書店の敵は私立進学志向(アマゾンじゃなかった!)

2024年10月4日 金曜日

早嶋です。約5500字。

アマゾンの事業モデル誕生以来、リアルの書店が減少している。一方で、子育てが盛んなエリアでは、確実に絵本を中心に書籍販売する実店舗が存続している。そして、一定の教育レベルや生活レベルが高いエリアにはそのような店舗が存続どころか繁盛している。逆に、街中や過疎化するエリアは、街の書店経営が成り行かなくなる。これは私の仮説だが、実態を調べてみた。一部は正しいと考え、一方で別の視点も考察出来た。

リアル書店の存続要因について研究された論文をいくつか読んでみた。特定のコミュニティでは、書店をサードプレイス(第三の場所)として位置づけ、地域の文化・教育価値を支える役割を果たしていることが指摘されていた(※1)。また、このような書店は親子連れが絵本を購入する店舗としても根付いている。また、都市部や教育レベルの高い地域では、単に本を販売するだけでなく、読書会や教育イベントを開催するなどの、コミュニティとのつながりを強化し、書店の経営を支えている事例も報告されていた。

実際、みなさんも肌感覚で書店の減少を感じていることだろう。日本の書店数は過去20年で大幅に減少している。統計を見ると、2003年には約2.1万店あった書店が、2022年には約1.15万店まで減少している。20年間で書店数が半減しているのだ。この減少傾向は主に、都市部や過疎地での書店の閉鎖が続いている。一方で、面白い傾向も見つけることができた。売場面積は徐々に増加しているのだ(※2)。2003年は店舗の平均面積は80.3坪が、以降増加トレンドとなり、2011年(116.3坪)から2012年(107.9坪)で、一旦落ち込む。その後、再び増加トレンドとなり、2022年には132.7坪となっている(※3)。このように、日本の書店数は減少しているが、特定のエリアでは書店が存続し、更に店舗あたりの売り場面積は増加しているのだ。ここには何らかの理由があると考えられる。

そこでエリア毎の特徴を考察すべく、都道府県ごとの書店の統計を調べてみた(※4※5)。また、書店の数と何か因果が無いかのあたりをつけるために、都道府県別の平均所得を合わせて比較することにした。

書店数が多い上位5都道府県(2019年のデータ):
1. 東京都 – 1,040店舗
2. 大阪府 – 591店舗
3. 愛知県 – 535店舗
4. 神奈川県 – 530店舗
5. 埼玉県 – 486店舗
書店数が少ない下位5都道府県:
1. 鳥取県 – 56店舗
2. 島根県 – 73店舗
3. 高知県 – 66店舗
4. 山梨県 – 81店舗
5. 香川県 – 94店舗

単純に上記を見る限り、人口密度が高いエリアに書店の数が多いことがわかる。そこで都道府県別の平均所得との相関を調べた。書店数が多いエリアは一般的に大都市が多く、平均所得も高めだ。例えば、東京都は全国で最も高い所得を誇り、2020年のデータでは約624万円だ。他の大都市圏、例えば大阪府や神奈川県も同様に550万から600万円程度だ。一方、書店数が少ない県は、例えば鳥取県や島根県などは平均所得が比較的低く、400万から450万円程度だ。これらの所得水準と書店数の減少にはある程度の相関が見られるかもしれない。

ただし、書店数が多い上位の都道府県は、東京や大阪、愛知など、人口密集地の都市部で、逆に書店数が少ない下位の都道府県は、鳥取県や島根県のように人口密度が低い地域に位置している。特に東京都は、日本で最も高い人口密度(約6,400人/km²)で、そのため書店数が多いと考えられる。一方、鳥取県や島根県は、人口密度が低く、鳥取県は約150人/km²と、人口密度が低いため、商店などの書籍店そのものが成り立たない構造になっていると考えることが出来る。

そこで、単位人口(1万人)あたりの書店の数を確認した(※4)。面白い結果が見えてくる。

店舗数(店)
1 石川県 1.34 
2 福井県 1.30 
3 香川県 1.16 
4 鳥取県 1.12 
5 徳島県 1.06 
6 京都府 1.05 
7 富山県 1.04
8 和歌山県・山梨県1.03 
9 栃木県・岩手県 1.02 
10 秋田県 1.00 
平均 0.78 

