早嶋です。
戦略論の変遷についてコメントします。現在の経営戦略論はマイケル・E・ポーターの競争戦略論からはじまったと捉えることができます。ポーターの戦略論は物理的な世界を対象とする戦略でそのベースには力をぶつける新古典派経済学ともいえます。
新古典派経済学とは、現在いわゆる経済学と呼ばれるものです。市場を形成する経済主体を基本的には消費者と企業家に分けて考えられます。そしてモノの考え方のベースには、経済主体自体が完全に情報を収集でき、完全に情報を処理でき、完全にその結果を伝達でいるという仮定がなされています。
このような経済空間の中、消費者は効用を最大化するために自分の労働力を供給してて財を購入する。簡単に言えば、自分の欲求を満たすために働き金銭を得て、その金銭にて物欲を満たすのです。新古典派経済学では、上記のような多数の消費者と企業家によって多様な経済空間が形成されるとしています。
経済学の中で需要と供給の問題が必ず論じられますが、上記のような経済空間では需要より供給が多くなれば価格は下がります。しかし、下がった価格において適用する力のある企業は財を供給し続けます。そして適用力の無い企業はその市場から撤退するしかありません。逆に、供給より需要が多くなれば価格は上がります。この場合も、上がった価格でも財を購入できる消費者は財を購入し市場に残ることができるのです。
このように需要と供給、市場価格の変化によって力のある人と企業が市場取引に参入できたり出来なかったりするのです。価格が調整役をうまく果たしているのです。
経済学は上記の流れを捉えて市場システムは価格メカニズムの下に、ヒト・モノ・カネ・ジョウホウなどの資源を力のある消費者や企業に効率的に配分するシステムであると考えられています。そして、これらを詳しく説明している理論が新古典派経済学です。
ここまで読むと疑問が出てくるでしょう。新古典派経済学では市場を唯一絶対的な効率的な資源分配システムとして仮定している、ということに。企業は完全合理的で利益最大化のためにあたかも動いているように捉えています。そして、そのような企業が多数存在して世の中の経済空間という定義された空間の中で競争を相互に繰り返していると。
上記の疑問に対しては、ニューエコノミーとして論じれれていますので、そちらについては次回に譲りたいと思います。今回のシリーズでは、企業が多数存在して競争的であるという仮説を深堀して戦略論の変遷を見ていきます。