早嶋です。
新規事業の獲得のために多くの企業がM&Aを考えている。しかし、実際は上手くいく事例が少ない。なぜだろう。M&Aは売り手の状況を考えた場合、そもそも出口戦略の一手になる。その場合、業界が縮小する、効率が悪い、利益が出にくくなる。そんな理由でどうにかなる前に会社の売却を決める場合がそもそも多い。従って、M&A以外のオプションも考えるべきなのだ。
(新規事業開発が必要な背景)
国内企業は、規模の大小に関係なく、成熟期を迎えている。そして事業存続のために、次の成長に向けて、或は将来の稼ぎ頭を獲得すべく、自助努力で新規事業を開発している。しかし結果が出る企業が少ない。多くの企業は10年も20年も特定の業界で、さらに過去に出来上がったビジネスモデルを軸に事業を行ってきた。そのためこれまでの経験があまり活用されにくい新規事業の開発に苦しむのだ。
一方、歩みは遅いけれども、経営者が先陣を切り、ゼロベースで試行錯誤を続ける企業は自助努力でも時間の経過と共に、一定の可能性を見出し、損益を回収する地点までたどり着け、一定の成果を出す企業も散見される。
しかし規模が大きな企業に良くありがちな風景は、「新規事業」「イノベーション」などとそれっぽい言葉を経営陣が連呼するだけで、実際の新規事業の開発や取組は社員に丸投げというのも珍しくない。新規事業開発室、イノベーション推進室等、かっこいい組織が立ち上がるが、既存の事業も不安定で人手不足に見舞われているため、多くはそのような組織は既存業務との兼業で行われる。事業の開発の仕方や、業界外のネットワークなど何もないと感じる社員は、新規の取組を行っても直ぐに成果が出るわけでもないし、一方で評価は既存の事業の4半期の成果で評価されるため、そもそもリソースを割かないのだ。
(ゼロイチと共にM&Aを考えはじめる)
ゼロイチ、いわゆる新たに事業を創業する経験やノウハウや知識と、既存事業を維持拡大するそれとは大きく異なる。経営者であっても四苦八苦する取組だ。それを、既存の出来上がった事業モデルの一部をニッチに繰り返しの作業で仕事をしてきた社員に、兼業で開発しろと言うのは、無茶苦茶な話なのだ。
そのような中、経営者には、「M&Aで事業を買収して次の収益の柱を立てる事例があるらしい」と金融筋や御用聞きコンサルから幾度となく話が入りはじめる。そして、これまで興味が無かったM&Aという言葉に惚れ込み、「自社もM&Aだ!」的な動きになる。
確かに、大手企業では一定の規模の事業を買収して、自社のシナジー効果を取り入れながら事業の開発を行っている事例は多々ある。しかし、自社のシナジーなしに買収した企業を更に成長加速させることは稀なのだ。
通常、M&Aは売り手からすると出口戦略の1つになる。複数ある事業の中で、1つの事業が成熟すると、その事業は会社にとって収益の源泉になる。しかし、その状態が永続するとは限らない。経営者としては、複数の事業ポートフォリオを意識的に組み替えて事業価値を高めることが仕事だ。そのため成熟期や衰退期に差し掛かった事業で、業界全体から見てポジションを取れていない事業は売却の対象になりやすい。
このような事業は、成熟した業界の中で高いシェアを持つ企業が買収し、更にシェアを高めたり、規模の経済を活用して収益構造を改善したり、デジタルを駆使して少人数でも事業活動が行なえる工夫をする。当然に、買収した後も、その事業のコントロールを徹底的に行ない事業のシナジーを出す取り組みに一定の資源を費やす必要がある。そもそも買収した事業とともにシナジーを出すには、一定の事業への理解と継続的な関わりが前提になるのだ。
勿論、小規模な事業の場合、先行きが不安、業績不振、後継者不在などのネガティブな理由で、事業のライフサイクルを度外視して売却を模索する経営者も多々いる。また、ファンドの投資先の企業がIPOすることが出来ず10年を迎えてしまった場合は、投資先の事業の一部、もしくは全部を現金化する必要がある。このような事業を新規事業の買収先として検討することもできる。しかし、その手の情報が入る企業は、新規事業の開発に対して戦略的で、ゼロイチとM&Aに加えて、提携や出資を行いながら情報収集と事業化の可能性を検討しているので、今回の議論の対象外、いわゆる優等生企業なのだ。
(M&Aは成功するのだが・・・)
さて、話を戻そう。新規事業を立ち上げる目的で、自社でゼロイチの部隊をつくる。しかし、これまで説明した理由でなかなか進まない。一方で、株主に対しては成長戦略を軸にした経営計画を既に発表している。
例えば、現在の企業の売上が70億で、後数年に100億を達成するなどだ。内訳は、既存の事業が複数あり、特に稼ぎ頭の事業は成熟期を迎えているので70億を維持するもの難しいのに、きりよく100億を目指したいと公表している状況だ。色々議論しても、既存事業の延長とゼロイチで今行っている取組が成功しても90億が限界だ。どうしても10億足りない。そんな状況だ。結局、議論が堂々巡りになり、最後に「10億はM&Aだ!」的になり、経営会議の中で希望を見出してしまうのだ。
仮に10億の企業が利益率10%で1億の利益だとする。資産の価値が3億程度だとしても相場は8億から10億程度だ。案件があればお金で解決し、事業計画で不足する10億の嵩増しが出来て一件落着とならないのだ。
売り手が事業を手放す際に、更に成長するためにより大きな資本傘下になり成長を加速したい。という案件は稀で、実際は今後の成長が不安定でいくつか問題を抱えている。それでも新規事業や成長を遂げたい買い手企業がたくさんあるので売り案件に対して買い手が10社以上手いることもざらだ。
仮に運よく買うことができたとしても、買い手はその企業のマネジメントを行う必要があるし、場合によってはテコ入れが必要になるのだ。M&Aをしたからと言って、勝手に自走して買収案件が収益を生むかといえば、そのような事業は売りに出されることが稀だ。買い手企業は買収した企業に経営陣を送り込み、買収した企業の問題解決にあけくれる。
本来は、買収する前の時点で、統合した場合のシナジーの予測や問題点の洗い出しをするのだが、経験がない買い手はお金をだしたら終わりだと思ってしまう。結果、買収した時が最も企業価値が高く、その後の経過と共に価値を棄損させてしまうのだ。ひどい場合は、のれん代の減損が生じてしまう。
さらに、慣れていない会社ははじめてのM&Aで結構なキャッシュを払ってしまい、既存事業の資金繰りも悪化するなども稀に観察する。
(ではどうするか?)
70億から100億に切りよく目標を設定したことが・・・。と思うかもしれないが、それは仕方がない。企業はミッションやビジョンの実現のために成長せざるを得ない生き物だ。問題は、残り10億となったところで思考停止したことだ。瞬時にM&Aと捉えるのでなく、その領域に対して、投資先に対しての戦略をもう一つ深掘りして準備すべきだ。
現実的に考えると、自社の売上を保管する企業が都合よく売りに出る可能性は極めてゼロに等しい。しかし、自分達だけでは達成できない。深掘りすべき点は、では何が自分たちに不足しているのかだ。時間なのか、ノウハウなのか、経験なのか、販路なのか、デジタル技術なのか。
その不足する部分を徹底的に整理して言語化することがまずは大切な一歩なのだ。そして、その部分をゼロイチで取り組む考え方と、不足する部分をM&Aではなく、提携や出資で補うという考えも持つべきなのだ。