香港のデモの昔と今と将来

2019年12月2日 月曜日

早嶋です。

11月末に2泊だが香港に行く用事がありました。その中で一連のメディアを騒がしているデモの背景や今後を知りたくて、現地の若者の声を聞きながらどんな現状なのかを自分の考えてとして整理しました。

1. 11月末の香港
逃亡犯条例改正案をきっかけに抗議活動が始まった香港。2019年11月24日の区議会選挙は、民主化運動に前例ない勝利をもたらしました。一連のデモはピークを超えたようですが、中国本土の企業や中国寄りの企業に怒りの矛先が向けられた形跡が未だ街中に残っていました。店頭の落書きは可愛いもので、店舗が破壊され、再び影響を得ないようにガラスのみならず店舗の壁面などは木や鉄などの素材で生生しく保護されています。竹で足場を組み修復している店舗は、街のあちらこちらで観察できました。

特に中国銀行をはじめとする中国大手銀行の店舗は破壊された後を垣間見ることができ、ATMなども含めて被害が相当だったと想像できます。エリアによってはスタバや日経の吉野家、元気寿司、そして博多の一風堂なども被害を受けていました。

背景を調べると、上記の香港FC店舗を運営している企業は、地元飲食大手の美心集団(マキシムズ・ケータラーズ)が運営していました。美心創業者の娘がジュネーブで開かれた国連人権理事会で香港のデモについて批判的な発言をしたことに対して報復的に襲撃されたのです。

同様に吉野家を運営する香港FC店の現地企業は香港政府と警察を支持している親中派企業です。デモに関与する社員を無理矢理解雇するという趣旨の発言があったことをきっかけに攻撃対象になり、同時に香港市民はボイコットしていると現地学生が話していました。

スタバや日本のFC店舗が被害を受けている様子を報道で見たとき、日本への何らかの反感があるのかと思いましたが、完全なミスリードでした。香港という土地柄、多くのグローバル事業を行っている資本が、どのような思想を持ち、どのような組織とつながっているか。また一連のデモに対して、どのようなポジションを持つかを理解しなければ、多くの誤解を招き兼ねないと感じました。

2. 「逃亡犯条例」改正の背景と疑問
そもそも香港政府が「逃亡犯条例」改正を提訴するきっかけは台湾での殺人事件です。2018年2月、香港から台湾旅行中に男が交際相手の香港女性を殺害した疑いが持たれました。男は香港に戻り、台湾で起きた殺人事件に対しての訴追を免れました。理由は、香港と台湾の間で容疑者の引き渡しを行う取り決めがなかったからです。そのため台湾での司法手続きが進まなかったのです。

香港政府は2019年4月に、この殺人事件を理由に、香港当局が身柄を拘束した容疑者に対して、台湾や中国本土に対して身柄の引き渡しが可能にできる条例改正案を立法会議に提起します。その結果、様々な思惑が交錯し、市民の大反発からやがて一連の大規模な抗議活動に発展したのです。

日本での報道を聞く限り、「中国政府が香港に対して何やら強引に・・・」というニュアンスが漂うのではないでしょうか。一連の香港におけるデモ活動を理解するために、いくつかの視点を確認してきました。

3. 歴史的背景
今回のデモ(デモ隊と警察の衝突)は、2019年7月1日、香港がイギリスから中国に変換されて22年を記念する式典の最中、立法会の近辺で勃発しました。

香港は、150年以上の間イギリスの植民地でした。1842年、アヘン戦争の後、香港島はイギリス領になります。その後、当時の清朝政府からイギリスは当該エリアを99年間租借します。これをきっかけに香港は貿易港として発展しました。1950年代には製造業のハブとして更に経済成長を遂げ続けます。同時に、中国本土の政情不安から貧困や迫害を受けた人たちが香港に移り住むようになりました。

