXを活用して地理的な制約を超えて、リモートで技術支援を行うことで、国内外の専門家の協力を得る動きも必要だろう。これだけの動きになると、半導体技術を学ぶ学生に対して奨学金を提供し、優秀な人材を育成する動き、大学や研究機関に対して研究助成金を提供し、半導体関連の研究を推進する動きも活発になる。日本の南と北で半導体を軸に文系くんよろしくねの世界から再び理系くんいらっしゃいの世界が再構築されようとするのだ。これは日本の未来にとって嬉しい限りだ。

北海道を取り巻く設備投資の増加、GX関連と新型半導体関連、そしてそれらに付随するDX関連の大型投資は継続的に続くことが予測できるし、短期的な取組でできる計画ではない。風力発電所施設の建設と運用、データセンターの建設と運用、洋上風力そして次世代半導体関連。これらの事業を立ち上げ運用するためには、圧倒的に技術に明るい、そして一定の専門を持つ人材が大量に必要になる。そしてその仕事をするものは一定の給与水準以上を約束される。一企業の中で省人化やデジタルトランスフォーメーション(DX)の一環に携わっている人材は、給与を比較しながら札幌か熊本に拠点を移して新たな10年、20年のキャリアを開拓することも可能だ。そうなると、中央に在籍するメーカーのエンジニアは人材を捉える格好になるので、自分たちの成長ビジョンを明確に示し、人材のキャリアビジョンを示し、見合った給与を支払うことをしなければ日本の両端に人材を吸収されることになる。

道内の経済だけでなく、日本全体に一定の影響を与える活動になって欲しいものだ。

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