早嶋です(約5400文字)。
コロナ後、日本のデジタル化は加速した。これはあらゆる業界に当てはまる現象だと思う。今回は、広告の世界について考えてみる。結論、従来のオールドメディアであるテレビ広告は、更に厳しい状況になるだろう。
(コロナ前後の媒体の変遷)
コロナ禍、日本社会は一気にデジタル化が進み、広告市場においてもデジタル広告の割合が増加した。一方、オールドメディア(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)広告費は縮小傾向を強めた。2019年12月に中国武漢できな臭い動きがあり2020年は全世界でパンデミックに陥った。日本は2020年の5月頃に緊急事態宣言を発令している。その2020年、デジタル広告は初めてテレビ広告費を上回り、日本の広告市場の最大シェアを占めた。そして2023年、デジタル広告費は総広告費の約45.5%に達し、過去最高を記録した。増加要因は、eコマースの成長、SNS利用の拡大、リモートワーク普及によるオンライン接触機会の増加などとされる。
一方で、オールドメディアは、コロナ禍でのイベント自粛や経済停滞に伴い、オールドメディアの広告費は軒並み減少した。2020年以降、テレビの視聴時間は増加したものの、広告費は減少傾向だ。新聞広告も急激な減少が続き、コロナ後も回復の兆しがない。更に、雑誌広告はニッチな分野での広告が中心となり、縮小が顕著だ。大手アパレルなどは、自社媒体としての雑誌を製作するようになり、ますますオールドメディアの雑誌媒体は厳しくなった。唯一、ラジオ広告は比較的安定しているものの、デジタル広告に押されている節は否めない。
ざっくりとした割合だが2019年のデジタル広告の割合は全広告費の約30%、それがコロナ後の2023年に約45.5%になっている。同様にオールドメディアはコロナ前は約50%だったが、コロナ後は約32%まで低下しているのだ。
今、この瞬間、非常に面白い社会実験が始まった。フジテレビの一連の不祥事がトリガーだ。多くの大手広告スポンサーがTVCMを差止めしている。そして、マーケティング担当者は薄々気がついていた。「実は、テレビのCMの出稿を止めても、売上に影響がないのでは無いか?」と。そして、その実証を堂々と試すチャンスが到来したのだ。そう言う意味では壮大な社会実験がスタートしたのだ。そもそもオールドメディアの広告効果に対しては眉唾だった。おそらく2025年を堺に、デジタル広告シフトが一気に加速するだろう。オールドメディアと異なり、mROIが確実にわかるからだ。
(レレビCMを止めても影響がない?)
テレビCMを止めても売上に影響がない可能性を考える。これまで、テレビCMがブランド認知や商品の浸透に貢献すると言われてきた。しかし、以下の点で広告主は疑問を持ち続けている。まず、定量的な測定が出来ない点だ。テレビCMでは、どの程度の視聴者が広告を見て購入に至ったかを正確に把握するのは難しい。更に、テレビCMはターゲティングの精度が極めて低い。テレビCMは幅広い層にリーチできるのは確かだが、広告主が狙いたい特定の層に効率的にリーチする手段としては限界がある。そして、視聴者の行動変化だ。視聴者の多くが録画視聴やエンタメに対しては動画配信サービス(Netflix、YouTube)に移行し、リアルタイムでのCM視聴が減少している。しかも録画で見る場合はCMを飛ばすためにお金をかけているくらいなのだ。CMは邪魔者扱いされている。
総務省の「令和5年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によるとインターネットの利用率は高水準にあり、年齢が上がるに連れて利用率が低下することが分かる。10代が83%、20代909%、30代85%、40代84%、50代76%、60代以上が55%だ。