書店の数は、人口密集地に多いが、単位人口で見てみると東京、大阪、愛知、神奈川などはランク外になるのだ。ちなみに同様の単位あたりの書店数は、人口1万人に対して神奈川は0.58、埼玉は0.66、東京都は0.74と平均の0.78よりも低いのだ。

ここまでのデータから推定できることは、日本海側や四国の地方都市で書店が多い傾向が見られることだ。教育レベルに注目すると福井県や石川県は、学力テストで高成績を収める傾向が強く、読書習慣が根付いていることと相関が高いかもしれないと考えた。

そのエリアにおける教育費や過処分所得の構成比率を見ると何かの関連がわかるかもしれない。統計データから可処分所得に占める教育費の割合に関するランキングと、対応する金額を整理した(※6)。確かに地域ごとの可処分所得や教育費には大きな違いが見られた。

教育費の割合が高い都道府県(可処分所得に占める割合)

1. 東京都
可処分所得: 約650万円
教育費割合: 約10-12%
教育費: 約65-78万円
2. 神奈川県
可処分所得: 約620万円
教育費割合: 約10%
教育費: 約62万円
3. 愛知県
可処分所得: 約550万円
教育費割合: 約9-10%
教育費: 約49-55万円
4. 大阪府
可処分所得: 約530万円
教育費割合: 約9%
教育費: 約48万円
5. 京都府
可処分所得: 約520万円
教育費割合: 約9%
教育費: 約46-47万円

教育費の割合が低い都道府県

1. 鳥取県
可処分所得: 約400万円
教育費割合: 約7%
教育費: 約28万円
2. 島根県
可処分所得: 約390万円
教育費割合: 約7%
教育費: 約27万円
3. 秋田県
可処分所得: 約380万円
教育費割合: 約6.5%
教育費: 約25万円

因みに、単位人口あたりの書店数が多い、石川県、福井県、香川県、徳島県、富山県の可処分所得に占める教育費の割合や金額も見てみた。

(石川県)
可処分所得: 約470万円
教育費割合: 約8.5%
教育費: 約40万円
(福井県)
可処分所得: 約460万円
教育費割合: 約8.2%
教育費: 約38万円
(香川県)
可処分所得: 約440万円
教育費割合: 約7.9%
教育費: 約35万円
(徳島県)
可処分所得: 約420万円
教育費割合: 約8.0%
教育費: 約34万円
(富山県)
可処分所得: 約450万円
教育費割合: 約8.3%
教育費: 約37万円

これらのデータを見てわかるように、人口密集地は可処分所得に占める教育費の割合が10%を超えている。一方地方で他に人口あたりの書籍店の数が多いエリアは、可処分所得に占める教育費の割合が8%前後で、教育費そのもの金額が低いエリアは7%以下であることが分かった。都市部は教育費がかかる構造で、地方は教育費をかけない傾向があるのだろうか。

この疑問は別の視点で解けた。所得が高いエリアは人口密集地に集中しており、このエリアに書店が多いのは人口との相関だ。一方で、地方では人口密集度合いが低くなり、書店の経営は難しくなるかと推定したが、所得レベルが低い鳥取や島根などは、単位人口あたりの書籍店の数が平均の0.78よりも高く1を超えているのだ。

書店の数に影響を与えるパラメーターは、人口密度は間違いない。ただし所得レベルや可処分所得に占める教育費の割合は相関があるとは言い切れない。教育費の絶対額が低い地方でも書店が多いエリアが多いからだ。となると文化や教育の関心度合いが考えられる。所得や人口に関わらず、文化的な背景や教育への熱意が強い地域では書店が比較的多く存在するという仮説だ。鳥取県や島根県、香川や徳島、秋田のように所得が低いにもかかわらず、地域の教育熱が高い場所では、書店が存続しているのだ。

所得レベルが低く、人口も少ない、そして可処分所得に占める教育費の割合が少ない日本海側や四国の地方都市、それから東北では書店が多い傾向が見られる。しかし、このようなエリアの教育レベルは低くはない。福井県や石川県は、学力テストで高成績を収める傾向が強く、読書習慣が根付いていることと相関が高いかもしれないと考えた。そこで進学率の統計を見ている時に面白い発見をした。書店の数は、私立学校の進学率と緩やかに反比例しているということだ。都道府県ごとの私立学校志向を調べてみると、以下のような順位が分かった(※7)。

