新規事業の旅62 プランB
2023年7月25日
早嶋です。
組織的に意思決定した取り組みを修正せずに、ひたすら続ける傾向が観察される。特に日本の大きな組織にはその傾向が顕著にみられる。その際、プランBの存在と活用が肝になるが、プランBがあっても活用されない。それは一体なぜなのか。
プランAをまっしぐらに突き進む組織は「思い込み」により、組織的に議論できない空気をつくり上げる。そこで悪魔の代弁者などを活用し、議論を誘発する取組が注目されている。
(幻のプランB)
対案や代替案。これらをまとめてプランBと呼ぼう。立案し突き進むも、何らかの因果で頓挫する、若しくはその可能性が高くなる。その際はプランBに切り替えて、「よろしくね」となれば歯切れは良いが、世の中そうは問屋が卸さない。概念としては誰もが知っていることなのに、現実の世界では議論さえされないし、準備があっても行使されないのがプランBだ。
2019年12月、武漢から広がったcovit-19。有ろうことに世界的なパンデミックに発展した。日本は2020年のダイアモンド・プリンセス号の寄港以来、入国制限などの水際対策と飲食店やサービス業を中心とする移動制限を軸にコロナ対策が始まる。他国と違い、コロナとの戦いは多少の試行錯誤は観察できたが、基本方針は変わらずプランAのまま。その間に他国の事例や研究者の見解などはどんどんアップデートされる。そして他国や他のエリアはプランA(当初の計画)を放棄し、コロナ共生などを打ち出し、プランBに切り替える報道も相次いだ。
間違いなく日本政府のシナリオにはプランBは存在しただろう。霞が関の官僚は頭脳明晰で優秀な人材を揃えている。戦略立案のセオリーとして、代替案が存在しないこと自体考えにくい。しかしここで議論すべきは、我が国の大組織では、プランBが仮に存在していたとしても、一度決めたことを何となく突き進む傾向があるという問題だ。
(議論されないプランB)
名著「失敗の本質」では、ノモハン事件、太平洋戦争、第二次世界大戦前後の日本軍の敗戦原因が研究された。歴史研究と組織論を組み合わせた取組だ。当初から大東亜戦争は客観的に見て勝てない戦争という認識が一般だった。しかし「良い勝ち方」「都合の良い負け方」があることを前提に各作戦が遂行された。結果、敗戦が続く。本書の結論では、「失敗の本質」を以下のようにまとめている。当時の日本軍は、「環境に適応して判断すること」「官僚的で属人的なネットワークを廃して学びながら意思決定をすること」「自己革新と軍事的な合理性の追求」が出来なかった、と。
作家の山元七平は「空気の研究」で、プランAからプランBに変更するタイミングにおいて、「ことの良し悪しの議論すらはばかられる」と、空気の存在を指摘した。会議中、どうも発言しにくい雰囲気があり、ずるずるとはまり込む。「空気」は各人の意識の集合体で実体がない。にもかかわらず、あたかも実体を持つかのように会議やプロジェクトを支配するという。そしてプランAは強気に暴走をはじめる。
「集団思考」という言葉がある。集団で合議する際に不合理、危険な意思決定が容認される組織的なバイアスだ。米国の心理学者、アーヴィング・ジャニスは真珠湾攻撃、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ピッグス湾事件、ウォーターゲート事件などの記録調査から誤った政策決定につながる集団思考の心理傾向をモデル化した。その内容な、団結力がある集団が、構造的な組織上の欠陥を抱え、刺激が多い状況に置かれた時に集団思考に陥りやすいという事だ。
(プランBの阻害要因)
これまでの議論を整理するとプランBが発動されない阻害要因は「思い込み」といえる。組織に縛られているという組織バイアス、気が付かないまま色々な思い込みが個人や組織の行動を抑制しているのだ。
組織バイアス
組織の大小に関係なく複数の人間が集まると縛りができる。ドイツの哲学者イマヌエル・カントは自らの意思によらず、他からの命令や強制による行動を他律的行動と呼んだ。「プランAはトップが決めたから」とボトムは思うかもしれない。「内心プランBが良いと思っても、俺が決めたしね」とトップは思うかもしれない。相互に他律的行動が重なり組織ぐるみの非合理的な土壌が耕されてしまう。
アンコンシャス・バイアス
無意識に「ものの見方や捉え方や歪や偏り」などを形成し、人は何かの判断をする。これがアンコンシャス・バイアスだ。過去の経験や知識や価値観や信念などが重なり認知や判断のメカニズムが構築される。普段の言動や行動にも表れ自分でも意識しづらく歪みや偏りがあることに気が付かない。危機的状況でも「私は大丈夫」と思い都合の悪い情報を無視して過小評価する。過去の継続が素晴らしいと思い新たな一歩を踏み出さない。今の立場に固執しても損失が増大することが分かっても引くに引けない。組織のトップは全てにおいて優れていると勘違いしてしまう。自分を正当化する情報を意図的に集め反証を完全に無視する。書き出せばきりがない程、我々は思い込みに侵されているのだ。
(解決策の方向性)
カトリックにおける列聖や列福の審議に際し敢えて候補者の欠点を指摘する役割がいる。「悪魔の代弁者」とされる。指摘された欠点を聖職者が論破するプロセスを繰りし、その信者は客観的かつ公平に選ばれるという。
この意味から派生して、ある主張の妥当性を明かすために、あえて批判や反論を主張し、その役割を組織の中に意図的に役割として活用する取組が注目されている。そしてプランBの議論と行使の吟味も悪魔の代弁者の出番になるのだ。
政治学者のジョン・スチュアート・ミルも著書の「自由論」で、健全な社会の実現に向けて「反論の自由」の重要性を述べている。「ある意見が、いかなる反論によっても論破されなかったがゆえに正しいと想定される場合と、そもそも論破を許されないためにあらかじめ正しいと想定されている場合とのあいだには、きわめて大きな隔たりがある」と。反駁、反証する自由があれば組織の行動の指針として正しいとされる条件になるのだ。
米軍は2000年代に入り、シリア空爆などの重要テーマがある場合、期間限定でレッドチームを招集する。レッドチームは悪魔の代弁者で、必ず期間限定で招集される。組織の意思決定に対して、内部のしがらみがなく、内部の情報を知るのが悪魔の代弁者の条件で、チームは外の目と内の目の両方の視点が必要だ。
レッドチームが招集されると、チームは組織トップ直属に配置される。周囲からの威厳を保ち、縦割りの弊害をなくすためだ。活動目的はトップの意思決定の情報収集で、チームは意思決定をしない。問題の指摘はするが戦略を決める権限を持たせていない。組織における悪魔の代弁者の活用、レッドチームの事例は参考になるだろう。
ミッションの追求に向けて組織を動かすトップは、今後も激しい環境変化の中、意思決定を続ける必要がある。一方で、その意思決定に対しても状況に応じて柔軟に立ち回ることが大切だ。戦略を決める際は、プランAに対して常にプランBを持ち、変化に即応して計画を変更する発想は素晴らしい。しかし多くの組織が「思い込み」によって、プランAを継続する過ちが観察されている。トップは、その事実を理解して、自分たちは大丈夫と思わずに、常に過ちがあることを前提に動くことが肝要だ。
参考:集英社インターナショナル 尾崎弘之 「プランB」の教科書を参考に筆者で加筆作成
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新規事業の旅61 ノンカスタマー
2023年7月24日
早嶋です。
売上は総購入回数と平均商品単価の積で表現できる。平均単価を上げることは大変なので、企業は総購入回数に着目して、売上拡大を狙うも結果がついて来ない。なぜだろうか?
