マーケティングの永遠の課題に顧客満足があります。ドラッカーも彼の著書の中で度々顧客満足について説明を重ねています。しかし、これも多くの企業で次のような話をよく聞きます。
* 私たちは、常により良い顧客サービスを提供します!
* あらゆるお客様に対して満足していただきます!
* 私たちは、さらなる品質の向上に努めます!
いやー、スローガンとしては立派だけれども、全てに対して最高を提供するということは、全てに対して中途半端という結果につながるのではないでしょうか?上記のような宣言をされているショップや企業は、意外に記憶にとどまらず、常にスイッチされているかも知れません。
それよりも人は意図的に、あなただけに特別なサービスを提供します!というのを望んでいると思います。満足も品質も、誰が感じるかといえば、その対価としてお金を払っている顧客です。従って、何が最高で何が満足かは、対象とする顧客によって規定されるという発想です。その規定がなければ、あらゆるモノを満足すると言っても、結局自己満足の世界になりかねません。結局、誰にとってもつまらない商品に仕上がっていくのではないでしょうか?
日本企業にとって1990年代は品質向上の時代でした。多くの学会や研究では品質を測るツールや技術がありあふれていました。品質というインタンジブルなものをどのように測定してどのように改善するのか?多くの企業が関心を示した分野です。そして、QCサークルやTQC、改善活動など、品質にまつわる言葉が乱立しました。結果、ものすごく品質が向上したとおもいます。
さて、そこでどうでしょうか?今、家電屋さんに行くと様々な種類のテレビが並んでいます。それぞれメーカーの特徴がありますが、どちらの品質が良いのか?もはや素人の目ではわからない範囲まで改善されています。これは何も家電に限ったことではなく、あらゆる産業のあらゆふ分野の製品サービスに相当するのではないでしょうか?
そのような成熟した時代の中、弊社はさらなる品質向上に努めます!と言ったところで何の意味もないような気がします。少なくとも顧客にとって響くものが少ないでしょう。
同様に満足にも思うところがあります。顧客の満足に対しては、ゼロサムで考えている企業が多いと思います。つまり、満足か不満足かです。しかし、これだけ成熟して、多くのモノが完成された製品やサービスを提供するのに慣れている環境下では、そうそう大満足!という経験は少なくなるでしょう。企業のアンケートでは満足とか、なんとかその商品が気にったというように答えるでしょうが、実際のところは、まぁまぁ満足というのが本音ではないでしょうか。悪くないけれどねー、とか。
何を言っているのか?というと、満足というのは結局、消費者の頭の中で構築される感覚ですので、まぁまぁ満足だったら、すぐに、いつにでもスイッチされ、他の商品を購入されてしまいます。そのために、企業は満足か否かに注目するのではなく、満足のレベルにも注意を払ったほうが良いと思います。満足のレベルでも、そのレベルが限りなく不満足でも満足でも無いとしたら、いつでもスイッチャーになりえるのです。
そしてもっと重要なことは不満足です。何に対して不満足を得たのか?何が原因なのか?に注目することです。消費者行動の研究では、不満足を覚えた消費者の95%は何もしません。サイレントと呼ばれる行動です。つまり企業としては、消費者がだまっているので、勘違いして満足している!と思ってしまうのです。でも実際は黙っているけれども不満を感じているというのが良く起こっているということです。そのために不満足には真摯に対応していくことが大切です。
この事を理解すると、誰かのクレームは、20人分の代弁であるということに気づくと思います。ゴキブリと同じように、ひとりいたら、他にも隠れているに違いない!と思って、どのようにしたらその不満を解消できるのか?を考えることが大切です。もちろん、その不満がターゲット顧客の不満でない場合は、企業として受け入れるけれども対応しない、という意思決定も必要です。