新規事業の旅 147 ハルメクに学ぶ新規事業の初め方
2024年11月15日
早嶋です。
国内の雑誌市場規模は、過去10年で半減(14年に約8,500億が23年は4,400億)しているなか、また、インターネットやスマフォの普及により、情報収集手段が多様化した環境化に、「ハルメク」は50代以上の女性を対象とした月刊情報誌で売上を伸ばしている。健康、料理、おしゃれ、お金、著名人のインタビューなど、多岐にわたるテーマを取り上げるハルメクマガジンだが、書店での販売を行わず、定期購読者の自宅に直接届ける事業モデルで2022年12月時点で定期購読者は50万人を超えている。
ハルメクマガジンを運営する株式会社ハルメクは、出版事業と通信販売事業を展開する。また、シニアに特化した法人コンサルもスタートしている。同社は50代以上の女性を対象とした月刊誌の発行、関連する商品を取り扱う通販事業、法人向けのコンサルが主な事業セグメントだ。
ハルメクHDの売上高は、近年着実に増加傾向だ。2024年3月期の連結売上高は、前期比9.3%増の314億1500万円で過去最高を達成。2025年3月期の連結業績予想では、売上高を前期比8.2%増の340億円と見込んでいる。低迷する雑誌市場において、書店を中抜して直接エンドユーザーとつながるD2Cの事業を行い、その顧客との関係性の中で事業を拡大する。注目にあたいするモデルだ。
決算期 売上高(百万円)
2021年3月期 15,135
2022年3月期 25,233
2023年3月期 28,738
2024年3月期 31,415
2025年3月期(予想) 34,000
ハルメクHDの売上セグメントは、ハルメク事業(240億)、全国通販事業(77億)、法人事業(12億)だ。ハルメク事業は、月刊誌「ハルメク」の発行を軸に、物販(カタログ通販、オンラインショップ、店舗販売、新聞外販など)、コミュニティ(講座やイベントの開催)、先行投資(新規事業やサービスの開発)だ。全国通販事業は、ことせ物販という事業名でシニア向けの商品を取り扱う通販事業を展開している。法人事業では、シニア企業向けのマーケティング支援やコンサルティングサービスを行う。少子高齢化を上手く事業チャンスと捉えた事業モデルであることがうかがえる。24年3月期の内訳を示す。
セグメント 売上高(百万円) 前年同期比
ハルメク事業 24,029 +8.9%
全国通販事業 7,721 +10.2%
法人事業 1,246 +10.6%
調整額 -345 –
合計 31,405 +9.3%
(ハルメク事業)
ハルメクは、50代以上の女性を対象とした月刊誌で、定期購読者数は約50万人に達す。その人気の理由と特徴は以下のとおりだ。
●読者の声を反映した編集方針
編集部は毎月約3,000通の読者からの意見はがきを受け取り、これらを丁寧に読み込む。さらに、年間200回以上の読者との直接対話を通じて、読者の関心や悩みを深く理解し、誌面に反映する。
●多岐にわたるテーマ特集
健康、料理、おしゃれ、お金、著名人のインタビューなど、幅広いテーマを取り上げている。もちろんこのテーマは、読者層からのインタビューや統計から設定したものだ。例えば、スマートフォンの使い方特集などは、読者ニーズに即した企画から好評を博している。
●書店での販売を行わない直販スタイル
流通は書店での販売を行わず、定期購読者の自宅に直接届けるスタイルを採用している。これにより、読者との直接的な関係を築き、きめ細やかなサービス提供が可能となっているのだ。
●高い読者満足度と継続率
読者の声を積極的に取り入れた編集方針で、高い読者満足度を維持していると推察できる。具体的な継続率は公表されていないが、定期購読者数の増加からも満足度とともに高い継続率がうかがえる。
ハルメクの定期購読の料金は12冊1年コースで7,800円、36冊3年コースで18,900円だ。
50万×7,800円=390億円
50万×18,900円×1/3=315億
