早嶋です。
売上は総購入回数と平均商品単価の積で表現できる。平均単価を上げることは大変なので、企業は総購入回数に着目して、売上拡大を狙うも結果がついて来ない。なぜだろうか?
多くの企業は総購入回数を増やすため、総顧客数とリピート回数の積に注目する。しかし、ほとんどの施策は既存顧客のリピート回数を増やす取組に注力している。ここが成果が出ないポイントだ。結論から言うと、総顧客数そのものの母数を増やすため、未顧客の開拓をはじめることが重要な方向性になりうる。
(未顧客とは)
人口減少、経済低迷、追い打ちコロナ。企業の多くは成長戦略を掲げているが明確な一歩が踏み出せない。しかし、何か考えなければ始まらないと「新規顧客の獲得」「市場の拡大」「新規事業の創造」と、これまで経験していないエリアに青い鳥の姿を見出して妄想の日々を過ごしている。
冷静に考えると、企業が対象とする全ての商品は、ターゲットカスタマーよりも大部分を「購買しないノンユーザー層」と「購買しても年に1回、2回程度のライトユーザー層」が占めている。つまり企業が普段から意識的に捉える市場は全体のごく一部であり、その集合を既存顧客と捉えている。本誌では、このようなノンユーザー層とライトユーザー層に、そもそもターゲット層にフィットしないマイノリティ顧客を合わせて「未顧客」と定義する。
(データ分析の落とし穴)
近年、データ分析業務はマーケターの役割から一般社員の作業にシフトされる程、当たり前に浸透している。しかし大部分のデータは既存顧客のデータであり、未顧客のデータは存在しない。特にデジタル化を加速している企業は、既存顧客が購買に関与するタイミングや導線でデータを収集する。そのため、購買頻度が高い優良な顧客データばかりが蓄積され、商品に興味関心が無い、あるいは薄い未顧客のデータは集まりにくい。
同様の現象は、実店舗や営業等にも当てはまる。フロントに立ち顧客と接する従業員は、既存顧客を理解していると考える。しかし来店しない、普段接することが無い未顧客のことになると当然知らない。そしてこの層に対しての重要性を認識しない。見えないものは考えることができないのだ。そのため未顧客は、存在を理解し、将来の成長の鍵になる重要なセグメントなのだが、見えない、知らない顧客は初めから対象にならないのだ。
ということで未顧客に対するアプローチはジレンマの塊だと思う。仮に、未顧客を分析しようと思ってもデータが無く、どのようにデータを集めればよいか、初めの切り口は何かが分からないのだ。
(注目に値する理由)
売上を概念化すると、一つの考え方として、次のように表記できる。
売上 = 総購入回数 ✕ 平均単価
売上を増やすためには総購入数を増やすか、平均単価を高めるかの2つの方向性が重要だ。通常、平均単価を高くしても全体の売上は伸びない。そのため、総購入回数を増やすことが重要なアプローチになる。
このアプローチは既存顧客と新規顧客のアプローチに大分される。この手の議論は過去から、「新規顧客の獲得コストは既存顧客の維持コストの5倍程度かかる可能性がある」。など、既存顧客にフォーカスする定説が存在するが、案外と立証されていない。そのため新規か既存かの議論は繰り返し企業の中でも試行錯誤が続いている。
総購入回数 = 総顧客数 ✕ リピート回数
一方、企業成長の因果関係が強い因数に、総顧客数の増加と言うことは多方面で確認される。ここからわかることは、マーケティングは依然として一部の業界を除けば数のゲームであり、企業の売上増加の鍵は総顧客数の増加になるということだ。
しかし、実際の現場の行動を観察すると総購入回数を上げるために、総顧客数にフォーカスするよりも、リピート回数を増やす取組が注目されている。既存顧客の維持獲得コストが安いという錯覚からくるものだと思う。そのため既に製品やサービスを利用している顧客に「更に購買頂く!」という方針をとってしまうのだ。
そもそもヘビーユーザの割合は全体の顧客と比較して少なく、購買促進にも限度がある。冷静に考えるとわかることだ。また既存顧客への施策は効き目が短く持続しないことも経験的に理解している。更に投資対効果を議論する動きもあるが、そもそも効率の話であり絶対量の総顧客数が増加する策では無い。
おわかりの通り、総顧客数増加の鍵は、ノンユーザーやライトユーザを含めた未顧客を増やすことだ。これによってヘビーユーザーの数も総顧客数の増加に比例して獲得できる。一般的にノンユーザーやライトユーザーは極端に多く、何回も購買するヘビーユーザーは極端に少ない。年に1、2回しか買わないライトユーザの母数そのものを増やすことが全体の成長加速を意味することにつながるのだ。従い、購買回数が0回の未顧客に1回でも購買いただける活動に注力すること、そもそもの未顧客の母数を増やすことがとても重要な戦略になるのだ。
(文脈を捉えた再解釈の活用)
ノンユーザーやライトユーザを獲得するポイントは、未顧客の文脈(特定の状況)に注目し、商品の意味を再解釈させることだ。この行動を繰り返すことで、総顧客数の母数を増やすことができる。
理解を深めるために、保育園の子供嫌いの事例を示す。保育園では風呂嫌いの子供に対して、風呂の解釈を「嫌な場所」という認識から「遊び場の一つ」と再解釈させることで風呂に対する「イヤイヤ」を「行きたい!」に変化させた。
自社商品やブランドを風呂と捉え、未顧客を風呂嫌いの子供とする。マーケターである保育士は、未顧客の商品理解を再解釈させたことで風呂に向かわせる取組に成功した。結果、子供は「遊びたい欲求」に対して、「風呂に行く行動」を取り、結果として「楽しい水遊びという報酬」を得るのだ。このような再解釈を未顧客の様々な文脈で行い、店舗やブランドの興味に向かわせ、商品の購買に結びつける等が可能になるのだ。
例えば、歯科医院にあてはめて考えよう。歯医者が嫌いな顧客は、「治療する場所」「痛い場所」と捉えるかもしれない。そのような顧客に歯科医院の概念を再解釈させ、「健康になる場所」「快適な生活をサポートする仲間」「気持ちの良い場所」と認識させたらどうだろう。これまで未顧客だった層が一定数来店する可能性を感じることだろう。
コンビニのスイーツの例を考えよう。あるコンビニ商品の企画者は新商品のスイーツの作戦を立てた。昼の弁当等を購入に来た顧客のついで買い需要に注目して展開を試みた。しかし導入後のモニタリングや現場での検証を行った結果、次のような顧客が多数存在していることがわかった。
テレワークやオフィスワークの合間に新商品のスイーツを認知するも、「甘いものは太るし、控えなければならない」と考える顧客がいてスイーツの購入を妨げていた。いわゆる購買をさまたげる「障害」があったのだ。
ノンユーザーやライトユーザを獲得するポイントは、未顧客の文脈(特定の状況)に注目し、商品の意味を再解釈させることだった。その際の鍵になる活動が顧客の障害を見つけ、再解釈して頂くことで取り除くことだ。
そこで主戦場を昼から夜にシフトしたのだ。「甘いものは太るから悪」という解釈に対して、「オフィスと家庭の往復の空虚な毎日に充実感を与えないか?」「太るものではなく、アタナにとってのご褒美だ。」というメッセージを開発した。その結果、昼は見向きもしなかった層が、「夜のご褒美」という新たなポジションを再解釈させることで、「昼の甘いものは太る」という障害を排除して未顧客の開拓に成功したのだ。
(過去の記事)
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