早嶋です。
円安の要因を考えてみる。
要因として、まず資本流出がある。例えば日本人が外国株をドル建てで購入すると、日本円をドルに換金する。これにより円の需要が減少し、ドルの需要が増加する。結果、円の価値がさがり(円安)、ドルの価値があがる。今年1月から始まった少額投資非課税制度(NNISA)によって、長期的に定額で外国株を購入する動きが加速した。継続的にドルを買う動きが定着するため円安圧力は持続する可能性がある。
現在、最も大きな要因とされるのが金利差だ。日本と他国の金利差で、日本の金利が低い場合、投資家はより高い利回りを求めて他国の資産に投資する傾向がある。結果、円売りと外貨買いが進み、円安要因になるのだ。
経済指標もある。日本の経済成長が他国と比べて低い場合、円が売られる可能性が高まる。逆に、日本の経済成長が高まれば円高要因になる。これにあわせて、貿易収支も重要だ。貿易収支が赤字(輸入が輸出を上回る)になれば、外国通貨の需要が高まり円安になる。黒字(輸出が輸入を上回る)の場合、円高要因となる。
もちろん政策も関係する。日本銀行(BOJ)が緩和的な金融政策(例えば、量的緩和や低金利政策)をとると、円安の傾向が強まる。反対に、引き締め政策をとれば円高傾向になる。また財政政策として、日本政府の財政赤字が拡大すれば、円の信頼性が低下する。これは円安要因となることもある。
政治や地政学リスクもある。日本国内や世界各地での政治的不安定や地政学的リスク(例えば、戦争やテロのリスク)が高まると、安全資産とされる円が買われることが多く、円高要因となる。一方で、北朝鮮やロシア、中国の動きはどちらかと言えば日本に取ってネガティブだ。これらは市場のセンチメント分析と呼ばれる。市場の参加者のマーケットに対する強気や弱気などの市場心理から相場が動くことだ。上述のように、世界的なリスク回避の動きが強まると、安全資産とされる円が買われ、円高となる傾向がある。逆にリスクを取る動きが強まると、円が売られ、円安となることがある。
国際資本の動きも無視できない。海外投資家の動向だ。日本の機関投資家や個人投資家が海外に投資を行う場合、円を売って外貨を買うため、円安要因となります。これは冒頭切り出したNISAの動きだ。日本人以外の個人投資家や機関投資家が、日本株式の将来を鑑み、ドルを売って円建てで日本の株式を買えば円高要因になる。
後は、需給バランスだ。短期的には、為替市場の需給バランスが円安や円高に影響を与える。例えば、大規模な取引(企業の決済や投資ファンドの動きなど)が円売りや外貨買いに偏ると、円安が進むことがある。
つまり、為替の影響はとても複雑なのだ。円安や円高の動向を予測するために、上記の要因を総合的に考慮しても正確に予測することは難しいと思う。但し傾向や方向性を知ることはできるだろう。それから過去の歴史を見た場合、一定の考え方のベースにもなるかもしれない。そこで過去の円安の事例を調べてみた。
1971年、ニクソン・ショックだ。アメリカのニクソン大統領が金とドルの交換停止を発表(ニクソン・ショック)する。背景には、アメリカの金保有量が減少し日米との貿易赤字の拡大があったからだ。これにより、固定為替相場制が崩壊し、変動為替相場制に移行した。1971年以前は固定為替相場制で1ドル=360円だった。それがニクソン・ショック後、変動為替相場制に移行し円高が進行した。1973年には1ドル=270円台まで円高が進んでいる。
1985年、プラザ合意前だ。1980年代初頭、日本は貿易黒字を続け、円は高く評価されていた。しかし、1985年のプラザ合意以前は円安が進行した。要因として、日本と他国(特にアメリカ)の間での金利差が大きく、円売り・ドル買いが進んだためだ。プラザ合意前(1985年)の初頭には、1ドル=250円前後で取引されていた。プラザ合意後、急速に円高が進み、1986年には1ドル=160円台まで円高が進行した。
1995年には歴史的な円高反動があった。当時、1ドル=80円台前半まで円高が進行したが、その後の反動で円安が進んだ。日本経済がバブル崩壊後の停滞期にあたり、金融政策の緩和が進んだためだ。1998年には1ドル=140円台まで円安が進行した。
