新規事業の旅170 AとBのジレンマの処方箋

2025年4月18日 金曜日

早嶋です。約2700文字です。

(AとBのジレンマに陥る理由)
組織において、「A=重要だが成果がすぐに出ない取り組み」と「B=目の前の成果が出る取り組み」という構造は、現実的には常に並存している。そして多くの組織において、AとBは戦略的に使い分けられることなく、結果的に両立せざるを得ない構造に陥っている。その背景と要因について、整理する(詳しくは前回のブログも参照して欲しい)。

まずは、A(長期的かつ不確実な取り組み)が機能しない理由だ。個人の能力ややる気に起因するものではなく、組織構造に根ざした問題で、次の4つに集約される。

1組織文化(風土)
失敗を許容しない文化、完璧を求めすぎる空気が、Aのような不確実な取り組みを着手困難にしている。Aに取り組むことで、結果が曖昧になることや未完成な状態を見せることが、組織内で「やっていない」「失敗している」と見なされる恐れがあるため、A自体が避けられるのだ。

2評価制度
Bのように成果が明確な業務は評価しやすく、評価制度はBを前提に設計されている。一方で、Aの取り組みは評価軸が曖昧で、途中経過やプロセスが可視化されにくいため、評価対象にならない。そのため、人は合理的にBを優先する。

3危機意識の欠如
かつてはBだけで成果を出せる時代が続いた。しかし今は、構造的な変化の中でAの重要性が高まっている。しかし、「いま変わらなくても目先は安定している」という集団的錯覚によって、Aへのシフトが遅れているのだ。

4リソース配分
人材・時間・予算などの限られたリソースは、評価されやすく成果が見えやすいBに集中しがちである。その結果、Aに取り組む余白がなくなり、たとえ志があっても動けないという状態が生まれる。

(AとBが結果的に「両立せざるを得ない構造」になるのか)
上記の4つの要因は、単独ではなく複合的に組織に作用している。そして、たとえ意識的に「Aに専念しよう」としても、日々のB(業務・対応・成果)から完全に切り離すことは困難である。

たとえば、組織の評価制度がBで構成されている限り、Bをこなさないと組織内での信用を失う状況がある。たとえば、リソース配分においてAに割り当てられるのは「余剰」や「空き時間」になりがちで、実際にAを行うリソースをどうやっても工面できない。たとえば、上司や周囲の空気がBを優先していると、Aの着手に対して罪悪感すら生まれる。上司は将来の重要性の意識はあるが、上司すらも短期的な成果でしか評価されない現実がある。

その結果、AとBは戦略的に分離されず、同じ人がAとBを兼務するという構造が常態化するのだ。Aに取り組むはずの時間も、Bに押し流される。兼務体制が前提となると、Aが進まない理由はより強化され、やがて「Aに着手できない構造そのもの」が常態化する。

(処方箋としての5つの提案)
この構造的ジレンマを打破するために、以下の5つの実践的解決策を提示する。これらはすべて「Aに時間とエネルギーをどう確保するか」を意図している。

1:Aの進捗を「見える化」し、可視的な成果として扱う
OKRやKPIをA用に設計する。途中経過や仮説の数、アウトプット数などを定量化する。そして、経過毎のレビュー頻度を設けて、「やっている感」「進んでいる感」を組織的に育てることだ。

たとえば、新規事業開発では、企画書のドラフト数、ユーザーインタビュー件数、仮説検証レポートの本数を週単位で可視化している企業がある。これにより成果が出る前の「動いている状態」が定義され、評価されやすくなる。

2:A専用の「オフサイト時間」をつくる
月に2回とか、週に1回半日とか「B業務を禁止する」時間帯を設けるのだ。Aに取組む場所も社外にするなど、非日常的な空間で思考を構造的に切り替える取組だ。

たとえば、IT企業では「イノベーションフライデー」として、毎週金曜午前を既存業務から切り離し、リサーチ・アイデア創出・外部イベント参加に使う時間として制度化している。場所もあえて本社から離れたコワーキングスペースを用いているなどがある。

3:仮の締切や発表機会を設ける
完成度に関係なく、中間レビューやラフ発表を設けることで、行動のモチベーションと緊張感を創り出すイメージだ。

たとえば、ベンチャー企業では「月1ピッチ大会」を実施し、構想段階の事業アイデアや調査進捗を社内外にプレゼンする機会を設けている。これにより、日常のB業務に埋もれがちなAを「発信前提」で進める文化が醸成されるようになる。

4:チームで進める共有型のAプロジェクト化
Aを個人任せにせず、チームで持つことによって放棄や停滞を防ぐ。他者の目があることで質も進捗も上がるだろう。

たとえば、製造業のある企業では、R&Dテーマに関して3人から5人の「構想小隊」を組み、週次でブレストとタスク分担を実施している。共有責任化により属人性が薄れ、継続性が構造的に高まっている。

5:Aに関する役割・称号を明示する
「Aリーダー」「未来企画担当」など、役割を組織内で明確に定義することで、時間と行動の根拠を持たせるのだ。

たとえば、広告業界の企業では「イノベーション推進役」という職名をあえて与え、毎週10時間を未来構想に費やすことを正式な業務として認めている。周囲の認識も変わり、Aの取り組みが「業務」として定着している。ある中堅企業ではSDGsの取り組みに対して、若手選抜メンバをトレーニングして「SDGsリーダー」という役職を与えた。業務の10%相当の時間をチームで取り組めるようにしている。

(両立の幻想を捨てる)
ここまでの議論で明らかになったのは、AとBを兼務させると、ほぼ確実にBが勝つ構造が存在するということだ。だからこそ、本来的には「分けるべき」である。しかし、分けられない現実の中では、「構造そのものを変える仕組み」が現実的だ。

もちろん、トヨタのような大企業は、資源の豊富さゆえにAとBの両立が可能になる。すなわち、資本とは時間と多面性を買う力があるのだ。中小企業やスタートアップにとっては、むしろ「今はBで堅実に、将来Aをやる」とか、「Aに賭けて一点突破する」など、戦略的選択と集中が求められる。

是非、みなさんも部下を観察しながら問うてみて欲しい。自分の組織は、「いま本当にAをやろうとしているか?」 それとも「やっているフリの中で、Bに流されているだけなのか?」AとBは呼吸のように交互に必要だ。だが、その呼吸を組織として設計できるかどうか。それが戦略の核心であり経営者の役割だと思うのだ。



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