一方でテレビのリアルタイム視聴は依然として高いが、若年層での利用率は低下傾向だ。ただし、テレビは「ながら」の視聴が多く、消費者の行動形態が10年前と大きく変わった。企業の広告担当者の判断が難しかったのは、テレビの利用率が10代で83%、20代で71%。30代で76%、40代で84%、50代で86%、60代で89%と高いことだ。しかしテレビをつけた状態で、他の行動を並行して行う「ながら」が常態化していることを考えると、額面通りに数字を考えるのは危険だ。スマートフォンを操作したり、食事をしたり、家事をしたりする間にテレビが「ついている」だけの状況がかなり含まれるのだ。テレビ視聴時間のデータは、通常「テレビがついている時間」として計測されるため、統計的には正しいが、マーケティングに活用するためにはバイアスがある。視聴者がその番組を真剣に見ている時間と、「テレビがついている時間」は異なるのだ。
一方でメディアの重要度は、10代から40代では「インターネット」が最も高く評価され、50代および60代では「テレビ」だ。娯楽としての重要度は、10代から50代では「インターネット」が最も高く評価され、60代では「テレビ」だ。そしてメディアの信頼度として、10代から30代では「テレビ」の信頼度が依然として高く、40代から60代では「新聞」の信頼度が最も高い。総務省の調査報告書を元に考えると、若年層ほどデジタルメディア(インターネット)の利用が盛んで、年齢が上がるにつれてオールドメディア(テレビ、新聞)の利用が増加する。特に、10代から30代ではインターネットが主要な情報源および娯楽手段となっており、50代以上ではテレビが依然として重要なメディアとして位置づけられている。
総合的にみて、今回のフジテレビのケースは、広告主が「テレビCMを止めた場合、本当に売上に影響があるのか?」という検証を行う意味で、またとない機会だ。そして、若年層や40代頃までの商品に対しては、テレビCMを差し止めたとて影響が軽微になるのではないかと予測される。そのため、10代から40代を相手にする事業はデジタルシフトに舵を切ることは確実だと言える。
(デジタルメディアにシフトする理由)
デジタル広告の優位性が広告主にとって魅力的であるのは間違いない。テレビCM差し止めの影響はデジタル広告市場へのさらなる移行を促進するだろう。その理由は、mROIが正確に測定出来ることがある。デジタル広告では、クリック数、コンバージョン率、購入率などの指標をリアルタイムで追跡でき、広告費に対する効果が即座に分かるため、費用対効果を最大化できる。また、オールドメディアで実現出来ないターゲティングの精度を高めることができる。ユーザーの行動データに基づき、特定の年齢層、興味関心、購買履歴に応じて広告を表示できるため、無駄な配信が少ないのだ。そして、デジタルメディアは柔軟性が高い。広告の内容や配信タイミングを迅速に変更可能なのだ。特にeコマースとの連携が容易で、購入までのフローを短縮することもできる。したがって、広告担当者としては予算管理が容易になる。広告主としても、少額からでも始められるため、リスクを最小限に抑えながらテストを重ねることが可能なのだ。
(民放テレビの収益構造)
民放テレビ局の収益構造で、広告収入は主要な収入源だ。具体的な割合は各局によって異なるが、以下にいくつかの事例を挙げる。
日本テレビ放送網は、2020年度の放送収入は2,268億円で、その内訳はタイム収入が1,210億円、スポット収入が1,057億円だ。TBSテレビは、同じく2020年度の放送収入は1,483億円で、タイム収入が784億円、スポット収入が698億円だ。テレビ東京は、2020年度の放送収入は665億円で、タイム収入が436億円、スポット収入が229億円となっている。 フジテレビは、メディア・コンテンツ事業の売上高は2,878億円だ。
因みに、スポット収入は、特定の時間帯や番組に限定せず、企業が希望するタイミングでCMを放送することで得られる収益をさす。テレビCMの中では柔軟性が高いとされ、広告主が希望する時間帯や地域を指定することが可能だ。短期契約が多く、キャンペーンやセール、イベントに合わせて利用されることが多い。もちろん、視聴率の高い時間帯や人気番組周辺では料金が高くなる傾向がある。一方で、タイム収入は特定の番組に提供スポンサーとして広告を出すことで得られる収益だ。契約期間は長く、数カ月や年間単位で契約するケースが多い。番組の冒頭や終了時に「この番組は○○の提供でお送りします」といった形で紹介されるCMだ。固定枠の提供になるので、番組の内容やターゲット層に応じた長期的な広告展開が可能とされる。両方ともテレビ局の重要な収入源であり、タイム収入は主に番組制作費用の一部として活用され、スポット収入は局全体の収益に貢献する。
