早嶋です。(※約5100文字)
英語の表現に、”tolerance”がある。許容範囲や寛容さ、忍耐などを指す言葉だ。文脈により異なる意味を持つ。一般的な使い方について調べた。技術的な意味合い、社会的な意味合い、心理学的な意味合いがありおもしろい。
(技術的な意味合い)
製造や工学では、部品の寸法の許容誤差を指す。例えば、設計図には部品の寸法とともにその寸法がどれだけ誤差を許容するかが記載される。この許容範囲がトレランスだ。好きなアーティストにイサムノグチがいる。彼が35年間生み出し続けた竹の照明、AKARIがある。実に200種類以上のラインナップだ。現在、彼の商品は製造中止になっている。人気があり要望が多いのになぜと思う。彼のAKARIを再現する際の竹の品質、節の大きさや位置の指定。これらが設計の中に事細かく記載されているという。トレランスが小さく再現が難しいのだ。
技術の世界では、熟練する過程で、このトレランスが小さくなる場合がある。熟練した職人や技術者は、経験を積むことで作業精度が向上し、設計図通りに製品を製造する能力が高まる。彼らは、微細な調整や感覚を駆使して高精度な作業を行うことがでるようになる。ただ、この進化は諸刃の剣で、職人がいなくなれば、同じような仕様の商品が作れなくなるの。イサムノグチのAKARIでおきているの現象だ。
もちろん、CNC(コンピュータ数値制御)機械やロボットアームなどの進化により、機械加工の精度が飛躍的に向上している。これにより、設計図通りの精密な製品を一貫して製造することができるようになる。高度な測定技術や機器(例えば、三次元測定機やレーザー測定機)の導入により、製品の精度を正確に測定し、トレランスを厳密に管理することが可能になったのは事実だ。これが進めば、コピペが大量にできるようになる。でも面白いのは、コピペで作れば作るほど、1つあたりの価値が下がることだ。
熟練工は、長い時間の中で、自分たちが行う工程に工夫を凝らしてきた。現在の技術では統計的にプロセス制御を行う。製造プロセスにおいて統計的手法を用いて品質を管理することで、ばらつきを減らし、トレランスを小さくするのだ。有名なのはトヨタの生産方式だ。リーン生産方式は、無駄を排除し、効率を高める生産方式で、プロセスのばらつきを減らし、高精度な製品を製造することができる。
当然、複合的な要素もある。素材の向上だ。材料の品質が向上することで、製品の寸法安定性や加工精度が向上し、トレランスを小さくすることができる。ただ、ここは同じ商品を製造する関係者が、完成形を認識して、図面の中身を熟知する等が必要なので、上段でコメントしたことが効いて出来上がった結果だ。
同じ技術の世界でも、製造工学と薬理学では異なる。薬理学では、薬やアルコールの物質に対する身体の耐性を指す。使用者が同じ効果を得るために徐々に多くの量を必要とする状態だ。薬物に対するトレランス(耐性)が増加する理由は、身体が薬物に順応し、同じ効果を得るためにより多くの薬物が必要になるためだ。これは主に次のようなメカニズムがある。
薬物新陳代謝だ。長期間の薬物使用により、薬物を代謝する肝臓酵素が増加する。これにより、薬物が体内でより迅速に分解されるため、効果が減少し、より高い用量が必要になる。また、長期間の薬物使用で、神経細胞の受容体の数が減少する。業界では、ダウンレギュレーションと呼ばれ、これにより、同じ量の薬物では受容体に十分に結合できず、効果が減少するのだ。更に、脱感作という概念も説明される。受容体が薬物に対して敏感でなくなる現象だ。これにより、同じ量の薬物でも効果が薄れ、より多くの薬物を必要とするのだ。
他には、長期間の薬物使用により、神経伝達物質の放出や再吸収のメカニズムが変化する。例えば、薬物が神経伝達物質の過剰な放出を引き起こす場合、体はそれに対抗して神経伝達物質の合成や放出を減少させる。このため、同じ効果を得るためにより多くの薬物が必要になるというわけだ。後は、体が薬物の効果に慣れることで、行動的な適応が起こる。例えば、鎮痛剤の使用者が薬の効果に慣れると、痛みを感じにくくなる代わりに、薬物の用量を増やさなければならないことがある。最後に、1つの薬物に対する耐性が、同じカテゴリーの他の薬物に対しても耐性を引き起こすことがある。例えば、アルコールに対する耐性がある人は、他の鎮静剤や睡眠薬に対しても耐性を示すのだ。
