早嶋です。5500文字です。
トランプは、輸入品に対する関税額を引き上げた。アップルなど地球規模でサプライチェーン構築する企業は、結果的に米国で販売する商品の金額が跳ね上がる。例えばiPhoneが20万だったのが30万を超える等だ。一方で米国の商品を海外に輸出しても報復関税で相手国も関税を課す泥沼になる。そもそも魅力が少ないアメリカ商品は安くても売れない。米国での商品も価格は上がり、企業の経済活動も低迷する。結果、当然不況になる。なぜトランプは関税政策を執行するのだろうか。
いくつか理由はあると思う。1つ目は、アメリカ第一主義の実践だ。トランプは一貫して、グローバル化の中で損をしてきたアメリカの「労働者階級」や「製造業」を再生することを訴えている。関税を課すことで、2つのねらいがある。海外からの安価な製品にストップをかけ、アメリカ国内の産業を守るということだ。そして、アメリカ企業が海外ではなく国内に工場を戻す、いわゆるリショアリングを促すことだ。
2つ目の理由は、中国との経済戦争(テクノロジーと覇権)だ。特に中国との関税合戦は、「不公正な貿易慣行」や「知的財産の盗用」に対する制裁として打ち出された。これは経済的制裁でありつつ、米中覇権争いの一環でもある。
そして、最後は選挙における支持基盤へのアピールだ。トランプの強固な支持層は「ラストベルト(衰退した工業地帯)」などの製造業従事者や白人労働者階級だ。彼らにとって「関税=外国に対抗する正義の象徴」であり、「雇用を取り戻す手段」とも見られる。これはポピュリズム的な政策とも言える。
しかし、結果として誰も得しない。物価上昇(インフレ)が米国内で発生する。関税でコストが上がり、最終的には消費者が負担するからだ。消費者の購買意欲が下がり、企業活動の停滞がすすむ。サプライチェーンが混乱し、投資も減るだろう。もちろん、既におきつつあるが、貿易相手国との関係悪化がすすむ。皆が報復関税をして、輸出減少、不況のスパイラルとなるのだ。最終的には、米国は経済の孤立化を招く可能性が高い。
少し考えると分かる行動を平然とすすめるトランプ。経済学的にはマイナスが多いのだが、トランプにとっては「政治的にメリットがある」と考えているのだろう。経済の損失よりも、「支持者へのアピール」「強硬姿勢の演出」が選挙での票につながると考えているのだ。
しかし、どうだろうか。アメリカの製造業と言ってピントくるものはあるのか?彼らは世界のサプライチェーンを無視して独自で製品が作れるのだろうか?さらに、仮に作れたとしても、アメリカの高額な人件費で製造した場合の製品のコストが高まるのではないか?さらに、ラストベルトの人材は、アルコール中毒、薬中毒でまともな労働者が少なく、働き手が足りないのではないか?諸々と湧いてくる疑問を整理してみる。
そもそもアメリカの製造業は、伝統的な自動車(GM、フォード)、航空機(ボーイング)、重工業(キャタピラー)、鉄鋼、化学などだろう。ハイテク産業は、IT機器、半導体、医療機器などもあるが、多くは設計・開発はアメリカで、製造はアジアという形でサプライチェーンを構築している。つまり、現代のアメリカの製造業は「グローバル製造モデル」に依存しているのだ。
そして、そのアメリカが世界中のサプライチェーンを無視して独自に製造ができるかの答えは確実にNoなのだ。iPhoneを例にとるとわかりやすい。そもそも部品は日本(センサー、ガラス)、台湾(チップ設計)、韓国(ディスプレイ)、中国(組み立て)など、多国間にまたがっているのだ。それを無視して全てアメリカで作ろうとすると、工場のインフラ、人材、ノウハウ、部品の供給網すべてが不十分なのだ。つまり非現実的かつ高コストの取組を始めようとしていることになる。
アメリカでの人件費も無視できない。当然に、製造コストが圧倒的に高くなり、価格競争力を失う。例えば、同じスマホを中国で100ドルで作れるとしても、アメリカなら200〜300ドルかかるだろう。結果として製品価格が上がり、 消費者は購買意欲がわかなくなるだろう。もちろん、それらの商品を世界に輸出出来たとしても、高すぎて買う人がいなくなるだろう。
