早嶋です。
三人寄れば文殊の知恵。文殊とは知恵を司る仏で文殊菩薩のことを指します。特別に賢い者では無くとも、三人あつまって相談することで何か良い知恵が浮かぶということです。坂口安吾の探偵小説とは、の一節に「推理小説ぐらい、合作に適したものはないのである。なぜなら、根がパズルであるから、三人よれば文殊の知恵という奴で、一人だと視角が限定されるのを、合作では、それを妨げる。」とあります。なるほど、確かにそうですね。
一方で天才を集めても、平凡な結果しか出ないこともあります。この場合は、船頭多くして船山に登る、です。指図する人が多すぎると統率がとれずに意に反した方向に進んでいくということです。何でもかんでも力を合わせればOK!と言うわけではないのです。先の一節の続きで、「知恵を持ち寄ってパズルの高層建築を骨組堅く組み上げて行く。十人二十人となっては船頭多くして船山に登る、というおそれになるが、誤認ぐらいまでの合作は巧く行くと私は思う。」と、こちらも確かにそうです。
さて、この違いは難でしょうか?烏合の衆、つまりただの集まりか、共通のゴールを持ったチームか。早嶋はそう思います。現在、三社が共同で特許を取り、その技術をベースに市場展開するプロジェクトのコンサルを行っています。A社、B社、C社とします。3社共通のゴールは、この技術をベースに社会に役立てて、かつ、自分たちも利益を上げることです。しかし、コンサルに入る前は、3社がそれぞれ動いていて、情報の共有がうまくなされていませんでした。
A社とB社が知っていてもC社が知らない。B社とC社が知っていてもA社が知らない。C社とA社が知っていてもB社が知らない。なんかじゃんけんのような関係で3社が共有しないまま仕事が進んでいるようで、実際は停滞していました。そこで行ったこと。3社を集めて共通のゴールを設定する。3社の役割を明確にして、互いが行うことを共有する、です。そしてプロジェクトの直近は定期的に情報共有の会議と次のアクションを決定する会議を開催しました。
たったこれだけのことですが、文殊の知恵が出てプロジェクトが円滑に進み始めました。共通のゴールを設定して、その達成に旗振り役をつけること。言葉ではリーダーになるのでしょうか。文殊の知恵になるか、船山にのぼるか。ちょっとしたキッカケですが、やるかやらないかで大きな違いが出てきます。