技術的なトレランスは、熟練するとともに小さくなる。多くの要因が相互に作用した結果だ。熟練工の技術向上、機械と測定機器の進化、プロセスの改善、材料の品質向上、デジタル製造技術の発展などが、全てトレランスの縮小に寄与する。一方で、薬物に対してのトレランスは増加するのが面白い。身体が薬物の影響に適応するための生理学的および生化学的な変化が関与しているからだ。これにより、同じ効果を得るために薬物の用量を増やさなければならない皮肉がある。場合によっては、薬物乱用や依存症のリスクを増加させる。非常に興味深いのだ。
(心理的な意味合い)
心理的な意味合いでは、ストレスフルな状況や困難に対する耐性を指す。高いトレランスを持つ人は、ストレスに対してより適応的に対処することができる。心理的な側面でのトレランスはいくつかの視点がある。
大枠ではストレス耐性だ。個人がストレスフルな状況や逆境にどれだけうまく対処できるかを示す。高いストレス耐性を持つ人は、プレッシャーや困難な状況でも冷静に対応し、効果的な解決策を見つける能力がある。ストレス耐性は、心理的トレーニングやストレス管理技術を通じて向上させることができると言われる。
ストレスの中身を細分化すると、情緒的なストレスがある。強い感情や不快な感情に対する耐性だ。例えば、怒りや悲しみ、恐怖などの強い感情を感じたとき、それらを適切に認識し、コントロールし、破壊的な行動に走らずに対処する能力だ。情緒的トレランスは、自己認識や感情調整のスキルを通じて強化する。
未来に対する不確実性や予測不可能な状況に対して耐性を持つ不確実性を指すこともある。高い不確実性トレランスを持つ人は、変化や未知の状況に柔軟に適応し、不安や恐れを感じずに前向きに対処することができる。
目標と現状のギャップに対してのストレスもある。フラストレーションとする。目標達成に対する障害や失敗に対してどれだけ耐性があるかを示し、高いフラストレーショントレランスを持つ人は、失敗や困難に直面しても諦めずに努力を続けることがでる。
(社会的な意味合い)
社会的な意味合いでのトレランスは、他者の意見、行動、信条などを尊重し、受け入れる能力を指す。多様性のある社会ではトレランスが重要とされる。心理的なトレランスと社会的なトレランスは似たような概念にも聞こえるが、異なる。心理的なトレランスは、個人の内面的な耐性にフォーカスする。ストレス。つまり、感情、不確実性、フラストレーションなどに対する個人の対応力や耐性だ。一方で、社会的なトレランスは、他者や社会に対する寛容さにフォーカスする。他人の意見、信念、行動、文化、背景などを尊重し、受け入れる能力だ。
他人の意見を尊重するトレランス。他人が自分とは異なる意見を持つことを理解し、その発言の自由を尊重する。例えば、政治的な意見や社会問題に対する見解が異なる場合でも、その人の意見を尊重し、対話を通じて理解しようとする姿勢でだ。傾聴が得意な人は、自然とこのトレランスの許容が高くなると思う。他人の意見をしっかりと聴き、理解しようとする姿勢が求められるからだ。相手の話を遮らず、先入観を持たずに耳を傾ける。書くのは簡単で実践するのは一生かかる技術だ。
他者の信念を尊重するトレランス。他人が持つ宗教や信仰を尊重し、その信仰を受け入れる。異なる宗教を持つ人々が共存し、互いの信仰を尊重し合う社会だ。過去、縄文時代の日本社会はこのような文化の中、様々な価値観や文化や信仰を受け入れてきた。日本の神道のベースとなる信仰は、太陽信仰からはじまり、自然の畏怖を恐れ感謝し、受け入れた。自然とアニミズムが浸透して、結果的に多神教的な発想になったのだ。
