早嶋です。2800字。
組織の中で、明らかに「重要」と認識されているのに、なかなか進まない仕事がある。たとえば、部下の育成計画、新規商品の企画、新規事業の構想や調査等だ。いずれも短期的に成果がでにくく、長期的な成果を見込む仕事である。ここでは、これをAとしよう。一方で、日々の業務やルーティン、定量目標の達成など、すぐに成果や評価に結びつく仕事は、誰もが必死にこなしている。これをBとしよう。
Aは必要だと頭ではわかっている。しかし、ついBに時間を奪われてしまう。このような構造的ジレンマを「AとBのパラドックス」として整理してみる。このパラドックスは、どんな組織にも存在しており、ますます深刻で、戦略的に重要な課題として浮上している。
(AとB、二つの仕事の本質)
まず、AとBの違いを明確にしておこう。Aは「組織の中で明らかに重要と認識されているが、なかなか進まない仕事」。Bは「日々の業務やルーティン、定量目標の達成など、すぐに成果や評価に結びつく仕事」。AとBは「どちらが重要か?」という問題ではない。どちらも重要で、どちらかだけでは組織は成り立ちにくい。
問題は、Aをやりたくてもやれない構造が組織内にあることだ。そして、その構造を自覚しないまま、組織はAを後回しにし続け、結果的に持続的な成長が難しくなっていく。
A:長期的に重要だが、すぐに成果が出ない仕事。成果が不確実/評価されにくい/習慣化しにくい。
B:目の前で重要で、すぐに成果が出る仕事。成果が明確/評価されやすい/習慣化しやすい
(Aが機能しない組織の構造的な原因)
読者の組織で、Aに相当する仕事は何があるだろうか。そして、その根本的な原因は何だろうか。20年間、さまざまな業種・業界、規模の大小の組織を観察してきて、私はその理由が大きく4つに集約されると考えている。すなわち、文化(組織風土)/評価制度/危機意識の欠如/リソース配分の失敗である。
文化(組織風土)
これは、失敗が許容されない文化や、完璧を求めすぎる空気が、結果としてAを妨げている。あるいはAの着手を、極端に高い壁のように勘違いさせる個々人や組織のマインドがある。Aは成果が不確実で、評価されにくい。前例が無いので習慣化されにくい。従い、Aに取り組んでいる場合、中途半端な取り組みや、失敗するチームのように思われるのではないかと、過度に恐れてしまう。
評価制度
Aに取り組んでいること自体が評価されない組織では、そもそも誰も動かない。Bは数字で評価しやすいが、Aはプロセスや途中経過を評価する設計が必要だ。さらに、Aは「どのような状態になれば成功か」という定義すら曖昧なままのことが多い。多くの組織が、短期成果偏重の制度に収束してしまっている。評価されない仕事であるがゆえに、誰もAに時間を割かなくなるのだ。
危機意識の欠如
そもそも、Bの仕事だけをこなしていれば、給与が安定して得られた時代があった。しかし、社会は変わった。多くの人が、Aの必要性を「なんとなく」感じている。だが、Bをやっていれば目先の未来は安定するという幻想にとらわれている。Aの必要性が高まっているにもかかわらず、組織内ではその温度感にズレがある。それがAの停滞を引き起こすのだ。
リソース配分の失敗
上記の3つの流れの結果として、人材も時間も予算も、目先の成果が見えるBに投下される。経営陣も含めて、Aに必要な「余白」の概念を理解できず、作れない構造になっている。そのため、Aの仕事にかける量も回数も期間もバラバラになり、何をやっても成果が出ないように見えてしまう。
そう、Aを妨げるのは、能力ではなく構造なのだ。
(Aだけをやる組織、Bだけをやる組織)
主力事業が成熟もしくは衰退期に差し掛かっている企業は、AとBの両立を目指すことが多い。だが、意図的にAのみ、あるいはBのみを行う組織も存在する。
Aを徹底するのは、主に起業フェーズやイノベーション企業だ。仮説を立て、未来を見据え、形のないものを信じて動く。これはとても尊い営みだと思う。だが、成功すればするほど、Aで生まれた製品やサービスがBに変わる。商品が売れるようになれば、非線形のイノベーションよりも、線形的な改善やオペレーションの効率性、そして拡張が求められるようになる。すると、組織は知らず知らずのうちに、Aの取り組みが弱まり、Bの効率と再現性に最適化されていく。
逆に、Bだけを続ける企業もある。「変わらないこと」を強みにする戦略だ。たとえば、日本の地方銀行や地場の中小企業などが該当する。さらに大きな組織でも、戦略的にBを続ける場合がある。トヨタなどはその好例で、B(ハイブリッド)を軸に据えつつも、A(Woven City、水素、電気自動車)にも継続的に投資している。
そして興味深いのは、“30年以上Bを続けてきた「日本そのもの」”だ。今、世界が変調をきたす中で、日本の存在が浮かび上がってきている。変化が美徳とされた時代に、「変わらないこと」に価値が出る局面が生まれている。グローバル化・IT化・資本主義の先鋭化を突き進んできた諸外国が混迷する中、日本のように変化を最小化してきた社会が、「安心」「秩序」「清潔」「安全」として再評価されているのだ。観光、農業、製造業、文化財など、「守り続けてきたこと」が強みに変わる、希有な例と言えるかもしれない。
(戦略提言:資源量に応じてAとBのバランスを変える)
冒頭で述べたとおり、AとBは「どちらが重要か?」ではない。両方ともに必要だ。問題は、Aをやりたくてもやれない構造を持ってしまうことだ。そして、構造がそれを許さない場合には、明確にどちらかに振り切る必要がある。
組織としてAとBを同時に追うには、それなりの資源が必要だ。トヨタは、既存の強いB(オペレーション)からキャッシュを生み出し、それを原資として未来志向のA(Woven City、水素自動車、電気自動車)に投資している。いわゆるPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)理論を、極めて合理的に体現している。
一方で、資源が限られた中小企業やスタートアップは、AかBのいずれかに戦略的に絞るべきだ。両方を中途半端にやれば、どちらも成果を出せず、やがて組織が疲弊してしまう。だからこそ、今はBで耐えて資本を貯めるのか、それともAに賭けて未来の市場を先取りするのか、戦略的に決断することが求められる。AとBを曖昧に共存させるのではなく、意図的に選択し、明確に言語化して組織全体で徹底することが重要なのだ。
AとBは、対立する概念ではない。呼吸のように、変化と定着、探索と深化のリズムで、組織を循環させるものだ。問題は、それを意図的に設計できているかどうか。AとBのバランス、そして「いま自分たちはどちらをやるべきなのか」という問いを、静かに組織の中で問い直す時期に来ているのだ。