1980年代前半、イギリスと中国政府は将来の香港について協議を開始します。この際、中国共産党は返還後の香港は中国に従うべきだと主張しました。中国の立場を鑑みるとある程度理解できる主張です。

そこで、協議の結果1984年に合意されたのが1997年に一国二制度として条件付きで中国に返還されることでした。その条件は、返還から50年間は外交と国防問題以外では高い自治性を維持できるというものです。香港は特別行政区になり独自の制度と国境を持ち表現の自由などの権利等も保障されるように約束されました。

1997年から20年近く経った今、中国の経済は当時想定出来ないレベルにまで成長しています。当然に中国政府からしても香港の立地や世界における役割は当時話合あったときと違って見えるのかもしれません。一方で、香港と同様の役割担うエリアとして上海や深センが代替として成長しているため、昔ほど気にならない存在に写っているかも知れません。

ただ香港に住む人々の見解は、「自由が徐々に減ってきている」ということのようです。例えば、
 香港の人権団体は、高等法院が民主派議員の議員資格を剥奪した事例などをあげ中国政府の香港自治への介入を批判
 香港の書店員が次々と姿を消す事件
 香港の富豪が中国本土で拘束された事件
 香港のアーティストや文筆家は検閲の圧力に晒されている
など、その見解を助長する出来事は枚挙にいとまがないのです。

4. 香港人の民主化とアイデンティティのギャップ
香港の民主化についても疑問があったと思います。香港政府トップの行政長官は1,200名程度からなる選挙委員会で選出され、その構成の多くが中国政府寄りでした。

更に立法会議席は香港の有力者に直接選出されるわけではなく、議席の大部分が親中派の議員で占められていました。多くのニュースソースを参照すると有権者に選ばれた議員の中には中華人民共和国香港特別行政区への忠誠を正しく述べることを拒否し、「香港は中国ではない」旨のメッセージを掲げることで議員資格を剥奪された人もいました。

香港に住む多くの人は民族的には自らを中国人だと認識しており、香港は中国の一部と考えているようです。しかし同時に多くの香港人は自分たちを中国人と思っていません。

実際、このようなサーベイを行っている香港大学の学生に直接話しを伺ってみました。自分たちが行ったサーベイでは自分たちを中国人と思う割合は1割強しかいないとのことです。そして、その傾向は世代が若くなるほど大きくなり、香港人としてのアイデンティティを若者ほど大切にしているそうです。彼ら彼女らは法的にも、そして社会的にも、また文化的にも中国と違うと考えているのでしょう。

5. 職にありつけないと思い込む学生
今回の一連のデモ活動は、香港に行く前は政治的な不満に起因するという理解でしたが、香港の大学生と話をして感じたことは、就職や先行きの不安という側面も無視できないということです。

地元の大学生によると、抗議者の8割以上は不公平な社会構造に怒りを示しています。そして9割以上は貧富の格差が不当な水準まで達していると感じています。

考えてみれば、フランス革命以降、多くの政治的な理由で自由や民主主義を大義とする革命が起きていますが、その裏側には常に生活苦や将来への不満がありました。今回の香港デモの参加者の特徴は、その多くが20歳代で、大卒程度の学歴を持っているか、在学中の生徒が大半だという事実です。

世界の金融が集まる国際都市香港は、金融やビジネスコンサルティングなど知識集約型の事業が高度に発展しています。当然、家庭では教育に熱がはいります。しかし現実は良い大学を卒業したからといって新卒者は希望する職にありつけないのが現状です。

それは次のような理由です。香港にはそもそも世界中から優秀な人材が集まります。また、既にその世界で経験を豊富に積んだビジネスパーソンが揃っています。英語が普通に通用するという理由も、豊富な人材で溢れる環境を手助けしています。そのため例え高学歴の新卒でも良い就職口が簡単に見つかるわけではないのです。

