早嶋です。
ジョブ理論では、ジョブのことを「特定の顧客が特定の状況において成し遂げたい姿」があるという。コンサルする際も私は、クライアントの話を注意深く聴き、適宜質問をしながらその方が「片付けたいジョブ」はなんだろうと考える。
先日の例だ。研修会社を運営するA社長とブレストした。コロナ期間に新規に開始した動画コンテンツを販売する事業に関連してのブレストだ。現時点で300タイトル、1000本程度の動画コンテンツを保有して、サブスクで従業員や社員教育目的に中小企業に販売する。対象は従業員50名から300名程度の中小企業で、300名を超えると既に導入しているケースがあり、この層に絞っている。単価は1ID辺り1,000円/月で、現在約150社、5000IDまで販売を伸ばしている。リテンション率も高く出だしとしては好調だ。
ただ、研修会社は大手で、更にIDの販売を増やさないと立ち上げたイニシャルコストを回収出来ない。ちなみに、私も戦略やマーケティングなどのいわゆる概念化能力に関するコンテンツを10種類程度提供しているので、状況は理解している。
A社長の見た目上のペインは、もっとコンテンツを増やして、IDを販売することだった。そこで複数の質問をして状況を整理した。例えば、既存の顧客はどのような顧客が多いか?逆に、提案しても導入しなかった顧客はどのくらいいて、その理由に傾向は無いか?導入した顧客がどのように社内に活用させ従業員に告知しているか等々だ。そして、いくつかの仮説が出てきた。
従業員50名〜300名の中小企業というよりは、その程度の規模で人事の教育担当が専任でいない企業が結果的に購入しているという点だ。中小企業の場合、人事は総務部の管轄で、規模が小さいと総務と人事と会計などを全て数名の総務で担当している。教育の重要性は理解しているが、自分の一存で決めることもできないし、仮に何か導入しようとすると、更に自分の仕事が忙しくなると考えている。ただ、そのような中でも10社に2社程度は、社員に広く教育を普及させたいとのことで契約しているのだ。
一方、現在150社程度の契約なので、その5倍の750社程度は検討したり、話を聞いた結果、自分が社長に説明ができないので断った。仮に導入しても自分の手間が増えそうだから断った。そもそもその動画の活用がわからないから断った。等々、値段が高いとかではない理由が複数出ていることが分かった。
A社長が解決すべき動画を導入する企業のジョブは、社員教育の仕組みを工数かけずに提供することなのだ。その障害となっている事実が、実現出来ない組織程、担当者や専任者が不在だ。当人も悪気はなく、ただ総務部で兼務などをして多忙と思っているし、本人の能力やキャパシティの問題で意思決定者の社長に説明が出来ない。50名から100名前後の中小企業のオーナーであれば、自分が営業をガンガン行うので、社員の教育に対して疎い方も一定するは居るだろう。また仮に導入したとしても、どのように従業員に活用いただけるかのイメージが全くつかない。など、複数の障害が混在しているのだ。
そう、コンテンツのIDを沢山導入頂きたいのであれば、それは動画作成の話ではなく、上記のジョブを提供するための仕組みを研究し、導入頂きたい企業が多くが抱える障害を取り除いてあげることが大切なのだ。
新規事業でも既存事業でも、始めは顧客のことを考えて事業を始める。その際は、商品開発をする際も、徹底的に顧客の声を聞いている。しかし、徐々にテストマーケティングを終え、拡大のフェーズに入ると仕事が分割される。その際に、顧客の声や開発する商品が顧客の何を解決するかを理解しないまま部隊が作られ、ひたすら自分たちの役割を淡々と作業しはじめるのだ。そのため、商品としては良いものができるが、結果的にその商品は、顧客の一部にしか受け入れられなくなるのだ。新規事業の営業パーソンは、通常は経験も無く、本社があってもその支援は受けにくい。結果的に一定の数には響くが、メインの顧客層には響かないで終わるのだ。
今回のA社長の親会社は人材を扱っており、ターゲットリストとしてバイネームで1,000社のリスト(50社から300社で可能性を抽出した後のリストでも)があった。このターゲットに対してA社長の部下複数人がアプローチして今回の提案を行っている。自分たちで商品を理解して導入できる層は、通常は3%から15%程度だ。そのため、この企業が更に商品を購入頂くためには、商品の見せ方や商品の導入の仕方を考える必要がある。通常は初期の市場とメインストリームの市場と表現するが、A社長はメインストリームの市場に入る前後で売上の低迷に悩んでいるのだ。
メインストリームの市場は、その商品の良さはなんとなくイメージ出来ても、実際に自社に導入する際に、もっと丁寧に手取り足取り教えて頂きながら提案してもらわないと中々判断できない層だ。その際に、その提案を聞いている顧客の障害は何なのか?という話を徹底的に理解して、それらを横展開して開拓することができれば投資をしてでも解決することを考える。その取組がメインストリームに入れる鍵なのだ。
新規事業の旅(32) 需要と供給
新規事業の旅(その31) ジョブと障害とキャズム
新規事業の旅(その30) OEは最早役に立たたない
新規事業の旅(その29) 売り手のトラブルは売り手の無知から
新規事業の旅(その28) 動画サブスクの落とし穴と処方箋
新規事業の旅(その27) 仲介会社のビジネスモデルと買い手の事情
新規事業の旅(その26) M&Aの勘所を押さえる
新規事業の旅(その25) キャズムを超えるまでのKPI
新規事業の旅(その24) 敵のコトを知りつくそう
新規事業の旅(その23) 道具の使い方
新規事業の旅(その22) 売ってから始まる事業
新規事業の旅(その21) 現場とトップのギャップ
新規事業の旅(その20) 自前主義の呪縛とイデオロギー
新規事業の旅(その19) モノからコトへ転身できない企業
新規事業の旅(その18) アンゾフ再び
新規事業の旅(その17) 既存事業の市場進出の場合
新規事業の旅(その16) キャズムを超える
新規事業の旅(その15) 偶然と必然
新規事業の旅(その14) 経営陣のチームビルディング
新規事業の旅(その13) ポジションに考える
新規事業の旅(その12) 山の登り方
新規事業の旅(その11) 未だメーカーと称す危険性
新規事業の旅(その10) NBとPB
新規事業の旅(その9) 採用
新規事業の旅(その8) 自分ごとか他人ごとか
新規事業の旅(その7) ビジネスモデルをトランスフォーメーションする
新規事業の旅(その6) 若手の教育
新規事業の旅(その5) M&Aの活用の落とし穴
新規事業の旅(その4) M&Aの成功
新規事業の旅(その3) よし!M&Aだ
新規事業の旅(その2) 既存と新規は別の生き物
新規事業の旅(その1) 旅のはじまり