早嶋です。
米素材大手の3Mは58年間継続して増配している典型的な右肩上がりの成長企業です。同社の大きな経営方針は、研究開発を重視し、人材においては生え抜き人材の教育に重きを置いています。
3Mが管理する指標に、NPVIがあります。New Product Vitality Indexの略称で全売上高に占める過去5年以内に発売した商品が占める割合です。現状の目標値は30%。彼らの経験からすると3Mの商品は新商品発売から商品の陳腐化が始まり毎年4%程度の売上が減少するという認識を持っています。そのためポストイット等の一部の商品を除けば5年で20%の売上が減少することになります。そこで継続的に新商品を生み出すという指標を明確に掲げて常に発売5年の商品の割合を30%目標にイノベーションを起こしているのです。
ドラッカーは顧客の創造のためにはマーケティングとイノベーションと言っています。まさに、商品を作ったその日から陳腐化が始まるため、3Mは明確なNPVIの指標によってこれを管理しているのです。そして、3Mはそのイノベーションを2つに分けています。
顧客触発型のイノベーションと洞察によるイノベーションです。前者はカスタマー・インスパイアード・イノベーションと呼び、顧客と一体になり開発する仕組みです。3Mの主要な顧客を特定し、その顧客毎に専任のチームを編成します。そして顧客の声を直接聴く体制を整えているのです。更に3MのCEOはこの仕組を助長すべく、全世界で50から100社ある大口顧客のトップと直接的な関係を構築するために半年に1度の割合でそれぞれの企業のトップと直接会って意見交換や要望を聴くことで組織として徹底しています。
イノベーションの後者はインサイト・ツー・イノベーションと呼び、幅広い新たな市場の創出を狙うものです。その方法の中心コンセプトはいわゆるエスノグラフィーと呼ばれる行動観察の手法です。技術者が実際にユーザーの立場を体験して、開発テーマを見つけ出す手法です。これは商品の開発を意味あるものにすると同時に、研究者や技術者を刺激してやる気を引き出す副次的な効果もあります。
この2つをみると、前者は既存商品に対してのイノベーションで後者は新規商品におけるイノベーションと捉えることができます。既存の特徴は徹底的に顧客の声に耳を傾け、後者の新規商品に対しては3Mの知見を提供しています。新規のアプローチに対しても、3Mは机上で仮説を立てるのではなく、技術者が現場に行き、実際の現場を観察してから仮説を立てるところがポイントです。商品の開発には既存商品も新規商品も始めから技術者の関与があるのも特徴です。
経営方針で技術を大切にすると謳っている会社は多数ありますが、3Mはそのことを明確にルールとして定着させています。例えば2つの15%ルールです。1つ目の15%は年間約2,000億円の研究開発投資の予算の内、15%は基礎的な研究に振り向けて、テーマや資源の配分は研究開発部門に一存して自由に決めてもらう取り組みです。経営陣が将来の研究開発のポートフォリオに口を出さないのです。
もう一つの15%は、個々の技術者に対しての取組です。業務時間の15%は会社が命じた仕事ではなく、自分の好きな研究や開発に費やすように推奨しています。会社内で内緒で仕事をしてよく、実際にこの取り組みから新商品が次々に生まれています。この取り組みにも出口があり、毎年1回、ミネソタ州の本社で15%アワードという大会があり、そこで優れた技術や商品に表彰をすることで陽の目を継続的に浴びさせる取り組みをしています。
上記のような技術に傾倒する文化、しかし明確にビジネスにつなげていく考えを社員に定着させることで3Mの企業文化が出来上がったのでしょう。人材の外部調達も一部行っているでしょうが、基本的な方針は元々の社員の成長を自律的に行うような取組を定着させているのです。更に、トップをみると米国人、スウェーデン人、韓国人、日本人と、人種や地域に関係なく経営陣の人事を決めていることがわかります。透明な人事を徹底しているようです。生え抜きの人材を活かすと言いながら決まったバックグラウンドの人が経営陣や主力メンバーになることが分かれば、どこかで成長欲が冷めてしまいますが、その上限も取っ払っているところは流石です。
上記の方針は近年のグローバル・ビジネスにもフィットしていると思います。世界の様々な地域や国の市場を知るために、国境を越えた人事ローテーションを加速して、グローバルに通用する人材を育てているのです。
3Mの中に宿る文化の中に無視できないのがオープンイノベーションのマインドを社員が持っていることだと思います。例えば、日本の技術思考のメーカーは数多くありますが、事業部やコーポレート毎にコミュニケーションの壁があります。実際に壁を作ることは無いのですが、在籍している人材同士の自由なコミュニケーションが昔から無く情報の交換を行っていないのが現状です。一方で、3Mは社内で「こんな技術やアイデアはないか?と議論を始めれば、必ず別の社内から何かしらの反応が生まれる。」というのです。これがキッカケで問題解決が前進します。
オープンイノベーションを有機的に進めるためには、組織の人間の中で、誰が、何を知っているか?ということを組織が知っていることが重要です。いわゆるトランザクティブ・メモリーと言われる概念です。同じような人材が集まれば、基本的には同じような体験や同じような知識しか持ち合わせません。そこで同じジャンルでも顧客が違ったり、扱っている技術の上流下流が異なったり、あるいは顧客が同じでも、提供している技術が違えば、何かの考える軸や視点が異なるものです。そのような中で自由な議論が生まれれば自然と新しい視点とアイデアと切り口が生まれる。そのためには、トランザクティブメモリーを有効活用する、これは上手く行きそうですよね。
3Mは15%ルールの定着のために1950年代から社内技術の見本市を開き、誰が、あるいはどの部署が何に取り組んでいるのかを継続的に情報共有してきました。これによって企業の中の集合知とトランザクティブメモリーをを高めていくことも文化として定着させる一助になっているのです。