紙面ではあまり報道されないが、ラストベルトの労働力は質が低い。アメリカの汚点でもあるのだ。ラストベルト(五大湖周辺の工業地帯)は過去数十年で衰退し、大量の失業、人口流出、教育水準の低下を招いている。そして、薬物・アルコール依存が深刻な地域も多い。仮に、企業が工場を戻しても、そもそもまともに働ける人がいないし、仮にいても、訓練されていないし、訓練しようがないかもしれないのだ。さらに、若年層はITや都市部に流れており、肉体労働を好まない傾向は世界中同じなのだ。結果として、「製造業の復活」は理論的には可能でも、現場が成立しないのだ。
それでもトランプが強硬する理由は、現実よりもイメージを重視して、政治に利用しようとしているとしか考えられない。「アメリカに工場を戻す」「外国に頼らない強いアメリカを取り戻す」という夢を語り、実際にはコストも人材も合わないが、そう主張することでラストベルトからの指示を得られ続けるのだ。
このままでは、アメリカは四面楚歌になるかもしれない。伝統的な自動車はそもそも今でも商品の魅力は薄い。GMやフォードがBMWやベンツ。トヨタや高級車のレクサスに勝てる要素はない。ボーイングはここ数年品質トラブルの温床でまともな製造が出来ているとは考えにくい。キャタピラー等の重工業も三菱やヒュンダイなど多くの競合がひしめく。鉄鋼、化学なども同様だ。ハイテク産業は、IT機器、半導体、医療機器等があるが、米国はそもそも設計や開発しかしていない。そうなると日本、欧州、中国の企業がこぞってその技術者を引き抜き、彼らが企画開発を強化するだろう。そして、マーケティングは欧州、精密部品は日本、ディスプレイ関連は韓国、半導体は台湾。組み立てなどもアジアで行うという流れになるのだ。グローバルサプライチェーンから米国を排除して、それ以外の国は元の関税の枠組みに戻すことで、アメリカは一気に失墜するシナリオだ。
実際、その動きは1回目のトランプで検証されている。トランプ政権の移民制限政策、とくにH-1Bビザの発給制限は、アメリカのIT産業にとって長期的に痛恨の一撃となっている。そして、インド・中国・台湾のIT産業に大きな追い風となった。H-1Bビザは、高度技能職向けの就労ビザだ。特にIT・エンジニア系の外国人労働者(インド人が最多)が多く活用していた。1回目のトランプ政権下、2017年から2020年にかけて「Buy American, Hire American(アメリカ産を買い、アメリカ人を雇え)」政策を強化したのだ。H-1Bビザの発給数を制限、審査を厳格化した結果、多くの企業や人材が米国での就職を断念し、更にグリーンカード審査の長期化・停止も重なり、米国定住をあきらめる優秀人材が続出した。
その人材は母国に戻り、同様の仕事をするため、結果的にインド、中国、台湾のITが強化されたのだ。インドでは、元Google、Apple、Amazonの人材がインドに帰国し、バンガロールなどに自社スタートアップを設立。コロナ禍のリモートワークも後押しとなり、グローバル案件を自国内で受託する体制が進展している。2023年以降、生成AIやフィンテック分野での成長が著しいのだ。インド政府も「Digital India」「Startup India」などで強力に後押している。
中国では、米中摩擦を契機に、「帰国者(海亀:ハイグイ)」が増加した。中国国内でクラウド、AI、半導体設計分野の人材供給が充実し、国家レベルでの「自給自足戦略(内循環)」にも人材が貢献している。HuaweiやBYD、Tencentなどが米国依存から脱却し独自技術で躍進している背景はトランプが撒い種とも言えるのだ。
台湾でもやはり、TSMCやMediaTekなどの半導体企業が高い報酬と働き方改善で人材を呼び戻し、アメリカで経験を積んだ人材が帰国し、先端チップやAI設計に反映する。やはり台湾政府も積極的なR&D投資とスタートアップ支援を強化した。
トランプ1次政権では、短期的には国内雇用を守ったように見えるが、高度人材を自ら放出した。そして、シリコンバレーの革新力が鈍化した。世界中で「次のイノベーションはアメリカ発ではない」という空気感が定着しているのは偶然ではないのだ。
今回の関税の横行は、アメリカを外すと案外さっぱりしている。米国と付き合うのをやめようぜ。的な空気が働くことで、米国の経済は一気に冷え込む。リストラを直ぐに行うアメリカは、優秀な人材から他国の同業者に流れるだろう。たとえ、米国に住み続けても、仕事はオンラインでアメリカ以外の企業に勤めることになるだろう。その際にいの一番に引き抜かれ、転職する人材がこれまでアメリカ企業で「企画・設計・ブランド力」を生み出した人材だ。それと連呼して業績が落ちたAppleやGoogleにいた人材はリストラされるか、自主的に退職して欧州やアジアの企業にヘッドハンティングされるだろう。「知の中心」がアメリカからシフトするのだ。ポイントは、トランプ1次政権では、「外国籍の知の移動」がおきたが、今回は「アメリカ国籍の知の移動」がはじまるのだ。