これから類推すると、定期購読で3年を選ぶ人が多いのだろう。24年3月の売上が240億なので定期購読の定義は少し不明瞭だが、雑誌単体に加え、一部物販やコミュニティがあるとしても、単体の雑誌の売上としては驚異的だ。
例えば、新聞売上トップ3(直近の売上高、発行部数、月間購読料)は2,000億から3,000億の売上だ。
日経新聞 3,500億 139万部 5,800円
朝日新聞 2,700億 414万部 4,900円
読売新聞 2,500億 642万部 4,400円
1つの媒体で200億から300億クラスは、地方新聞社の売上や発行部数に匹敵する。50代女性シニアの定期購読雑誌のみで50万部、240億の売上の凄さが分かる。
西日本新聞 335億 40万部
中国新聞 194億 40万部
北國新聞 184億 30万部
河北新報 170億 30万部
(全国通販事業)
ハルメクの通販事業は、シニア女性のニーズに応える多様な商品を取り扱う。特に、以下のカテゴリーが主力商品だ。
●ファッション関連商品
シニア女性の体型や好みに合わせた衣料品や靴などが人気のようだ。例えば、理学療法士の理論を基に開発された靴や、シニア女性の体型にフィットするインナーウェアなどが好評を博している。
●健康・ヘルスケア商品
健康維持や生活の質を向上させるためのサプリメントや健康器具などが取り揃えられている。これらの商品は、シニア女性の健康への関心の高さに応える形で提供されている。
●生活雑貨
日常生活を快適にするためのキッチン用品や掃除用具など、実用的な商品も多く取り扱う。これらの商品は、読者の生活を豊かにする提案として提供されている。
具体的な売上構成比や商品別の売上高については公表されていないが、ハルメクの雑誌の中で特集したり、読者の声からあがってくる「困りごと」や「あったらいいな」を企画しながら商品づくりをしているので、直接ターゲットに対して確実に販売できることが予想できる。素晴らしい事業モデルなのだ。
通常、新しい商品の認知を得るのに、ものすごい広告コストや販促コストを要す。しかし、ハルメクの場合は、読者が定期的にお金を払って情報を仕入れ、その中で自然と雑誌媒体や他のメディアを通じて商品の魅力や理解を伝えている。押し売りではなく、50代女性に寄り添った事業モデルなのだ。
(法人事業)
法人事業部門は、シニア女性市場に特化したマーケティング支援を提供している。具体的なサービスとして、マーケティングリサーチがある。30年以上にわたるシニア向け事業の経験を活かし、シニア女性のニーズや市場動向を分析し提供するのだ。次に、広告運用がある。自社媒体である雑誌ハルメクやウェブサイトのハルメク365を活用して、ターゲット層に効果的な広告展開を行うサービスだ。更に、クリエイティブの制作も提供する。シニア女性に響く広告クリエイティブの企画・制作を行い、クライアント商品やサービスの魅力を効果的に伝えるのだ。自社媒体で培ったノウハウを外部にも商品として展開しているのだ。
(新規事業の拡張)
ハルメクは、当初は雑誌事業からスタートし、その後、通販事業や法人向けコンサルティング事業へと事業領域を拡大している。お手本となる事業拡大のあり方だと思う。
●雑誌事業の開始
1996年に、50代以上の女性を対象とした月刊誌『いきいき』を創刊。この雑誌は、シニア女性のライフスタイルに焦点を当て、多くの読者から支持を得てきた。
●通販事業への進出
雑誌の成功を背景に、読者ニーズに応える形で、関連商品の通販事業を開始。読者は雑誌で紹介された商品を直接購入できるようになり、事業の多角化が進む。
●法人向けコンサルティング事業の展開
雑誌と通販事業で培ったシニア女性市場に関する知見やノウハウを活かし、他企業向けのマーケティング支援やコンサルティングサービスを提供する法人事業を開始。シニア市場に参入を検討する企業へのサポートを行っているのだ。
ハルメクは雑誌事業を基盤に、ターゲットである50代女性のニーズに応じた通販事業の展開、さらにはそのノウハウを活かした法人向けコンサルティング事業への発展と事業を発展させている。