何人かの学生も口にしていました。「一生懸命受験勉強して大学に入ったのに、いい仕事につく希望が持てない」と。香港の大学生は優秀な反面、いわゆる21世紀型の教育ではなく、20世紀型の教育、詰め込み教育、答えありきの瞬発力を鍛える教育の中で育ってきたのです。そのため21世紀型の、真のグローバル化に対応できていない学生が山のようにいると複数の学生と話をして感じました。

確かに、香港の今の状況は学生にとって大変でしょう。しかし、一方で香港では就職が出来ない、或いは高く評価されなかったら自ら起業するか、別のエリアに行き自分の価値を認める企業を探せば良いのにと思います。香港というエリアに固執しすぎて視野が非常に狭くなっている側面も否めませんでした。

6. 急速な人口増加の影響
1980年の香港の人口は510万人程度でした。それが今では750万人を超えています。単純計算で毎年6万人弱の人口が増え続けています。近年は香港でも少子化が進んでいることから人口増加の原因は人口自然増ではなく流入人口によるものです。

実際、2018年は前年よりも7.3万人増加しています。出生数から死亡数を引いた人口自然増は6,300人程度なので凡そ6.8万人もの流入人口の増加があるのです。

流入人口の7割は単程証の所有者といわれます。単程証は、香港人の中国本土の配偶者や中国本土で生まれた子供を呼び寄せる移民政策です。香港返還から既に100万人を超えています。

地元香港人によっては、本土からやってくる中国人が格差を助長していると考えています。中国本土で成功した金持ちが香港にやってきて不動産を買い住宅価格を釣り上げているからです。しかし見方をかえると、単程証は香港の不動産が動くため、結果的に香港政府にお金が入ります。そのため香港政府は単程証により香港の経済活動がプラスになると考えているのです。

若者の不満は就学にもあると思います。香港には優れた教育機関が多数存在します。名門校は当然ながらステータスとなり競争が激化します。これが単純に学力だけの戦いだけであれば納得するでしょうが、教育機関によっては家柄や親の職業を示す推薦状が必要で更に狭き門になっているのです。

香港が中国の支配下になって以降、共産党や中国国有企業の幹部はこぞって自分の子供を香港の教育機関に通わせようとします。そのため転入学やコネ入学などの噂が広がります。実際にそのような事実があるか今回は確認出来ませんでしたが、定員枠があるなかで、元々の香港人はその影響を受けて入学がますます困難になると感じているのです。

7. 好景気の落とし穴
1997年にイギリスから返還された後、香港には中国本土や様々なエリアから投資と同時に観光客が押し寄せます。また中国本土との取引も活発になり好景気に沸きます。

当然、好景気は生活物価を押上げます。香港の平均所得や生活水準は先進国並みなのに対して、2018年の香港のインフレ率は2.4%と発展途上国並といえます(日本は0.9%、韓国は1.4%、そして中国本土でも2.1%、世界銀行の統計情報を参照)。

長期的にはインフレの影響で賃金も上昇するでしょう。しかしデモ活動に参加する若者は年長者と比較して所得水準は低く、急激なインフレによって生活が苦しくなっていると感じているのでしょう。

格差を表す指標として多くの機関が利用しているジニ係数があります。一人ひとりの所得が均等に分配されている場合、ジニ係数は0(ゼロ)に近く、所得の格差が大きくなれば1に近づく指標です。

香港は世界中の金融関係やコンサル関係の仕事が集まり、その結果、世界屈指の各社社会になっています。変換前の1986年のジニ係数は0.45程度でしたが、現在は0.54くらいで非常に高い水準です。先進国で最も高い米国でも0.41です。

全体として景気が良い香港ですが、その波に乗れない人々が多くを占め、特に実質所得が低い若者にとっては非常に生活しにくい場所になっているのです。

8. 世界一高額な家賃と香港政府の関係
香港には750万人が住んでおり、限られた土地に対して住宅の需要が不足する状況が続いています。香港は税優遇があるため金融の中心として栄えてきました。ここに携わる人々と一般の人々では収入状況が全くことなります。