タイム収入の契約は4月や10月を基準に行われることが多いだろう。とすると1月とか2月は広告代理店にとって非常に重要な営業シーズンだ。この時期にフジテレビの不祥事が発生し、多くの大手スポンサーが広告出稿を停止していることは、同局の25年4月以降の広告収入に重大な影響を与える可能性があるのだ。現在の不祥事により広告主が出稿を停止した場合、新規契約や契約更新は見送られる可能性が高い。特に大手広告主の動向は、他の企業にも連鎖的な影響を与えるため、フジテレビ全体のタイム収入に甚大な影響を及ぼす可能性が考えられる。特にタイム契約は年間契約で多額の広告費が必要なため、企業がリスクを避ける動きに出るのは自然なことだ。
現時点で100社近い大手スポンサーがCM出稿を自粛している。その数はどんどん増えている。逆に、未だにCMを出している企業はネットの世界でも既に叩かれはじめている。各企業の年間CM出稿額は公開されていないため、正確な金額を算出することは困難だが、一般的なテレビCMの放映費用の目安は以下の情報がある。
キー局(全国ネット)の場合、15秒のCMを1回放送する場合、75万円以上が相場とされる。ローカル局でも15秒のCMを1回放送する場合、数万円から10万円程度のが相場だ。これらの費用は、放送時間帯や番組の視聴率、契約期間などによって大きく変動する。また、年間契約や複数回の放送を含むパッケージ契約の場合、総額はさらに高額になる可能性がある。したがって、1社あたりの年間CM出稿額は数千万円から数億円に及ぶケースも考えられるのだ。100社だと、数百億円だ。事実、1月18日にはCM枠の1割以上が「ACジャパン」の公共広告に差し替えられている。異常事態なのだ。
(テレビ業界への波及)
フジテレビの広告出稿停止は単なる一局の問題にとどまらず、日本のテレビ業界全体に波及する可能性が非常に高いと思う。この現象を「社会実験」として捉えると、テレビ局のビジネスモデルの限界とデジタルシフトの加速が顕著に現れる25年になるのだ。
25年4月以降、タイム収入の契約が激減する可能性は高く、特に年間契約を前提とするタイムスポンサーがフジテレビから離れる動きが顕著化する。一度出稿を停止した企業は、信頼回復や明確な効果が示されない限り復帰しにくい。タイム収入の減少は、番組制作費や編成の質の低下に直結する。もちろんスポットCMにも影響が出ると思う。スポット広告が短期的なキャンペーン向けである一方、mROIが不明確なため、広告主が効果を実感しづらい。今回の社会実験で一定のファクトが取れ、デジタル広告へのシフトをさらに加速させる一因となるのだ。
特に、10代から40代の主要ターゲット層に訴求したい企業は、もはやテレビは「優先すべき広告媒体」ではなくなる。YouTube、TikTok、Instagram、Xなどのプラットフォームが、ターゲット層への効果的なリーチ手段として主流化するのだ。加えて超大手は、オウンドメディアに更に投資を行い資産化をすすめる動きになるだろう。インフルエンサーやUGC(ユーザー生成コンテンツ)を活用した広告手法が増加し、オウンドメディアではAIや自前タレント、社員タレントを活用した動きが加速する。実際、この世代はすでにテレビ離れが顕著であり、広告主がテレビCMへの依存を見直す動きが強まるのだ。
そして、フジテレビの広告出稿停止が、他局の広告収入にも波及する可能性があると思う。他局も似たような問題(視聴率低下、広告効果の不透明性)を抱えており、広告主がテレビ全体を見直す契機になり得る。フジテレビをきっかけに、テレビCM全体のmROIの検証が行われ、広告予算が一気にデジタルに移行する。結局、テレビ局が電波という公共財を用いて収益を得るビジネスモデルが、企業や視聴者にとって「持続可能ではない」と判断されつつあるのだ。
テレビ局は長らく電波という強力な権益に支えられ、視聴率に基づく広告収益モデルに依存してきた。デジタルメディアの台頭に対応するための戦略が常に後手に回り、配信プラットフォーム(TVerなど)での展開も進めているが、十分な収益化には至っていない。2025年はテレビ業界の広告モデルの限界を示した年として歴史に刻まれ、テレビ広告が大きく縮小する転換点となるのだ。