多くの企業は総購入回数を増やすため、総顧客数とリピート回数の積に注目する。しかし、ほとんどの施策は既存顧客のリピート回数を増やす取組に注力している。ここが成果が出ないポイントだ。結論から言うと、総顧客数そのものの母数を増やすため、未顧客の開拓をはじめることが重要な方向性になりうる。
(未顧客とは)
人口減少、経済低迷、追い打ちコロナ。企業の多くは成長戦略を掲げているが明確な一歩が踏み出せない。しかし、何か考えなければ始まらないと「新規顧客の獲得」「市場の拡大」「新規事業の創造」と、これまで経験していないエリアに青い鳥の姿を見出して妄想の日々を過ごしている。
冷静に考えると、企業が対象とする全ての商品は、ターゲットカスタマーよりも大部分を「購買しないノンユーザー層」と「購買しても年に1回、2回程度のライトユーザー層」が占めている。つまり企業が普段から意識的に捉える市場は全体のごく一部であり、その集合を既存顧客と捉えている。本誌では、このようなノンユーザー層とライトユーザー層に、そもそもターゲット層にフィットしないマイノリティ顧客を合わせて「未顧客」と定義する。
(データ分析の落とし穴)
近年、データ分析業務はマーケターの役割から一般社員の作業にシフトされる程、当たり前に浸透している。しかし大部分のデータは既存顧客のデータであり、未顧客のデータは存在しない。特にデジタル化を加速している企業は、既存顧客が購買に関与するタイミングや導線でデータを収集する。そのため、購買頻度が高い優良な顧客データばかりが蓄積され、商品に興味関心が無い、あるいは薄い未顧客のデータは集まりにくい。
同様の現象は、実店舗や営業等にも当てはまる。フロントに立ち顧客と接する従業員は、既存顧客を理解していると考える。しかし来店しない、普段接することが無い未顧客のことになると当然知らない。そしてこの層に対しての重要性を認識しない。見えないものは考えることができないのだ。そのため未顧客は、存在を理解し、将来の成長の鍵になる重要なセグメントなのだが、見えない、知らない顧客は初めから対象にならないのだ。
ということで未顧客に対するアプローチはジレンマの塊だと思う。仮に、未顧客を分析しようと思ってもデータが無く、どのようにデータを集めればよいか、初めの切り口は何かが分からないのだ。
(注目に値する理由)
売上を概念化すると、一つの考え方として、次のように表記できる。
売上 = 総購入回数 ✕ 平均単価
売上を増やすためには総購入数を増やすか、平均単価を高めるかの2つの方向性が重要だ。通常、平均単価を高くしても全体の売上は伸びない。そのため、総購入回数を増やすことが重要なアプローチになる。
このアプローチは既存顧客と新規顧客のアプローチに大分される。この手の議論は過去から、「新規顧客の獲得コストは既存顧客の維持コストの5倍程度かかる可能性がある」。など、既存顧客にフォーカスする定説が存在するが、案外と立証されていない。そのため新規か既存かの議論は繰り返し企業の中でも試行錯誤が続いている。
総購入回数 = 総顧客数 ✕ リピート回数
一方、企業成長の因果関係が強い因数に、総顧客数の増加と言うことは多方面で確認される。ここからわかることは、マーケティングは依然として一部の業界を除けば数のゲームであり、企業の売上増加の鍵は総顧客数の増加になるということだ。
しかし、実際の現場の行動を観察すると総購入回数を上げるために、総顧客数にフォーカスするよりも、リピート回数を増やす取組が注目されている。既存顧客の維持獲得コストが安いという錯覚からくるものだと思う。そのため既に製品やサービスを利用している顧客に「更に購買頂く!」という方針をとってしまうのだ。
そもそもヘビーユーザの割合は全体の顧客と比較して少なく、購買促進にも限度がある。冷静に考えるとわかることだ。また既存顧客への施策は効き目が短く持続しないことも経験的に理解している。更に投資対効果を議論する動きもあるが、そもそも効率の話であり絶対量の総顧客数が増加する策では無い。
おわかりの通り、総顧客数増加の鍵は、ノンユーザーやライトユーザを含めた未顧客を増やすことだ。これによってヘビーユーザーの数も総顧客数の増加に比例して獲得できる。一般的にノンユーザーやライトユーザーは極端に多く、何回も購買するヘビーユーザーは極端に少ない。年に1、2回しか買わないライトユーザの母数そのものを増やすことが全体の成長加速を意味することにつながるのだ。従い、購買回数が0回の未顧客に1回でも購買いただける活動に注力すること、そもそもの未顧客の母数を増やすことがとても重要な戦略になるのだ。
(文脈を捉えた再解釈の活用)
ノンユーザーやライトユーザを獲得するポイントは、未顧客の文脈(特定の状況)に注目し、商品の意味を再解釈させることだ。この行動を繰り返すことで、総顧客数の母数を増やすことができる。
理解を深めるために、保育園の子供嫌いの事例を示す。保育園では風呂嫌いの子供に対して、風呂の解釈を「嫌な場所」という認識から「遊び場の一つ」と再解釈させることで風呂に対する「イヤイヤ」を「行きたい!」に変化させた。
自社商品やブランドを風呂と捉え、未顧客を風呂嫌いの子供とする。マーケターである保育士は、未顧客の商品理解を再解釈させたことで風呂に向かわせる取組に成功した。結果、子供は「遊びたい欲求」に対して、「風呂に行く行動」を取り、結果として「楽しい水遊びという報酬」を得るのだ。このような再解釈を未顧客の様々な文脈で行い、店舗やブランドの興味に向かわせ、商品の購買に結びつける等が可能になるのだ。
例えば、歯科医院にあてはめて考えよう。歯医者が嫌いな顧客は、「治療する場所」「痛い場所」と捉えるかもしれない。そのような顧客に歯科医院の概念を再解釈させ、「健康になる場所」「快適な生活をサポートする仲間」「気持ちの良い場所」と認識させたらどうだろう。これまで未顧客だった層が一定数来店する可能性を感じることだろう。
コンビニのスイーツの例を考えよう。あるコンビニ商品の企画者は新商品のスイーツの作戦を立てた。昼の弁当等を購入に来た顧客のついで買い需要に注目して展開を試みた。しかし導入後のモニタリングや現場での検証を行った結果、次のような顧客が多数存在していることがわかった。
テレワークやオフィスワークの合間に新商品のスイーツを認知するも、「甘いものは太るし、控えなければならない」と考える顧客がいてスイーツの購入を妨げていた。いわゆる購買をさまたげる「障害」があったのだ。
ノンユーザーやライトユーザを獲得するポイントは、未顧客の文脈(特定の状況)に注目し、商品の意味を再解釈させることだった。その際の鍵になる活動が顧客の障害を見つけ、再解釈して頂くことで取り除くことだ。
そこで主戦場を昼から夜にシフトしたのだ。「甘いものは太るから悪」という解釈に対して、「オフィスと家庭の往復の空虚な毎日に充実感を与えないか?」「太るものではなく、アタナにとってのご褒美だ。」というメッセージを開発した。その結果、昼は見向きもしなかった層が、「夜のご褒美」という新たなポジションを再解釈させることで、「昼の甘いものは太る」という障害を排除して未顧客の開拓に成功したのだ。
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新規事業の旅60 ドローン事業
2023年7月23日
早嶋です。
ドローンと聞いて、どのようなイメージを持つだろうか。子供のおもちゃ、空撮ツール、社会を変える大きなインパクト。皆、様々だが今回はドローンが与えるインパクトを考えてみる。ドローンが日常的に飛び回り、我々の生活をアップデートする。自動車の自動運転よりも早い時期にドローンが市中に溢れる可能性が高いのだ。
(ドローンがより身近になる社会 )
1900年のニューヨーク。通りにはギッシリと馬車が走る。そして自動車はT型フォードの1台だけ。それが1913年には逆転し、殆どがT型フォードに変わった。今、自動運転の車が話題にのぼるが、ドローンが市中に溢れる状況が先になる可能性があるのだ。
ドローンが人に変わって犬の散歩をする。子供の忘れ物をドローンが届ける。人の代わりにドローンが日傘をさす。日常の宅配はドローンと従来の仕組みが融合する。そして空飛ぶクルマも空の公道を走る(飛ぶ)ことも現実味を帯びて来ている。
(社会実装に必要な条件と動き)
2023年1月現在、そうは言ってもドローンが社会に実装されるためには、安全性、環境性、経済性を担保する必要がある。しかし着実に問題解決が進む。安全は高度に自立制御され、リモートコントロールが高いレベルで実現しつつある。環境性は電気自動車同様に電動化が進み、バッテリー、機体構造そのもの、充電ステーションなどの仕組みが揃いつつある。3つ目の経済性も大量生産、品質管理、整備点検、それらに関わる訓練プログラムが進み、多くのベンチャー企業がその実現と事業化に向けて日々努力している。
ドローン社会が目指す姿は、様々なフィールド業務の自動化だ。現在、人を中心とした業務だが、災害、ウィルス、人口減少等で現場の負担が肥大化している。そこで近い将来は人間とAIとロボットが役割分担していることは想像に難くない。持続可能な社会を実現するために、ドローンを含めたテクノロジーの活用は無視できない
ドローンは今、陸、海、空の自立型ロボティクスの支援を最大化しながら産業活動を地上から空中、海洋へと拡張している。結果的に、旅客輸送、貨物輸送、緊急輸送の領域においてドローンが実装される現実が近づいているのだ。日本は地下鉄やJRが普及しているため近距離輸送の課題はピンと来ないと思うが、インドネシアや諸外国では10キロの距離が30分のときもあれば、3時間以上かかる場合もあり経済損失の原因になっている。アフリカなどではそもそも道路インフラが未整備のため、緊急時の空の活用は必須だ。そのため国内外では近距離輸送を目的にする航空と水上の移動にドローンを活用する社会実装が加速しているのだ。
(ドローンの役割)
実はドローンは、モビリティ(輸送と移動支援)の役割に加えて、リモートセンサ(情報収集・分析)、フィールドロボット(作業支援)の役割も担う。