わずかな土地を多数の金持ちが欲しがるため土地や住宅の価格はどんどん転売され更に上昇する仕組みです。当然に低所得者からするととても厳しい環境です。

政府筋の話によれば住宅の半数は香港政府が供給します。所得が低い人向けの住宅です。これらは公共事業に相当するため住宅開発や売買において香港政府にマージンが入ります。

残りの半数は不動産市場によって供給されます。当然、需要過多なため富裕層や海外の投資家により競争状況になります。結果、土地や住宅の価格は常に高等します。当然、投資対象となり、富裕層は更に富を得る構図が出来上がっています。

香港政府は全ての土地の売買に対して関わることになるため、土地や住宅の高等と売買は、政府にとっても格好の収入の糧になっているのです。香港政府は税収のかわりに不動産収入でインフラを整えているため、香港全体の相場が下がれば政府の収入は連動して減少します。富裕層や投資家にとっても相場が下がることは資産が目減りすることを意味するため土地や建物の価格が高騰する方向になるのです。

現在、香港で平均的な人が家を買う場合、平均収入の約18倍の価格が相場です。2019年時点での日本の平均収入が441万円です。香港の相場に当てはめた場合、平均的な住宅相場が441万円✕18年≒7,940万円になるということです。香港は現在、地球上で最も不動産を取得することが難しいエリアになっているのです。

9. 君たちはどう生きるか
これまでみてきた通り、デモのきっかけは犯罪者引き渡し条例の審議でしたが、様々な要因が複雑に絡み合った状況が突如噴火したような状況になっていると言えます。返還後、急速な経済成長の果実を得た40歳代以上の年長者にとっては結果的に差し引きゼロの恩恵を受けたかもしれません。しかし、返還によって思いの外良い思いをしていないと感じる若い世代には不満と将来への不安が募っているのです。

昭和を代表する知識人として知られる、そして岩波書店の取締役になった吉野源三郎の著書「君たちはどう生きるか」の一節に次のような話があります。

雨の中、父を無くした主人公が銀座のデパートの屋上でおじさんと話をしています。主人公は列をなして道を走る車や人々をみて「人は分子のようにちっぽけな存在だ」と思うと話します。自分が育ってきた時に飲んでいたミルクが、はるか遠くオーストラリアの牛から作られ、自分が飲むまでに無数の人が関わっていることを想像します。「あらゆるものが無数の人間同士の絶え間ない関係によって存在することを想い、人間分子の関係、あみ目の法則」と名付けました。

この話におじさんは、主人公に語ります。「人間は人間同士、びっしりとつながり、互いに切ってもきれない関係にいながら、そして大部分があかの他人だ。そして、このあみ目の中で得な位置にいる人と、損な位置にいる人との区別があるということだ。」と。

この著書は、満州事変(1931年)の後、日本が軍国化する時代に書かれ、著者である吉野源三郎は軍国主義に向かう日本に生きていかざるを得ない少年少女たちに、「自分で考えて自分で責任を取る大人になり希望を忘れてはいけない」というメッセージを残したと思います。このメッセージは戦後75年以上も経った今でもあらゆるエリアにおいて重要な意味があると思い出しました。

香港然り、日本も予測のつかない状況です。しかしながら資本主義社会というルールの中で生き残るためには、グローバル化し、市場を開放する方向性に向かうでしょう。香港と日本の違いは、香港は急速な上りの格差で多くの若者が苦しんでいます。一方、日本は下りの格差によって同じような状況に陥ってもおかしくありません。

いずれにせよ、自分のアタマで考えて、自らリスクを取って行動して、結果に責任を持つ基本的なスタンスは普遍的に役立つ考え方だと短い視察の中で再認識しました。

2019年11月29日 2泊の香港視察を受けて執筆
早嶋聡史

参照

Why are there protests in Hong Kong? All the context you need https://www.bbc.com/news/world-asia-china-48607723



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