私立高校への進学率が高い都道府県(2021年のデータ)
1. 東京都: 進学率56.9%
2. 大阪府: 進学率48.0%
3. 福岡県: 進学率43.1%
4. 奈良県: 進学率42.9%
5. 愛知県: 進学率42.8%

特に都市部において私立学校が教育選択肢として広く受け入れられており、私立への進学率が高いことが確認できる 一方で、私立高校などの進学率が低い都道府県は、主に地方や過疎地に集中している。逆に、国公立学校への進学志向が高い都道府県の上位には、以下のようなエリアがある(※8)。

1. 新潟県:国公立進学率が最も高く、全体の進学率は99.57%
2. 石川県:99.43%で、非常に高い進学率を誇る県の1つ
3. 福井県:99.31%、北陸地方の他の県と同様に国公立志向が強い
4. 岩手県:99.30%、国公立学校への進学が主流の地域
5. 富山県:同じく99.30%、国公立志向が強い地域

これらの地域では、特に公立・国立学校への進学率が高く、私立進学が少ないことが特徴だ。多くの住民が国公立学校を選ぶことで、教育費が抑えられ、文化的な価値観が地域に根付いている可能性が高い。書店の数や図書館の利用率も高く、地域全体で教育と文化に対する関心が高いのだ。先に示した単位人口あたりの書店の数は、新潟は1.02、石川は1.34、福井は1.30、岩手は1.02、富山は1.04だ。平均が0.78なので、一定の関係を確認できる。

全体の議論を整理してみよう。書店の敵はアマゾンではなく、私立進学志向だったのだ。まず、人口密集地では書店の数は多いが、単位人口あたりの数は少なかった。東京、神奈川、大阪、京都といった人口密集地では、書店の絶対数は多いものの、人口1万人あたりの書店数は全国平均の0.78を下回るか、ほぼ同水準に留まっている。これらの地域では、教育に対する支出が多いものの、書籍の購入に対する余裕や時間が限られていることが考えられる。単位人口あたりの書店数が多い地域は教育熱心で私学が少ない特徴から国立志向が強いのだ。石川県、福井県、富山県、岩手県などの地方では、1万人あたりの書店数が1を超える地域が多く見られる。これらの地域は、教育熱心な家庭が多く、かつ国公立学校への進学志向が強いことが特徴だ。これにより、家庭が私立学校や塾などの高額な費用を支払う代わりに、図書や文化的な支出に対して余裕を持つ傾向が見られるのだ。私学志向の強い都市部では教育費が高く、図書購入に費やす余裕が少ない。それから読書する時間を塾や私学の勉強に回しているとも考えられる。東京、神奈川、大阪のような大都市では、私学志向が強く、教育費の多くが塾や私立受験対策、私立学校の学費に割かれている。これらの地域では、可処分所得が高くても、教育費が10%以上に達しており、書籍や図書に回す予算や時間が不足している可能性があるのだ。私学志向が強い都市部では、教育が競争的になりがちで、デジタル化も進んでいる。対して、地方では書店や図書館の利用が文化的活動として根付いており、公教育の質が高いことで、私学に頼らない教育スタイルが一般的だといえるのだ。

地方に書店を増やし、文化的な施設を増やす。生成AIやロボットが人間のライバルになる頃、都市部での過度な学歴競争は無意味なものとなり、文化や感情を育んで人間らしく育った地方の国公立志向の子どもたちが未来を創造する世界がくるかもしれない。

※1:https://link.springer.com/article/10.1007/s11769-023-1393-6
※2:https://www.nippan.co.jp/news/data2023_20231113/ 
※3:https://www.ohmae.ac.jp/mbaswitch/e-books 
※4:https://ryutsu-gakuin.nippan.co.jp/n-column-cat2-9/ 
※5:https://realsound.jp/book/2022/12/post-1206831_2.html#google_vignette 
※6:https://ecitizen.jp/Ssds/Indicators/_D0311501#google_vignette 
※7:https://nlab.itmedia.co.jp/research/articles/737617/ 
※8:https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/mieruka/db_top/link/performance_link/mext1_3_2.html 



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