従来のインフラ関連の点検で高所や危険個所などは人が足場を組まなくてもドローンで点検が行える。リスクとコストと時間が一気に解消され、従来1週間程度かかっていた点検もドローンの活用だと半日から1日で終わるのだ。
作業支援の事例だ。農薬の散布は農家にとって重労働だった。水耕栽培では、真夏の暑い時期に農薬散布が必要で体力も消耗された。ドローンで単に代替するだけではなく、画像センサや赤外線センサなどを搭載して、傷んだ箇所や本来散布しなければならない箇所をピンポイントで散布する、夜間で人が見えない時間でも稼働することが可能になるので圧倒的な作業効率が成し遂げられた。
少子高齢化、インフラ老朽化、気候変動に伴う自然災害の増加、新型感染症等々。2022年は全てを体感した年だったが、日本は世界を代表する課題先進国と同時にこれらの解決がビジネスチャンスとなっているのだ。
(市場と法規制)
従来の日本は、新しい技術を導入する際に、ヒトの思考と法規制がネックだった。しかしドローン界隈においては世界でも突出するスピードと柔軟な方法で整備が進んでいる。
2015年度、航空法に無人航空機が定義された。2019年の成長戦略閣議決定では2022年のレベル4解禁が約束され、実際に2022年12月にレベル4が解禁された。ドローンのレベル4とは有人地帯での目視外飛行ができ、都市部においても自動制御等でドローンを飛ばすことが可能になったのだ。
それまでは目視外飛行は原則禁止で、人口密集地は特に厳しかった。特別な許可が例外的に認められる場合もあったが、1日限定とかで実際に使用できない状況だった。
現在、古い規則や法律に対しての考え方や制度改定も大幅に進んでいる。従来は、担当省庁によってルールが異なり進まなかった。しかし、同じ趣旨、目的の規制を一くくりにして、類型ごとに規制の見直しが進み横断的な取組になっているのだ。国内を取り巻く様々な課題解決に向けてデジタル社会に適した規制・制度変更が進んでいるのだ。例えば、従来の法律に抵触する場合、新たな技術をベースに解決できるのであれば新しい解釈を優先する。硬直的なイメージだった政府が実は柔軟に積極的にロボット化、自動化、それらの市場化にチャレンジしている。
(課題と展望)
ドローンが社会実装されるまで大きく4つの課題がある。要素技術の革新、事業化と収益化、法・規制の整備、社会受容だ。
要素技術の革新として、積載重量を増やすこと、動力源の対応、安全性の確保がある。荷物用のドローンでは既に30kgの積載は実現できているが、重量が増えると稼働時間が短くなる。現在は40分程度の時間だが、2時間程度の動力を確保する研究が進んでいる。
産業用ドローン技術は実証実験段階だが、社会に実装されるには事業化できる工夫が必要だ。収益が出て、保証や保険の整備など、もしもの対応に応じる仕組みの構築と検討も大切だ。ドローンによる配送も複数の企業が複数の自治体でテストを繰り返している。2021年7月に起きた熱海での土砂災害では、ドローンを目視外飛行で飛ばし、いち早く現場の情報収集が実現できている。
法規制の整備は先ほどもコメントした通り、困難な中でも民法と航空法の整合を取るなど進んでいる。NEDOを中心に複数ドローン運航を社会実装するべく、運行管理システムの開発が進められている。また2020年度から全国各地で実証実験が実施され、そこから抽出された制度面、技術面の課題が議論されている。社会実装されると、最低でも100万台以上のドローンが飛ぶことになり、沢山の企業や利害関係者が出てくるので簡単に解決できる問題ではないが着実に解決し実装できる方法を具体的に目指している。
現在、ドローンが飛んでいるのを見ると物珍しくて人の注目を浴びるだろう。しかし、これが当たり前になり、我々の生活に溶け込むまで時間の問題かもしれない。一方で何事も新たなテクノロジーは人に受け入れられるまでに時間がかかるものだ。
従来、ドローン製造技術は中国メーカーが主体だった。しかしドローンがセンサとしてインフラの点検や改善に使われることを考えた場合、データや重要な情報が漏えいする可能性が考えられる。そのため国策に近い形で特定の企業やベンチャー企業などとドローン機体自体の開発も進んでいる。一方で、自動車の自動運転は陸上を走るため、既存のインフラとの整合性を合わせるのに想像以上に課題が多い。地上から上空300mの空間はこれまで誰も活用していないエリアだった。そのため、最新テクノロジーが比較的すんなり入り込む可能性もたまたまあったのだ。
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新規事業の旅59 Z世代へのアプローチ
2023年7月22日
早嶋です。
Z世代に対しての良いアプローチ方法はあるか? 時代背景とデジタルとアナログの特徴を理解すると、育成手法やコミュニケーションのとり方が理解できる。基本は、にこれまでの世代と大きく異ることを理解することだ。
(メリットとデメリット)
デジタルは、情報を記号で表し、電子的に処理でき、コピペ(コピー&ペースト)可能で、伝送も瞬時に行える。現在、デジタル抜きに企業活動を行うことは難しい。Z世代は、デジタル前提で育ち、むしろアナログを知らない。理解を深めるためにデジタルのメリットとデメリットを列挙してみる。
メリットは、効率、共有、柔軟、便利などだ。デジタルにより、人手や時間のコストが削減でき効率を得た。紙ベースの書類管理が電子管理に移行したことで、書類の保管、管理、検索が劇的に効率化された。クラウドやオンライン共有ツールを活用することで、場所や時間に関係なくデータ共有ができる。結果、オフィスやチーム間のコミュニケーションが変化した。データは複製・編集・変更が可能で、行動の検証をアルゴリズムで行うことができるため、改善やブラッシュアップのスピードが爆速化した。ネットショップやデジタル決済は、従来の顧客体験では考えられない変化をもたらした。
当然デメリットもある。安全、情報過多、人間関係の変化だ。デジタル情報はハッカーなどのサイバー攻撃の対象になり、セキュリティ対策は必須だ。更に、情報が大量に瞬時に入手できるためその選択や信憑性の評価が難しくなった。そしてデジタルを活用したコミュニケーションは、リアルの人間との対人能力を劣化させる傾向が強くなった。一方で、テクノロジーに馴染めない人はその登場によりハンディキャプを感じ、これらも人間関係の劣化を加速させている。
(デメリットの事例)
デジタルの活用で対人能力が低下する現象は、経営者にとって深刻だ。イメージを共有するためいくつか事例を示してみる。
国内では、昨今のテレワークの増加でオフィスでの直接的、人間的な関係構築の機会が減少した。コロナ期間に組織に参画したメンバは、その被害をもろに受けている。直接対面することなく仕事をする必要が増し、効率が下がり職場の人間関係が劣化したと報告するレポートが増大している。
中国では、オンライン教育が急速に普及。教師と生徒の対面によるコミュニケーションが減少し、生徒の対人能力や社交性が著しく低下していると言う。
韓国では、スマフォの利用が急速普及した結果、若者たちのスマフォン依存症が問題視されている。24時間365日、スマフォを手放すことができず、睡眠不足やストレスなどの健康問題まで被害が及ぶ。
依存症は米国の若者でも観察されている。スマフォを手放すことができず、社交不安障害や注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの精神的な問題を引き起こす要因にもなっているという。
(Z世代の育成環境)
1997年から2012年頃までの間に生まれた人々はZ世代と称される。現在、10代後半から20代前半の若者たちだ。Z世代は、物心がついた時からデジタルが当たり前の世界で育った。SNやネット検索は生活の一部であり、思春期にはスマフォやタブレット端末が生活のデフォルトとなった。情報はネットから集め、ネット上では自分の考えを表現し、多様な価値観を尊重する傾向を持つ。
一方で、社会での経験は浅く、リアルな問題解決能力や対面でのコミュニケーション能力は当然低い。Z世代自信も問題意識を持つが改善の仕方が分からないでいる。ネット情報に依存し、情報選別の力も欠けており、発言もコピペがベースで自分の頭を使うことが苦手になったのだ。
ただしZ世代はアナログ社会からデジタル社会へのトランスフォーメーションする際は活躍が期待される。企業や教育現場では、彼らが持つデジタル技術を活用し働き方や学び方を変革することが大切だ。社会全体の多様性を尊重し、Z世代の能力を最大限引き出すことができれば、今後の事業環境にも耐えうる組織を作れるのではないかと期待されている。
(Z世代を鑑みた教育)
Z世代に企業が教育する際、フリップラーニング、プロジェクトベースドラーニング、アクティブラーニングがポイントになる。
フリップラーニングは、社員が自宅や職場で事前学習を行い、研修ではより実践的な学びを与える手法だ。デジタル教材や動画を用いたオンライン学習を事前に済ませ、研修はグループワークやディスカッションを中心に設計し対話的な学びを促すことでアナログでしか得られないエッセンスを取り入れる。
プロジェクトベースドラーニングは、現実の問題解決に取り組む。従来のOJTに近いが、問題の設定から課題の特定、実際の解決策の立案や実行までを一気に体験させるの。その際、問題解決の進め方はベテランが示し、解決する中でのデジタルツールの活用はZ世代を中心にフォローしてもらうのだ。ベテランのアナログとZ世代のデジタルを融合することで双方の理解が深まりデジタルとアナログの良い部分を互いに吸収することになる。
アクティブラーニングは、Z世代が自発的に課題や問題に取り組み、主体的に学びを進める方法だ。デジタル化が遅れている企業は初めの一歩が踏み出せない。アナログにどっぷり浸かった中間管理職や部長層のデジタルアレルギーがはびこっているからだ。そこで入社歴の浅いZ世代を中心にチームを組み、プロジェクトリーダーは社長が務める。些細なことでも良いので、全社を改善するテーマを半年程度で繰り返しZ世代を交えて提言してもらい、その実行を実際に行う経験を積ませるのだ。デジタル化の支援の過程でZ世代の力を借り、徐々に自発的に考えるように仕向けていくのだ。