そして、徐々に脱アメリカ連合の流れになる。日本は、精密機器、ロボティクス、素材技術。韓国は、ディスプレイ、有機EL、バッテリー。台湾は半導体(TSMC)、IC設計。中国は製造・スケーラビリティ。欧州はマーケティング、環境技術、規格設計。東南アジアやインドは製造拠点、開発支援とグローバルサプライチェーンがアメリカ抜きを加速する。
その結果、アメリカは確実に弱体化する。米ドルの信認は減少。取引がアメリカを通らなくなると、基軸通貨の地位は当然に揺らぐだろう。世界標準が変わるのだ。これまでアメリカ企業が主導してきた標準(例:Apple製品の仕様、WindowsのOSなど)が、新興勢力や欧州主導のものに移るのだ。アメリカ製品の孤立がはじまり、iPhoneもTeslaも「高価で時代遅れ」と見なされる可能性が高まる。米国市場は巨大だが、確実に内需だけでは維持できない。世界から無視されたテック企業は急速に縮小する。つまり、アメリカは孤高の消費大国に成り下がる危険性が十分にあるのだ。
トランプは、今や短期的な将来しか考えない。所詮は不動産屋さんなのだ。トランプや一部支持層は、短期的な支持獲得が目的で、10年後の構造的崩壊には無頓着だ。「自国中心」や「独立経済圏」を夢見ているが、現代は複雑に絡み合ったサプライチェーン経済。彼らの世界観は、1980年代のアメリカの再現を目指しているが、それはもはや幻想だ。
アメリカ依存のパラダイムを捨て、アメリカ以外で進化できる、或いはせざるを得ないフェーズになったのだ。アメリカの過去の特権に依存しない経済が、合理的かつ持続可能になる。その動きをアメリカが止めようとしても、逆に世界からの信頼を失う加速装置になりはじめていく。
ここまでのシナリオは中国の存在を無視している。中国が米国を除く協調路線に従うか、いやいや大中華思想の元祖ですよと、今後も独自路線を貫くかで、将来のシナリオは大きく変わるだろう。そういう意味で、将来のシナリオは2つのパターンを予測することが出来るかもしれない。
中国が脱アメリア連合に賛同し参加した場合をAシナリオとしよう。Aシナリオの場合、世界最大の製造力が協調に組み入れられたことになる。脱アメリカ連合に中国が入れな、供給能力と価格競争力が爆発的に増すだろう。特にEV、半導体中間材、通信機器(例:ファーウェイ)での連携が深まると思う。中国は、表では「一帯一路」の延長線上に経済協力を進め、裏ではインフラやデジタル網の支配力を拡大するだろう。そして、台湾やASEANとの緊張を和らげ、サプライチェーンの平和的共存を選ぶのだ。その結果、世界のGDPの50%以上が「脱アメリカ圏」になる。アメリカが圧倒的に孤立化し、国内製造も、軍事優位も相対的に弱体化する。中国は「世界の製造工場」から「世界の経済運用者」へ進化するのだ。
次に、中国がやはり独自路線を貫く場合をBシナリオとしよう。中国一極の世界観の実現だ。中国はサプライチェーンでは協調するが、政治的・軍事的には排他主義だ。台湾・南シナ海問題で緊張を生み、欧州や日本との信頼関係が不安定になる。経済では連携を装いつつ、デジタル通貨、標準規格、AIインフラで主導権をしたたかに狙うだろう。技術標準を中国流に差し替えることで、中国依存の経済圏を形成するのだ。その結果、世界が「脱アメリカ vs 中国 vs 多国間協調」という三極化に向かっていく。脱アメリカ連合は、日本・欧州・インド・韓国などで結束を強化し、非覇権的な協調経済圏として独立を維持する。アメリカと中国は互いに孤立気味となり、覇権を争うが中心にはなれない構図ができあがるのだ。
最後に、日本の立場を考察してまとめよう。Aシナリオでは、中国の巨大マーケットと製造力を活かしつつ、「安心な中核技術国」として価値を発揮するだろう。Bシナリオでは、「中国には技術を渡さない」「アメリカにも巻き込まれない」というバランス外交と、EU・インドとの連携強化がカギになる。どちらにしても、日本は信頼性ある中立国としての価値を最大化できるポジションにあることが分かるのだ。