2013年、アベノミクスだ。安倍晋三首相の経済政策(アベノミクス)により、急速に円安が進行した。当時、大規模な金融緩和政策(量的・質的金融緩和)と財政刺激策が実施され、日銀のインフレ目標2%の達成を目指す金融政策が円安を促進する。アベノミクスが始まった2012年末から2013年初頭には、1ドル=80円台だったが、2013年末には1ドル=105円台まで円安が進行した。
2020年から2021年のCOVIT19パンデミックとその後(現在)だ。COVID-19パンデミックの影響で、世界的な金融市場が混乱し、一時的に円高が進んだ。そして、その後円安が進行している。世界的なリスク回避の動きにより円高が一時的に進み、その後の景気回復期待と日本の低金利政策の継続により円安が進行していると考えられる。2020年初頭のパンデミック発生時には1ドル=102円台まで円高が進んだ。その後の景気回復期待と日本の低金利政策の継続により、2021年には1ドル=115円台まで円安が進行し、じわじわ現在の160円になっている。
上記の歴史を振り返ると、1)日銀の金融政策(金利政策や量的緩和政策)、2)経済市場(日本の経済成長率や貿易収支の動向)、3)アメリカや他国の経済政策や金利政策や地政学リスクなどの国際情勢、4)世界的なリスクオン、オフの市場のセンチメント、5)そして日本からの資本流出や海外からの資本流入などの資本の動きの5つが円安(あるいは円高)の要因として複合的に影響していることが言える。
前提として私は為替の動きを予測することは非常に難しいと思っている。しかし、世の中のプロはそれぞ鑑みてか前提としているかは別として、以下のような要因や方法を用いて予測を日々頑張っている。
まずはファンダメンタル分析だ。経済指標として、GDP成長率、失業率、インフレ率、貿易収支などの経済データを分析し、通貨の価値を予測する。次に、金利政策として、各国の中央銀行の金利政策や金融政策を分析し、通貨の動きを予測する。更に、政治や地政学リスクとして政治的な安定性や地政学的リスクを考慮し、通貨のリスクを評価する。
次にテクニカル分析だ。まずはチャートパターンを調べる。過去の価格データを基に、チャートパターンを識別し、将来の価格動向を予測する。それからテクニカル指標として、移動平均線、相対力指数(RSI)、ボリンジャーバンドなどの指標を使用して、価格のトレンドや反転ポイントを予測する。
市場のセンチメント分析は、かなり難しいと思う。投資家の心理として、市場参加者の心理やポジションの偏りを分析し、過熱感や売られ過ぎの状況を把握する。ここにはニュースや噂などもあり、経済ニュースや市場の噂を通じて、短期的な価格変動を予測するのだ。
大きく3つの方向性での分析の概要を書いたが、為替予測の限界も見える。不確実性が高いことだ。為替市場は多くの要因に影響されるため、予測が困難だ。特に、突発的なニュースやイベント、例えば自然災害やテロや政治的不安定などは予測が難しい。それから短期的な価格変動はランダムウォーク理論(価格変動がランダムで予測不能)に従うことが多く、正確な予測が困難とされる。そして最後に市場の複雑性がある。為替市場は非常に複雑で、多くの市場参加者や取引戦略が絡み合い、これにより、単一の要因だけでの予測は限界があるのだ。
冒頭にNISAの話を書いた。今年1月に始まった制度により、1月から6月の海外株式やファンドの買越額が6.1兆円で、同期間の貿易赤字額が4兆円前後(1月から5月で3兆4550億円)なので影響はありそうだ。一部の専門家は、日本経済の構造的な円売り要因の1つに、輸出額が輸入額を下回る輸入超過状態を示す貿易赤字を指摘している。2011年の東日本大震災以降、エネルギー輸入が増え貿易赤字が定着しているからだ。その貿易赤字とNISAによる海外投資は同じくらいの金額だからだ。
ただ、NISAの話は、複数ある要因の一部にしか過ぎない。為替の予測はやはり難しいのだ。