上記により、Z世代が弱いとされるアナログのスキルや世代間を超えたリアルなコミュニケーション体験、そして協調性や問題解決能力の習得ができる。加えて、リアルの世界しか知らない上の世代も、Z世代の生態系を体験し理解すると同時に、一緒に仕事ができるという間隔も芽生えさせることができるのだ。
(企業の変革)
中堅から大企業の人事はZ世代の離職率の高さに悩みを持っているに違いない。しかしZ世代が離職する理由はある程度特定されている。ワークライフバランスの悪さや、職場環境のストレスや人間関係の悪さ、仕事内容のマッチング不良や自己成長の機会の欠如などだ。
従来は、組織に入って5年、10年の期間をかけてジワジワアップデートするのが常だった。しかし、Z世代はコピペして、瞬時に共有する世界が当たり前だった。昭和の忍耐など微塵もない。しかし、それを受け入れることでアナログ企業はデジタル企業にシフトし始める。
ワークライフバランスの改善は、企業のみならず国家単位での課題だ。柔軟な働き方と従業員のライフの充実は今後外せない。職場のストレスや人間関係の悪さは、上記で提言した3つのラーニングを取り入れることで改善されるだろう。そして、その取組の中で、Z世代との関係構築を深め、双方のゴールを共有することで仕事のマッチングも実現させる。そしてキャリアを考える機会やZ世代が検索しても知り得ない、企業自体の魅力をどんどん共有していくのだ。
Z世代の離職率が低い企業は、今後10年を生き抜く企業として、そこそこアップデートした体制が整ったとも考えられる。経営者として、今の世代で会社を精算するか、今の体制を独自のポジションと主張して生き残るか、或いはZ世代の考えを組織にインストールしてガラガラポンするか。当然、ここは選択の問題であり正しいか間違いであるかは無い。経営者であるあなたが自由に判断すべきなのだ。
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新規事業の旅58 サスティナブル経営
2023年7月21日
早嶋です。
サステイナビリティ経営とは何だろうか? それは、長期的な視野を持って経済成果、社会と環境への貢献を目指す経営手法だ。大企業が行う取り組みと認識されるが、小規模チームがこの取り組みを活用することのメリットも大きい。
(サステイナビリティ経営とは)
企業が長期的な視野を持ち、経済的な利益に加えて、社会や環境の持続可能性を考慮し事業活動を行う。結果、持続可能な社会の実現に貢献することを目指す経営手法だ。
ポイントは、従来よりも、より長期的な視野を持ち、環境、社会、経済の3つの側面をバランス良く考慮する点だ。環境負荷の低減や社会貢献活動、持続可能な製品やサービスの開発を経営に取り入れ、社会と環境に貢献するのだ。
サステイナビリティ経営の取組は、社会的責任を果たすことよりも、将来的なビジネスチャンスや競争優位性を生み出す重要な経営戦略と解釈され、企業が実践することでブランド価値の向上など、多様なメリットを得ることができる。
(SDGsやESGとの違いは)
サステイナビリティ経営、SDGs、ESGは、いずれも企業が社会や環境に貢献することを目的とするが、それぞれ異なる側面をカバーする。
サステイナビリティ経営は、前述の通り長期的な視野を持って経済成果、社会と環境への貢献を目指す経営手法だ。
一方、SDGsは、国連が定めた持続可能な開発目標であり、貧困の撲滅、地球温暖化の防止、平和と正義の実現など、17の目標が設定されている。企業は、自社の事業活動を通じてSDGsの達成に貢献することが求められている。
ESGは、企業の環境、社会、ガバナンスの側面を評価する指標であり、企業が社会的責任を果たすことやリスク管理を行うための指標として用いられる。投資家は、企業のESG評価を参考に、企業価値を判断することがあるのだ。
整理すると、サステイナビリティ経営は企業が取り組むべき経営手法で、SDGsは国際的な持続可能な開発目標で、ESGは企業の環境、社会、ガバナンスの側面を評価する指標なのだ。企業規模が大きくなるほど、これらの指標を総合的に考慮し事業活動を進めることが求められているのだ。
(サステイナビリティ経営における、環境、社会、経済のポイント)
サステイナビリティ経営の実践では環境、社会、経済の3つの視点を総合的に考慮する。
企業は環境に対する影響を最小限に抑えることが求められる。CO2排出量や廃棄物の発生量などの削減、再生可能エネルギーの活用、バイオマス資源の利用、環境保護活動の推進などだ。
企業は社会的責任を果たすことが求められる。人権や労働基準の尊重、地域社会への貢献、消費者保護、サプライチェーンの透明性の確保などだ。
企業は持続可能な経済成長を追求することが求められる。社会的価値を創出し、イノベーションを促進し、顧客満足度の向上、リスク管理やコンプライアンスの確保などだ。
これら3つを総合的に考慮し、より長期の視野を持ち持続可能な事業活動を行うのだ。昨今このようなワードを上手く活用し「やっている感」を演出する企業も少なくない。しかし自社の取組を整理し、こまめに発信することで、競争力を高め、結果的に顧客や利害関係者からの信頼や支持を得ることにもつながる。
重要なことは表面的に言語化して発信することではなく、企業として実践することだ。サステイナビリティ経営の本質は、企業の社会的責任を果たすための実践そのものなのだ。
(サステイナビリティ経営と企業価値の関係)
ボストン・コンサルティング・グループの調査によると、企業間の諸条件を揃えた場合、サステイナビリティ経営を実践する企業は、実践しない企業よりも利益率が高くなる報告を随所で出している。
EY Japanの各種レポートを見ると同様の取組を行う企業の資本コストは他の企業よりも低く、市場からの評価が高まっていることが分かる。これらの議論は世界経済フォーラムなどでも度々議題にあがっていることから一定の評価はあるのだろう。
また、S&P Dow Jones Indicesなどのレポートでも、ESG指標を採用する投資ファンドは、採用しないファンドよりも高いリターンを示す傾向を示している。サステイナビリティ経営の取組は、企業価値の向上と投資家からの支持を得るために重要な要素であることが分かる
(小規模チームの取組の仕方)
サステイナビリティ経営の取組は、何も大企業に限った話ではない。小さな規模でも取り組むことで企業価値の向上に加えて、従業員のエンゲージメントの高まり、利害関係者への訴求と認知が高まるなどメリットが多数ある。取り組み方も大きく構えることなく次のようなステップで実現できる。
1)組織の目的やビジョンの確認
長期的な視点で、環境・社会・経済の3つの視点から取り組むため、組織の目的や現在のビジョンと照らし合わせて取組みを確認する。
2)利害関係者の整理
利害関係者は、従業員、顧客、取引業者、地域社会、金融機関などだ。各利害関係者にとって重要な課題や要望があれば共有しながら取組を進める。
3)現状分析
多くの企業は何らかの取組を既に実施しているはずだ。例えば、組織の社会貢献や環境貢献活動、省エネ活動などだ。このような活動をサステイナビリティ経営の取組として一度整理してみるのだ。
4)目標設定
上記の取組を繰り返し該当チームで取り組む目標を設定する。具体性、測定できる指標、実現できる内容、時間軸などを可視化し、適宜利害関係者と共有する。
5)行動計画への落とし込み
上記をベースに行動計画を策定する。小さな組織でも行っている行動が世の中に役立つことが分かれば皆の気持ちが高まっていく。そして定期的にその実行の確認とブラッシュアップを継続する。
6)コミュニケーションの実施
取組状況などを適宜、利害関係者に発信する。簡単なレポートを作り提供する。WebサイトやSNSで定期的に発信する。イベントや講演会の時に状況を伝える。日常的な顧客とのやり取りの中に挟んで話をする。など、取り組める内容を2、3組み合わせて実施するのだ。
(小規模チームが取り組む際の意識と留意点)
良いことばかり書いてみたが、最後にデメリットや留意点を整理してみる。
まずは、費用増加だ。環境や社会に配慮した取り組みを行う必要が一方、長期的には設備の改修や、認証取得など費用がかかることがある。また取り組む際の人員確保や従業員の教育にも費用がかかる。
サステイナビリティ経営を実践することで得られるメリットはあるが、それを社会にアピールすることを従来から行っていない組織は少し難しい部分もある。広報やマーケティングの活動もセットで捉えたほうが良いからだ。
仮に、業界全体でサステイナビリティ経営に取り組んでいない場合、小規模チームが取り組んでも、大きなインパクトを出すことは難しい。そのため業界内の他の企業とタッグを組む等、協力して進める必要もあるのだ。
サステイナビリティ経営は、より長期的な視野で経済、社会、環境に配慮した取り組みを行うことだ。持続可能な社会の実現に貢献することは、長い目で見れば自社の価値を上げ、地域社会と一緒になって永続することを目指すのが小規模チームの理想だと思う。
大上段に構えることなく、従来の取組を整理する形式で、経営者の考えを示し、従業員や地域社会のこと等をチームで考えるツールとして捉えることで、小規模チームでも活用ができる取組だと考える。
参考:「トータル・ソサイエタル・インパクト」 株式価値向上から社会的価値向上へ ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)
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新規事業の旅57 セキュリティの今後
2023年7月20日
早嶋です。
コンピューターのセキュリティ対策についての変化や今後の方向性はどうなるだろうか?