ライフスタイルを尊重する考えもある。他人が選択するライフスタイルを受け入れることだ。結婚や子育て、キャリアの選択など、個人の生き方に対する尊重だ。ポイントは、法や倫理に反しない限り、他人の行動の自由を尊重し、干渉しないことだ。一方的に法を根拠にライフスタイルを尊重する輩は嫌いだ。重要なのはモラルで他者に迷惑をかけない範囲で自信のライフスタイルを尊重すると自然に周りに対しても、周りからも寛容にされると思うのだ。
異なる文化や習慣を持つ人々が共存する社会では、互いの文化を尊重し、学び合う姿勢もあってよい。異文化交流や多文化教育の推進は理にかなっている。他人の文化や伝統を理解し、それに対する敬意を持つことで、はじめて共存がスタートされる。自分が正しいと捉えるのではなく、それぞれが正しい。そのため、それぞれの視点や考える背景に理解や興味を示すことが大切だ。経済的な状況や社会的な地位に関わらず、すべての人を平等に扱い、その背景を理解する姿勢だ。これには異なる教育や家庭環境を持つ人々の背景を尊重し、理解しようとする行動も含まれる。
社会的なトレランスは、異なる意見、信念、行動、文化、背景を持つ人々を尊重し、受け入れる能力だ。多様な社会の中で互いに理解し、平和に共存することが可能になり、そのために、個々人が意識して他人の違いを尊重し、理解しようとする努力が求められるのだ。
(考察)
心理的トレランスと社会的トレランスには共通して寛容さを含む。心理的なトレランスは個人の内面的な寛容さを指し、社会的なトレランスは他者に対する寛容さを指す。そして、どちらも困難や違いに対する対応力を強調する。心理的なトレランスは個人的な困難に対する対応力を、社会的なトレランスは他者の違いに対する対応力を示す。
逆に異なる部分もある。心理的なトレランスは主に個人の内面的な問題や困難に対するものであり、社会的なトレランスは他人や社会に対する態度や行動に関わる。心理的なトレランスはストレス管理、感情調整、適応力などのスキルに依存し、社会的なトレランスはコミュニケーション、共感、多様性の理解などのスキルに依存する。
技術的なトレランスは、デジタルのように、完全に一致しなければ完成しないし、価値を生まない。アナログの良さは、そのトレランスの許容があるがゆえに、なんとなく相互依存している関係があるのではないか。人は元来、すべてを受け入れながらも、自分の領域を一定確保して均衡を図ろうとしているのではないだろうか。薬理学でみたように、徐々に受け入れの許容を増やしてしまう能力を持っている(薬の場合は、これがネガティブに働くことも多いが)。
0と1などの記号で定義される世界。すべてをアルゴリズムで規定され、完全に再現される世界。それよりも、元来自然を崇拝して、困難があるからこそのたまの幸せ等に価値をおきてきたアナログの世界が人の生きるべき方向ではないか。
兼ねてから、「あそび」という言葉が好きだ。トレランスの概念を日本語で表すに相応しいと思う言葉だ。ニュアンスとしては、余裕、許容、余白などを含む。技術的な文脈では、部品の寸法や仕様に対して多少の誤差を許容する余地があそびだ。あそびがあることで、現調でトラブルが生じても臨機応変に対応できるのだ。
機械的な文脈では、部品同士の接合部や可動部分において、動きやすさを確保するために設けられるわずかな隙間や緩みを指す。デジタルにあそばはないが、機械の動作を滑らかにするために必要な微小なスペースがあそびだ。あそびをもたせた機械の動きは非常に美しいと思い、時計を作ってみたい動機が生まれた。
一般的な文脈では、ある基準や範囲内で許される変動や誤差を指す。技術的な仕様や品質管理において、設計図や標準に対してどれだけの誤差が受け入れられるかを示す。スケジュールや計画にもあそびをもたせる。計画通りいってほしいが、なにか発生することを前提にする概念だ。ゆったりとしてよいでは無いか。
”tolerance”の翻訳がすっとはいらない理由が分かった。文脈に応じて適切な言葉や概念が逆点することもあるからだ。が、それらをあそびとすることで、私は一定の理解を得たと思う。
(過去の記事)
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