早嶋です。
女子柔道会含め、スポーツ業界、その他で発生する体罰。
まず推測ですが園田監督自身も、小さい頃からスパルタで柔道を体に染み込ませた。大学でも先輩からの指導が体罰という形で当たり前にあり、結果的に歪んだ形でトレーニングを積んできた。そしてオリンピック選手となり活躍したのではないか。この点において同情の余地はあります。が、今回の体罰に加えパワハラに対しては知性の乏しい生物が行うイジメ行為にほかならないと感じます。
柔道が急激に弱くなってきている背景に、指導の在り方やスポーツに対する研究の仕方が背景にあるのでしょう。既に柔道にも科学的なアプローチが取り入れられています。監督もただ強かったから、ではなく指導を行うプロとしての志やコーチングなどの理論を積む必要があると思います。加えて、園田監督の指導の在り方にたいして、その組織の上層部は何も認知していなかったわけだから、柔道連盟の組織の在り方にもメスを入れていく必要があると思います。
一方マスコミにも疑問があります。本質は、指導、スポーツの捉え方が10年、20年のスパンで変わっていて、その取組に遅れを取っている業界の現状です。これに対して、表面的な体罰の有無を必死に取り上げ、表面的な出来事を問題として本質に掘り下げない姿勢に対して疑問を感じます。
欧米ではスポーツに科学を取り入れて勝利を導いている部分もあります。一方の日本では未だに精神論という偏った考え方が蔓延している部分もあるのでしょう。スポーツという人間の限界に挑戦する行動にもロジックが重要になる部分もあります。極限を追い求めていくスポーツ所以に精神を追い詰めるという状況を敢えて作るのも重要です。しかし、それを理論で補うことで理解が深まるのではないでしょうか。要は、科学と根性の両輪を上手く取り入れて行く時代が今なのではないでしょうか。
これは、スポーツのみならず企業の経営の在り方や営業の在り方にも例えることができると思います。それを代表する言葉が、体育会系です。特に体育会系という言葉が勝手に独り歩きして、考えることに終止符を打っているのではないでしょうか。職場でもあの方は体育会系だから、とある意味理屈が通らなくても片付けられてします。言われた方も、なぜか言葉が出せなくなる。暗黙の了解になっているものの、本質的な解を導かないままでいる。
世の中の景気が良く右肩あがりの状況の時は、良かったでしょうが、今では通用しなくなっている。言葉の問題ではなく、一言、言葉のニュアンスで考えることを停止することです。今回の報道も体罰の有無という表面にフォーカスされて、そもそも何が起こってこのような現象が生じているのか?そのような議論を発生させるマスコミは皆無です。