マイクロソフトがWindows 3.1の後継として、1995年に発売したオペレーティングシステム、ウィンドウズ95。この発売の前後でインターネット活用が仕事から家庭にまで一気に普及するきっかけとなった。そして2007年頃にはアップルからスマートデバイスが発売され、パソコンからスマフォを持つ個人が増え、一人1台を保有し日々の生活インフラとなり生活に溶け込んでいる。一方、あらゆるデバイスがネットワークに接続され、セキュリティ問題が浮上する。今回は、そのセキュリティ対策の進化と歴史に注目する。
(1990年代)
1990年代よりネットワーク利用が拡大される。ネットワークとはコンピューター同士を結ぶ概念で、構内ネットワークを結ぶLAN(Local Area Network)から、拠点間を離れたコンピューター同士を結ぶWAN(Wide Area Network)へと発展した。その際に利用される通信規約がTCP/IPだ。これは世界中のコンピューターネットワークで標準的に利用される通信ルールだ。TCP/IPはWWW(World Wide Web)の発明と共にコンピュータとそのネットワークに革命をもたらした。
異なるデバイスやOSが通信する際にルールが必要だ。そこで通信規約としてTCP/IPが規定された。我々がインターネットでWebページを閲覧する時は、TCP(Transmission Control Protocol)とIP(Internet Protocol)を利用する。TCPは送ったデータが相手に届いたか、その都度確認しながら通信するルールで正確な信号を送信する通信規格だ。IPはIPアドレスと呼ばれる数値を付与し、その数字を用いて通信先の指定や呼び出し、通信を行う。
一方、TCP/IPによって構内(例えば家庭内や企業内)の内側と外側が自由に接続されるようになる。家庭や企業内には各々機密情報を保持しているが、インターネットを不正に活用すれば機密情報を盗み出すことも可能になるのだ。また、人為的なミスで機密情報を漏洩する恐れもある。このような背景からセキュリティ対策は不可欠なのだ。
そこで企業は構内の内側と外側にセキュリティの防御用に壁を設置し、悪意を持つ不審者のネットワーク侵入を阻止する。この仕組はファイアウォールと呼ばれる。ファイアウォールは、送信される通信データのかたまり(パケット)情報から接続を許可するかどうかを判断する。仮に不正アクセスの場合は、管理者に通報される。ファイアウォールには様々な付加機能がありセキュリティ対策に柔軟に対応できるようになっている。
(2000年代)
この頃より、企業は不審者の侵入防止に加えて、ウィルス対策が必要となった。当初、ウィルスはフロッピーディスクなどを介してコンピュータに忍び込み子供のいたずらをする程度の存在だった。しかしネットワークの普及と共に企業での電子メールの活用がウィルスの拡散に勢いをつけた。
記憶に残るウィルスに「I love you」がある、2000年の出来事だ。メールのタイトルが「I love you」でファイル添付がある。添付ファイルを開くとウィルスが解凍されコンピュータが感染する。このウィルスは厄介で、コンピュータに保存されたデータを破壊し、更に登録しているメールアドレスにも同様のウィルスを仕込むのだ。そのためあっという間に世界に拡散されたのだ。このようなウィルスが2000年代初頭はかなり増殖した。「コードレッド」や「ニムダ」などもその類だ。ウィルスは徐々に高度な技術が仕込まれ、最終的には身代金と同様にウィルス感染した企業や組織に、コンピューター制御を正常に戻す見返りとして金銭を要求するウィルスなども登場してきたのだ。
(情報漏えい)
2000代初頭は大規模な情報漏えいも世間を賑わせた。都内で美容サロンを運営する企業から数万人規模の個人情報が漏洩し、世間を騒がせた。この事件は、裁判で一人当たり数万円の損害賠償を言い渡され、企業に取っては情報漏えいが重大な経営リスクとして認識されはじめた。
情報漏えいによる損害賠償を企業に課した背景は、その発生要因にある。これまでの流れを考えると、外部からの不正アクセスが要因だと思うが、実際は内部要因が主たる原因だったのだ。コンピューターを外に持ち出した際に紛失してデータを漏洩させた。内部のオペレーターが誤作動を起こしてしまい情報を外部に拡散してしまった。このような要因が8割以上を占め、外部からの意図的な攻撃や内部社員の悪意ある不正持ち出しなどが残りを占める。つまり情報漏えいは人為的なミスや内部不正などが理由で、外からの脅威ではなく内部での管理に関わる問題と認識されたのだ。
情報漏えいの問題は、通信販売会社、電力会社、金融機関、小売業など、様々な業界や企業から発生した。このように多くの情報漏えい事件を背景に2003年に個人情報保護法が成立。2005年から全面的に施行された。個人情報を取り扱う一定規模の企業に取って、情報を確実に管理して安全に運用することが重要課題として認識されたのだ。
(拡大する脅威)
セキュリテイ対策はイタチごっこで、大量に迷惑メールを送り付けるスパムメールの増殖、ファイアウォールをくぐり抜け不正データを送りつける手口など、敵の技術も都度高度になってきた。そこでIDS/IPSなどが新たに実装された。IDS(Intrusion Detection System)とは、ネットワークやサーバ通信を監視する仕組みで、外部からの不正アクセスを検知し、管理者に通知する。IPS(Intrusion Prevention System)は、不正アクセス検知と通知を行いながら、該当通信を遮断するなど侵入を防ぐ機能を持つ。ネットワークの利便性が上がる一方で、このように幾重にも及ぶ防御が必要になってきたのだ。
最終的には、これらの機能をUTM(Unified Threat Management)に集約することになった。UTMはファイアウォール機能、IDS/IPS機能、アンチウィルス機能、アンチスパム機能、Webフィルタリング機能、アプリケーションコントロール機能などを備えで、これらの機能を駆使した多層的な防御を1つの装置で行うのだ。
セキュリティ対策は全ての企業が行っているわけではない。リテラシーが低い企業は、日々リスクにさらされている現実を知らない。そこで2010年頃には、標的型攻撃が増加していく。敵もランダムに攻撃を仕掛けても、防御する企業には影響を与えることができない。そこで不正組織は事前にセキュリティが弱い企業や団体を調べた上で、脆弱な組織に攻撃するのだ。標的にされた組織にはウィルスやマルウェアが仕込まれた添付ファイルやURLを送り、不正プログラムをインストールさせるのだ。2015年に起きた公的年金を扱う特殊法人を狙った不正アクセスは大変なニュースとなったので読者も記憶に留めていることだろう。
2019年12月、武漢から発症したコロナ。その後の企業は、これまで重い腰をあげて一気にデジタル化にシフトした。結果的にテレワークやクラウド型のサービスを標準としたニューノーマルな仕事のスタイルが定着し、新たな脅威にさらされるようになった。従来の構内からのアクセスと異なり、初めから外部環境からのアクセスが当たり前になる。セキュリティが効かいないエリアでの業務が発生し、そこにセキュリティの落とし穴がますます増えている。
これらの対策は、社員の情報リテラシーの向上やルールを整備した運営に加えて、クラウドや外部ネットワークでの仕事を前提としたネットワーク環境の再構築(シンクライアントやVPN等)が課題になる。そして万が一被害が出ても、早期に検知が出来て被害を最小化できるようにUTMを活用するなど、ログの取得や継続的なネットワークの監視は企業に取って新たに発生する必須業務となるのだ。
参照
情報セキュリティ10大脅威 2021:IPA 独立行政法人 情報処理推進機構より
https://www.ipa.go.jp/security/vuln/10threats2021.html
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新規事業の旅56 情報の民主化と経済格差
2023年7月19日
早嶋です。
情報の民主化が進んでいる。インターネットのおかげだと言われるが、結果的に将来は情報格差の縮小によって、経済格差は無くなるだろうか?
