新規事業の旅118 学習性無力感

2024年6月26日 水曜日

早嶋です。

経営企画や新規事業開発に配属すると心が踊る。事務方、いや企業全体の花形の職場だと思う。が、トップから常に無理難題が降りてきて、そこに向き合い続ける日々が始まる。血尿、十円ハゲ、意味不明な痛み、耳鳴り。ありとあらゆる症状を経験するが、2つの人種に分かれる。1つは無理難題が難しいほど燃えるタイプ。そして、どこかをピークに思考が停止するパターン。

無理難題を受け入れて実践に落とすタイプの共通事項は、自分やチームで管理できること、出来ないことに分けながら、管理できることに集中するなどの一定の思考や行動パターンを有することだ。また、思考の方向性や推察レベルでも、オーナーに確認をしながら適宜自分の意見をぶつけて議論ができる方だ。一方で、ピークを超えてやがて思考停止になるパターンは、全てを自分で抱え込み、自分が取り組まなかれば組織がストップしてしまうと考えてしまう傾向が強い。始めから出来ないことが一定あると割り切りながらも取り組む場合、全部実現しなければならないと決め込む場合。当然、後者の人種はどこかにピークがあり、突然、閾値を超えた瞬間に無力感や敗北感に襲われるのだ。

学習性無力感(learned helplessness)。心理学の概念だ。繰り返し困難や失敗を経験すると、将来的な成功や問題解決が出来ないと思い込み自信を失う状態だ。この状態になると、個人は自分の行動が結果に影響を与えることができないと感じ、状況が改善されても無力感を感じ続ける。結果的に行動を起こす意欲を失うのだ。

この概念は、米国の心理学者マーティン・セリグマン(Martin Seligman)によって1960年代に提唱された。セリグマンの実験では、犬を使った研究で、避けられない電気ショックを受ける犬は、やがてショックを避けようとする努力を放棄し、その後ショックを避けることが可能な状況でも、避けようとしなくなることが観察された。この現象をもとに、学習性無力感の概念が確立さていく。

学習性無力感は教育、職場、健康状態等に影響する。教育では、生徒が繰り返し失敗を経験するなかで学習意欲を失い成績が低下することが観察される。職場でも社員が度重なる失敗や否定的なフィードバックを受けると、仕事に対するモチベーションが低下し、パフォーマンスが悪化する。このブログを読んでいる方は、こちらの現象はピンと来るはずだ。そして、学習性無力感は、うつ病や不安障害などのメンタルヘルスの問題と関連していると言われ健康にも関連する。

もちろん、克服する方法も提唱されている。成功体験を増やすこと、プラスのフィードバックを適宜出すこと、問題解決スキルそのものの能力を積み重ねることだ。小さな成功体験の積み重ねは、自信の回復と自己効力感を高めることにつながる。プラスのフィードバックは、努力や進歩に対して肯定的なフィードバックを与えることだ。親や上司や先輩、あるいは友達や同僚の役割になるだろうが、一定のモチベーション(気持ち)を維持することができる。そして、気分そのものに加えて、根本的な問題解決スキルが大切だ。体系化された問題解決スキルを学び、実践を繰り返すことで、自分の行動が結果に影響を与えるという感覚が身につけられるのだ。

この手の探求を深堀りすると逆の考えを持つケースにも遭遇する。困難な状況をプラスに捉え、逆にやる気を出す人間がいるのだ。最近ややバズワードになっているレジリエンス(resilience)や逆境に対する心理的耐性として定義される。困難や逆境に直面したとき、それを乗り越えて成長し、さらに強くなる能力だ。

現在レジリエンスに関する研究で言われていることはいくつかある。まずは、ポジティブな認知だ。人からのフォードバックに頼らずに、自分で困難な状況をプラスに捉える能力だ。楽観的な思考やポジティブな自己対話を駆使して、困難に対する心理的耐性を高めるのだ。社会的なサポートだ。家族、友人、同僚などのサポートは、ストレスを軽減し、逆境に対処する能力を強化する。やたらと成果を出す人間で一匹狼はいても稀な存在で、そのような人はネットワークや仲間が多いのも事実だ。そして、柔軟な問題解決能力だ。やはりベースとして、創造的な問題解決やストレス管理の技術を持つことは、困難な状況に適応するのに有利になる。この技術は実は学ぶものではなく、遊びの中やスポーツなどの集団競技を通じて学ぶものも多いと思う。当然、問題が発生しているということは、一定の目標があることだ。そう、最後は目的志向が大切なのだ。明確な目標を持つことで、そこに向けて努力する。それ事態がモチベーションを維持し、困難を乗り越える力になるのだ。

今議論してきたように、思考を実践に移すためには、自分のモチベーション(気持ち)を一定に保つ、もしくは管理することが大切だ。その際のポイントは、

– 成功体験の積み重ね
– ポジティブなフィードバック
– 問題解決能力

だ。そして、レジリエンスを身につけるためには、

– ポジティブな認知
– 社会的なサポート(家族、友人、同僚、仲間)
– 柔軟な問題解決能力
– 目的志向

だ。

ここもで議論して、気づきを得た。先天的に物事を楽観的、詰まりポジティブに考える方は、そもそも学習性無力感を感じにくいということではないか。ここは教育でも環境でもなく、親や受け継いだDNAに感謝すべきだ。一方、その感覚が先天的にニュートラル、もしくはネガティブな場合、1990年以降の日本で幼少期を過ごしていれば、相当の努力や特異な行動を起こさないと、誰もが無力感に陥っていくと思うのだ。

1990年から、様々な変化や成長は在ったが、それが個々人の活動や私生活には反映されていない。失われた30年、40年という現象だ。この中では、既に満たされた環境にいるため成功することのイメージがない。むしろ失敗も無く、裏も表も、上も下もない状態で生活していた。従い、相当に変な環境や変わった思想がない限りごく平凡な生活を強いられたはずだ。結果、成功体験を小さく積み上げることがなかった。当然、変化がなければポジティブなフィードバックはなく、むしろ変化の少ない中で、ネガティブなフィードバックを何故か与えられ続けたのだ。小学校から大学に出るまで答え先行型、記憶先行型の勉強が当たり前だったので、問題解決能力は身についていない。問と答えが同時に存在して、記憶した答えに価値があると洗脳され続けたのだ。

と考えると、今、レジリエンスを強化するために、ポジティブな認知、社会的なサポート、柔軟な問題解決能力、目的が大切だと言っても響かないのだ。一方で、学習性無力感を感じない人種はますます成果を出し続け、どんな状況でもレジリエンスしていく。この状況下で情報が民主化して、AIが誰でも月20ドルで使えるようになったら、このギャップはもはや不可逆な方向にしか進まないのではないかと思うのだ。

仮に既にトップが何らかのレジリエンスの持ち主、そして生まれつき学習性無力感を感じないのなら、それはある意味、異常だと認知するのが重要だ。「なんで皆できないんだ!」と思う前に、「俺が異常だ、私が特異なのよ」と受け入れた上で、周りや部下や組織に寄り添うべきだ。100人の社員でも1000人の組織でも残りの99人、もしくは999人を変えるよりも1人が変わった方が早いし管理できる。トップが現場や社員や仲間に寄り添って、

– 成功体験の積み重ね
– ポジティブなフィードバック
– 問題解決能力

をすることが何よりのポイントなのだ。これを理解しないと、その組織は学習無力感の塊になると捉えた方が良いのだ。

(過去の記事)
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