私は無くならないと思う。情報の民主化は、文字の発明、言語の発明がルーツだとしたら、インターネットの有無に関係なく昔からあった。それにも関わらず当時から経済格差が生じている理由は、当人の好奇心にこそ格差があるからだ。
インターネットやスマフォの普及により、情報の民主化が進んでいる。これまで一部の役割や職種しかアクセスできなかった情報も簡単にアクセスできるようになった。SNSの普及により誰でも自由に情報を発信することが可能になり、特定の情報を価値の源泉として優位な状況を得ることが従来よりも難しくなる。結果的に情報格差の縮小につながったのだ。
ただし情報格差の縮小の恩恵を得ている人は前提として、意思がある。自分で情報を集める目的があり、情報収集し、その情報の真偽を確かめる。情報をベースに意思決定し、行動する。意思がない人は、情報の民主化のメリットはあまり受けていないとも考えられる。
理由は簡単で、まだ誰も自分の都合とタイミングで、自分が必要と思う情報を提供してくれないからだ。仮に、そのような状況を作れている人は、自分の意思で初動を起こし、必要な情報が集まる仕組みを日々研究している。情報の価値はタイミングと受け取る当人の判断による。どんなに優れた情報でも、相手が興味を示さない、相手が自分にとって必要だと思わないかぎり、単なる雑音になるからだ。
この議論はマーケティングにおける価値の考え方に似ている。ある商品の価値を決めるのは提供する企業ではない。対価を払う顧客だ。企業が優れた商品を作り顧客に提供しても、その顧客が価値を感じなければ商売は成り立たない。顧客が何かを必要としている、何かを達成したいが出来ないと感じている、或はもっと楽に何かをこなしたいと思っている。著書である実践ジョブ理論では、そのような概念を「ジョブ」と捉え、顧客が商品を購買する理由は一定のジョブを解決するためだと説明した。つまり、商品とは顧客の問題を解決する何かと定義できるのだ。顧客が問題を抱えているのであれば、その問題を解決する、或は手助けすることが商品であり、タイミングよく供給できなければ商売は成り立たない。
戦後、焼野原から始まった日本の経済は全てが不足状態だった。企業は分析することなく様々な不足の部分を商品化して顧客に提供した。当時は、企業が提供する商品は間違いなく、顧客の不足を補う役割を果たしていたのだ。経済が復興すると欧米の情報が国内に入ってきて憧れを持つ日本人が増大した。人口爆発も相成り、日本企業の多くは欧米を模倣する商品を提供し商売を拡大させる。一通り経済が発展し日本人の多くが諸外国のトップクラスと同様の生活水準になった頃、商売にとって肝心な不が無くなってしまう。
そこで開発された手法が「あったらいいな」の提供だ。今、不を持たないプラスマイナスゼロの状態の顧客に対して、より良い世界を提案することができれば、現状とその世界に対してギャップ(問題)が生じる。「あったらいいな」の提供は欲求を創造喚起し問題を発生させてしまう手法なのだ。しかし、この取り組みは莫大な認知コストが必要になる。基本的に現状に満足する顧客は、自分から積極的に何かを求めることが無いので、企業側から顧客にアプローチする必要がある。当然、コミュニケーションを行うにはコストがかかるのだ。
ここで話を情報の民主化に戻そう。実は情報の民主化はインターネットによって始まった分けではない。既に昔から始まっていたのだ。それは文字の発明であり、印刷の発明だ。インターネットの普及は1960年代からだが、一般的な大規模な普及は1990年代後半だ。
一方で書籍の普及は奈良時代(710年から794年)以降で、当時中国から文化の伝来により漢字文化が根付き、書物や経典が広がった。当時の書物は貴重品であり、書物の複製や普及は平安時代(794年から1185年)からはじまった。平安時代の後期は貴族や僧侶たちによる書写文化が盛んに行われ多くの書物が作られた。
近代的な書籍の普及は江戸時代(1603年から1869年)の出版文化の発展による。江戸時代は木版印刷技術や活版印刷技術が進歩し、書籍の大量生産が可能になった。庶民が娯楽を含め情報を自由に見られるようになったのはこの頃からだ。ただ当時の1年に得られる平均的な文字情報は、新聞紙面1ページから2ページ分程度と言われたぐらい、物量が圧倒的に少なかった。
現在は、膨大な文字情報がアナログ以外にWeb情報などデジタル情報でも氾濫するようになった。国内では年間に十数万から数十万程度の書籍や専門書、雑誌等が出版されている。新聞やネット記事など、情報に溢れているのだ。それにも関わらず、情報格差は続いている。
その理由は何だろうか。私はひとつの仮説を強く持つ。好奇心の格差だ。好奇心は一般的に年齢が若い時に高く、徐々に減少していき、再度高齢者になると高くなる傾向が知られている。従って、一般的には若い人の好奇心は高いと思われている。しかし、日本人の若者に限って言えば、はじめから好奇心が高い人の母数が少ないのだ。
教育社会学者の舞田敏彦教授がOECD国際成人力調査の生データを独自分析された結果がある。各国の20歳から65歳の大人に、「新しいことを学ぶのは好きですか?」という共通の質問を行い分析する調査だ。例えば日本とスウェーデンを比較した時、若年層の知的好奇心は高く、年齢と反比例して好奇心が減少する様子が分析された。しかし、衝撃的な事実が見えた。それは日本人の20歳の好奇心のレベルがスウェーデンの65歳と同じということだ。肌感覚若者や特にZ世代のやる気の無さを感じている読者も多いと思うが、好奇心の格差が影響していると考えることもできるのだ。
星新一の短編小説、「盗賊会社」の中の一編、「あるエリートたち」に新しいゲームを開発するために選抜されたエリート社員の話がある。エリートを気候の良い重役用の保養施設に閉じ込め、仕事をさせずに暇な時間を与えたのだ。あまりにも暇を持て余すエリートたちは何やら遊びを考え始め、気が付くと時間を忘れてゲーム作りに没頭する。会社の狙いはまさにゲーム開発をエリートにさせることだったのだ。
人から言われて育ってきた人間は、自分で問いを立てない。言われたことを、指示された範囲内で取組むのだ。余計な情報になんてアクセスしない。一方、問いを立てる人間は、問いの答えを媒体関係なく探し自分で考え続ける。1つの問いが明らかになれば、再び複数の別の或は深堀された問いが生まれ、止むことなく考え続けるのだ。アクセスする情報量も年齢に比例して膨大になる。
子供の頃、暗くなっても近所の山で遊んでいた。ある時は、大きな穴をひたすら掘り続け、どれだけの深さを掘れるかを楽しんだ。穴を掘り続けていた期間は、建設現場を観察して、どうやったら楽に効率的に穴を掘れるか観察する。そしてそこで考えたアイデアを試してみるのだ。
意味もなく遊び、没頭する中で、自然の原理を理解して、それらを調べ、先人が様々な方法で体系化している概念があることを知る。そして、それらを活用して役に立つことも、全く役に立たないことも知る。そうやって、興味を持って、実際に行動をしながら知識を知恵に変換する。昔は遊ぶものが無かったので、必死になって考えたのかもしれない。
若者やZ世代がかわいそうなのは、満たされていると勘違いしていることにあるかも知れない。全ては2次情報で得ることはできない。行動すると世界が広がり。視点が変わる。格差社会と他人のせいにせず、自分で問いを立て楽しみながら答えを探す。それが出来ればどの世界でも重宝される人材になれると思う。
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新規事業の旅55 PBR1割れを考える
2023年7月14日
早嶋です。
PBR1倍割とはどのような意味なのか。日本企業で上場している企業は、今後、どのようなことを行えば良いのだろうか。そして市場の株高は今後も継続するのだろうか。
上場企業がPBR1倍割れの状態は、端的に言えば、「今すぐ会社を畳んで、手持ちの資産を全部売却して、お金に換えたほうが良い」と判断される状況だ。しかし上場する企業約3,300社の内、実に約1,800社がPBR1倍を割っているのが今の日本だ。東京証券取引所がPBRの低迷する上場企業に対して改善策を開示実行するようにする要請は、経営者に対して当たり前の行動を促すことになる。それは王道である利益率の改善とキャッシュを生み出す事業に投資しキャッシュを生み出すことなのだ。
国内株式市場がバブル崩壊後33年ぶりに高値をつけている。背景の1つにPBR(株価純資産倍率)の指標改善を目指す企業や東京証券取引所の試みに関する記事が多い。ざっくり言うと、従来の日本企業は、財務の安全性に注力しており、利益を出す体質を作り出せずにいた。
(PBR)
PBRは、株価純資産倍率(Price Book-value Ratio)で、企業が保有する資産の価値と現在の株価を比較した指標だ。PBRが高いと資産を有効活用していることがわかる。これは買い手から考えると割高で、逆にPBRが低いと資産の活用をしていないと判断でき、買い手からみると割安に見えるのだ。
多くの投資家は様々な株価指標を分析し、株式の売買を繰り返し、利ザヤを稼ぐ。もちろん長期的にその企業を信頼してリターンを得る発想もあるが、PBRが1を割る時点で長期的な可能性は薄いと判断される。
PBRの指標は1倍が下限だ。当然、地銀などのように構造的に成長が期待しにくい業種でPBRが1倍を常に割続ける業界もある。但し、本来この手の事業モデルの企業は上場がそもそも向いていない業種ともいえる。
PBRを算数で表すと、以下のようになる。
PBR = 株価 / 1株純資産 = 時価総額 / 純資産
PBRは1倍だから、10倍だから良いという指標ではない。しかし上場企業であれば1よりも低いというのは致命的なのだ。
PBR1倍割れの理由は、数式から考えて2つの理由が考えられる。株価が低い場合か、純資産が多い場合だ。株価は、将来稼ぎ出すキャッシュフローの現在価値の合計で計算することができる。そのため株価が低い企業は長期的にキャッシュフローを生み出す力が弱い、つまり利益を出せていないと解釈できる。
一方、純資産が多い企業は、財務の安全面では安心材料となる。リーマンショックや一連のコロナなど、世の中の状況が不安定な場合でも企業は体力が担保され持続できる余地があるからだ。しかし上場企業の真骨頂は過去の資産で長く食つなぐことではなく、その資産を将来に投資して更に高いリターンを継続的に上げ続ける行動にある。
ここまで読むとPBR1倍割れの企業は、純資産の規模の割に利益を出せていない企業ということが分かる。資産が厚くても、それに準じた利益を出せばPBRは1を超えるからだ。企業目線ではPBRが1を割ることは何ら悪くない。しかし投資家目線で見た場合は異なる。投資した企業が、投資した金額に見合わず、利益は低い状態が続いているのだ。当然、投資家からすると、「資金の使い道が無いのであれば、株価に還元しなさい。」となる。ここにキャッシュを眠らせておくよりも他の発展する可能性がある企業に再投資した方がよりキャッシュを得ることができると考えるからだ。そのため上場企業がPBR1割れの状態は、今すぐ会社を畳んで、手持ちの資産を全部売却して、お金に換えたほうが良いと判断されるのだ。
(PBR1を割る企業)
2023年6月19日時点で石油元売りのコスモエネルギーホールディングス(以下、コスモ)のPBRは0.55倍だ。旧村上ファンド系の投資会社は、同社に対して「10年後、20年後のコスモのあるべき姿、石油業界のあるべき姿をきっちり議論できる社外取締役を入れるべきだ」として社外取締役選任議案を提出しているがコスモは反対している。しかし、この議論は至ってシンプルで企業そのものが解散価値に等しいから経営能力にクエスチョンマークを示しているのだ。
直近のIRを確認すると、売上2.8兆円に対して以下の実績だ。
・営業利益1,600億円
・純利益680億円
・純資産6,600億円
・時価総額3,700億円
純資産6,600億円に対して時価総額が3,700億円でPBRは0.6倍を下回る。株主目線からすると会社を畳んで現金化した方が株主は大幅に得するという主張だ。村上氏はここをついて提案をしているにほかならない。
大日本印刷は2023年4月10日に「PBR1倍超を経営目標に掲げ、成長分野への投資を積極化させる」と報道があったのは記憶に新しい。従来から万年割安株とある意味ディスられている。しかし、これは衝撃でもあった。上場企業の目標としてPBR1割は有り得なく、1倍を超えることは当たり前なのだ。むしろ純資産が多いことよりも、将来の利益が望まれずに株価が下がっているのだ。市場からは全く期待されていないことになる。
仮に、経営陣がP/L(損益計算書)しか注視していないのであれば、PBRの分母である活用していない資産を理解していないことになる。企業として不安定な状況を見据え資産を蓄えることは大切だ。しかし長期的にキャッシュを生む兆しがないのであれば外部投資家を締め出し頼らない資本政策を進めればよいのだ。これは良い、悪いの話ではなく意思決定の話で、上場廃止すればよいのだ。上場はゴールや目的ではない。単なる資本政策の一手であり、資金調達のための選択肢に過ぎない。
(王道は利益率と利益)
企業の純資産は、端的に言えば現在の清算価値に相当する。仮にこの瞬間に事業をとじた場合、いくらキャッシュが残るかを示す金額だ。株主目線では、企業が事業を畳んだ場合に、どの程度の純資産相当を受け取る権利があるかを把握することができる。
仮に純資産が10億あるのに、時価総額が5億であれば、今すぐ事業を清算すると株主は10億受け取ることが可能だ。PBR1割れで、例えば0.5というのは、その株式の価値がバーゲンセールの50%という状況なのだ。
日本経済は長期の低迷を続け、上場企業約3,300社の内、23年3月末でPBR1割の企業は約1,800社と半数以上が上場している企業として落第点なのだ。三菱UFJフィナンシャル・グループ、日産自動車、ホンダなどの有名企業もPBR1倍から遠い。欧米では上場会社の10%から20%はPBR1割だが、日本史上の半数以上は明らかに高すぎる数値と言える。
総じて東京証券取引所がPBR低迷企業に対して改善策を開示実行するようにした要請はプラスに働くと思う。従来の姿勢から日本の上場企業が利益をより意識した経営に傾くからだ。実際、最近の海外投資家の目線も日本株に動き、株高につながっている側面も観察できる。
但し、本来は利益率と利益額そのものを増やさなければ意味がない。多くの伝統的な上場有名企業は、手っ取り早く自社株買いを行い小手先のテクニックでその場をしのぐ行動を観察できる。しかし自社株買いは1度終われば効果は無く、本質的にPBR倍率を高めるためには株価を上げるしかない。そのための王道はキャッシュをより効率的に叩き出すことだ。
既存の事業で得た利益を、成長分野に投資し、収益力を高める。既存の事業やDX等の研究と実現をすすめ圧倒的に生産性を高め利益率を改善する。従来のようにキャッシュを貯め込む経営は見捨てられることになる。PBR1倍は当然であり、2倍、3倍と目指すことが求められ、できなければ上場を辞めるべきなのだ。
参考資料
・2023年3月期決算短信 コスモエネルギーホールディングス株式会社
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新規事業の旅54 サーキュラーエコノミー
2023年7月13日
早嶋です。
(循環型経済)
サーキュラエコノミー。日本語では循環型経済、ご存知だろうか。昨今の資源不足、環境リスクが高まるなか、持続可能な経済成長を目指し社会問題の解決を図る動きが加速している。そのような中、経済社会は、大量生産、大量消費、大量破棄を前提とした直線型経済(リニアエコノミー)からリサイクルを活用し、廃棄までの寿命を短くするリサイクル経済を経て、資源の効率的・循環的な利用により廃棄物ゼロを目指す循環型経済にシフトしている。
循環型経済の原則は、「廃棄物や汚染を生み出さない設計を行う」こと、「製品や原材料を使い続ける」こと。そして「自然のシステムを再生する」ことの3つだ。廃棄ゼロを目指すため、製造の超上流工程にもメスが入る動きが従来と全く異なる。ここからも西欧諸国の本気度合いが分かると思う。
(背景)
経済産業省の各資料から「資源制約・リスク」には次の主たるファクトがある。
1.世界人口は22年に約80億人で50年に向けて97億人に
2.世界の資源採掘量は15年の約880億トンが50年1,830億トンに
3.地政学問題による調達リスクが増大
4.上記関連の児童労働は5歳から17歳で20年時点で約1.6億人
同様に、「環境制約・リスク」には次の通りだ。
1.11年から20年で1.09度の地球温暖化が進む
2.世界の廃棄量は20年に141.2億トンで50年に320.4億トンに
3.海洋プラスチックは50年に生息する魚の量を超える推計がある
4.脊髄動物の個体群が地球全体で1970年から2018年の間に平均69%減少
一方、個人や地域、国家は成長機会を探り、コロナ後の成長産業の模索や技術革新の活用によるビジネスモデルを活用した機会を探っている。環境省の各資料では持続可能な経済成長の取組は欧州が先行し、同時に環境ビジネスにおいて国際競争力の獲得を目指していることがわかる。
欧州では、10年に成長戦略「Europe2020」で資源効率性向上のためのロードマップを作成。15年にサーキュラ・エコノミーパッケージで廃棄物の65%をリサイクルする、関連雇用を200万人うむ、6000億ユーロの経済価値を目標に掲げた。18年にプラスチック戦略で30年に使い捨てプラスチックを廃止とする。20年にサーキュラエコノミー行動計画で廃棄物のでない製品設計を目指している。
これに対して国連は15年にSDGsで持続可能な開発目標を発表。20年に海洋プラスチックごみ対策実施枠具に合意している。日本では1990年から2000年代に容器包装や家電などのリサイクル法を施行。19年にプラスチック資源循環戦略を発表。21年に循環経済への移行を投資家が評価する指針を経済・環境省で発表した。中国では17年に環境発展引領行動で資源生産性を対15年比で15%向上させ、資源リサイクル産業を3兆元(約60兆円)などの目標設定をしている。米国は21年に国家リサイクル戦略で30年までに固形廃棄物のリサイクル率を50%に高める。
上記の背景の中、アクセンチュアなどの資料では、30年の循環型経済の市場規模は4.5兆ドル(約500兆円)と見込まれ、関連するベンチャーやスタートアップ投資の伸長を予測している。
(欧州の事例)
循環型経済の先進事例は欧州に多数あり、地域ごとに推進しているのが特徴だ。
グラスゴー(スコットランド)では、企業の循環経済戦略によるサーキュラー指定の実現を目指す。都市のマテリアル・フローを可視化する取組をすすめている。
アムステルダム(オランダ)では、50年に100%循環経済への移行を目指す。市と先進メトロポリタン研究所が推進し、土地開発における循環基準を策定、公共調達の要件を見直している。
ブリュッセル(ベルギー)では、資源効率を高める経済の刺激策と起業家精神の向上により雇用創出を目指す。15にも及ぶ政府部門と60の産学官連携機関が都市の代謝に関する調査を実施、食品廃棄物や小売業等のワークショップを頻繁に開催している。
オスロ(ノルウェー)では、30年までにCO2排出量を対90年比で95%削減する。ゼロエミッションの公共交通ネットワークを構築し、EV普及、公共バスの30%に代替燃料を使用、市内中心部の700箇所の駐車場を廃止している。
ストックホルム(スウェーデン)は、01年に残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約を採択、16にも及ぶ分野で環境目標を設定。食品廃棄物の義務化を行い、市内バスはバイオ燃料を使用する。
欧州ではマテリアル・フローの分析が進み、上流から下流にかけて、どの業界からどの程度廃棄物が排出されるかを可視化する。これによりボトルネックとなる費用対効果が高い取り組みに優先順位をつける準備ができている。
小さな事業として、食品廃棄物を中心とした食品レストランの展開、消費者が部品を交換して利用ができるスマフォメーカーの台頭などもある。更に、ブロックチェーンとAIを活用した廃棄物コンサルを行う企業もいる。
オランダの大手金融機関のAMROは施設建設を行う際、使用後の解体を前提とした工法を取り入れている。廃棄する将来を考え、バックキャストの手法で設計レベルに影響を与えたのだ。
商品購入後は廃棄等の動きが把握できなくなることから、サブスクの仕組みを使った月額利用の事業モデルが急速に普及している。スウェーデンの家電メーカーのエレクトロラックスはサブスクを普及させることで部品の交換、修理、使用後の破棄から部品の回収とリサイクルまでをメーカー主導で実現させている。オランダの電機メーカーフィリップスは、法人向けの照明でLEDライトを無償交換し、10年間のメンテナンス契約を結ぶことで、削減した電気量を按分する事業を展開している。
大量生産、大量廃棄が問題視されるアパレル産業も動きが加速する。ZARA(スペイン)は自社商品の補修サービスを開始し、店頭で不要な衣服を回収している。H&M(スウェーデン)は修理用の当て布やワッペンを販売し25年までに全ての包装とパッケージをリユース、リサイクル、または堆肥可能な素材に変更する。
アディダス(ドイツ)は21年に発表した100%再生可能なランニングシューズで熱可塑性ポリウレタン(単一樹脂)を材料に全パーツを作成。使用済の靴を回収、洗浄、分解、粉砕、溶解することで再樹脂化でき、再び商品の原料として利用する。
イケア(スウェーデン)は、製品を使い捨てる発想から寿命延長させる取組を行う。一人暮らしで使用した棚を、家族が増えたら追加購入する。組み合わせて使用できる設計で、ライフスタイルに合わせて家具を調整することで長期間使用する思想を取り入れたのだ。
今後、所有から利用にフォーカスした事業が加速し、稼働しない商品をシェアし、無駄に購買させない取り組みも普及する。製品はファッションから廃棄を無くす機能にフォーカスされ、超上流工程の現在料調達や製造、そして超下流工程の使用後の廃棄、回収までを俯瞰したフローが重視される。これが出来ていない企業は、将来的に課税や何らかの制裁を与えて、先行している欧州企業が優位に立てる状況を確立するのだ。
参考:2023年6月向研会定例勉強会サーキュラ・エコノミー
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新規事業の旅53 新規事業のベストミックス
2023年7月12日
早嶋です。
新規事業をM&Aで始める取組は上手く行きにくい。
M&Aは売り手に取っては、成長が望めないことを理解して出口の一つとして売却する。そのため、買い手が新規事業目的で買収しても、成長は考えにくい。ましてや、買い手はその分野のノウハウも無いため、かろうじて維持するのが関の山だ。
買い手がM&Aで成功するパターンは、同業者の買収だ。成長フェーズの場合は、買い手のシェアや資源を獲得でき、成熟期や衰退期の場合は、規模の経済で効率を上げることができる。仮に買収価格が高い場合は、同業の事業なので買い手はシナジーを予測が出いれば買いだ。売り手の事業が赤字であっても、事前のDDでシナジーによって収益が改善する場合はなおさらかいだ。1円譲渡+負債の引き継ぎ等で手出し無く事業の規模が大きくなる。
買い手が新規事業を買収する場合は、最近だとIT関連、バイオ関連、自動制御関連、環境関連だろう。でも少し考えると分かる通り、そのような成長市場の事業を売り手がそもそも売却するだろうか。基本否だ。そのため、買収することが出来ないか、出来たとしても超高値になるだろう。また、仮に買収出来たとしても、買い手でマネジメントするノウハウが無いだろうから、その事業に資本を入れた瞬間が株価が最高値で、それから価値が下がる可能性が大いに考えられる。
もし、それでも新規をM&Aで行いたいのであれば、マイノリティ出資や提携から始めるのが良い。買い手に取ってノウハウが無くても、買い手は営業力があったり、既存の顧客に提案してテストマーケティングができるなど、資本提携先に対してもメリットがでる場合がある。そもそもイケイケのベンチャーは常に資金難に苦しむ。そのためプロダクトを作り込むことに多くの資金と時間と人材を費やすため、総じてマーケティングや営業が弱い。また、その後のカスタマーサクセスなどに資源を費やすことも無いだろう。
そこに対して、出資とともにマイノリティの株式を引き受け、同時にその営業やフォローの面で協力関係を結ぶのだ。資本が大きく、規模が大きい買い手は、ゼロイチは苦手でも、すでにある事業を成長させることはこれまでも行っているので得意分野だ。また、組織のガバナンスや顧客の管理などベンチャーが苦手とする分野も保管できる場合が多い。
このようにM&Aは一つの選択肢で、ゼロイチ、提携、出資、M&Aを総合的に捉えて新規事業を実現することが現実的な解になる。
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