今後の事業の肝として、一つの事業領域に徹底的に特化する。顧客基盤は直接自社で管理してデータベースを活用した事業にする。つまりビックハイアにフォーカスするのではなく、常にリトルハイアに目を向け、商品提供をゴールではなく、スタートと捉え、顧客との障害の関係構築の中で事業を展開するのだ。新規事業の取組においても、全くの飛び地を目指すのではなく、顧客基盤や特定分野で培ったノウハウを活用して徐々に領域を広げた事業モデルを開発するのだ。ハルメクの取組は、近年の事業開発の参考になると思う。
新規事業の旅146 自分と部下の育成方法
2024年11月12日
早嶋です。約15,000字。
三蔵法師と聞くと、1978年に放映された西遊記の夏目雅子を思い出す方が多いと思う(おそらく僕の読者層や僕より少し年配の方には)。本来男性である三蔵法師の役を女性の夏目雅子が演じることで高貴な中性的な三蔵法師を演じたのだ。
ところで三蔵法師の三蔵は名前ではない。仏教の教えを集大成した3つの主要な経典を指し、その三蔵を極めた人の呼称だ。三蔵には、経蔵(きょうぞう)、律蔵(りつぞう)、論蔵(ろんぞう)の3つに分類される。
●経蔵
釈迦の教えや説法をまとめたもので、仏教の経典を収めたものだ。教えそのものを記したものが中心の経典だ。
●律蔵
仏教徒が守るべき戒律や規範について記されたもので、仏教徒の行動規範や道徳的な指導がまとめられている。
●論蔵
仏教の教えを解釈し、議論した内容が記されている。経や律の教えを論理的に分析し、説明するもので、解説や注釈が含まれる。
三蔵法師は、この3つの経典を極めた者を呼ぶ名称で、仏教の深い知識と修行を兼ね備えた人を表すのだ。
経蔵と律蔵。ここの違いを少し説明する。経蔵は仏教の教えそのものだ。釈迦が説いたとされる教えや物語が書かれている。例えば、仏教の世界観や、人生の意味、どう生きるべきかといった教えの内容について書かれている。人々が学ぶための教えそのものが中心となる経典だ。一方、律蔵は仏教徒のルールだ。ここで言う仏教徒は主に僧侶で、僧侶が日常生活や修行の中で守るべき行動のルールや規範をまとめたものだ。たとえば、どのような行動を慎むべきか、どのような生活を送るべきかといった、仏教の教えを実際の生活で守るための具体的な決まりごとを示した経典だ。
経蔵が仏教の考え方や教えの内容で、律蔵はその教えを実生活でどう守るかのルールだ。経蔵が原理原則で、仏教の基本的な考え方や真理、人生に対する教えなど、理論や理念を示し、律蔵が実践や応用で、その教えを日常生活や修行にどう生かして行動すべきか、具体的な規則や方法が記されている。仏教の教えを「どう考えるか」と「どう行動に移すか」の両面で支える役割が、経蔵と律蔵なのだ。
そして論蔵は、経蔵(原理原則)と律蔵(実践や応用)をさらに言語化し、解釈や説明を加えることで、第三者(一般に仏教を知らない人)が理解し、実現できるようにするものだ。論蔵には、仏教の教えの意味を深く掘り下げ、異なる視点からの解釈を示すなど、複雑な教えを体系立てて理解できるように工夫されている。そのため、論蔵は他の人が教えを実践できるように道筋を示し、理解を深める手助けとなる役割を持つのだ。
三蔵を極めたものは、仏教の教えの原理原則を理解して、仏教を実践し応用することができる。そして仏教の理解が全く無い第三者に対して、その教えをわかりやすく伝えることができるのだ。従い、三蔵法師と呼ばれる人物は実はものすごく少ない。というか公式に称号として認められている人は殆どいない。歴史的には、三蔵法師として著名な人物は夏目雅子が演じた中国の玄奘(げんじょう)や、日本の最澄、そして空海だ。皆、仏教の深い知識と修行により三蔵(経、律、論)を極め、仏教の発展に大きな貢献を果たしたために三蔵法師と称されている。もちろん現在でも仏教の深い知識を持つ学者や高僧はいるが、伝統的な意味での三蔵法師と呼ばれることはなく、学問的や宗教的な知識を深める専門家が増えている。
怒られるかもしれないが経蔵ばかりの学びが多いと思うのだ(頭でっかち?)。これは仏門に限らず、学問分野で理論や知識を重視する傾向が強く、実際の行動や生活に結びついた律蔵的な実践や、他者に実現可能な形で伝える論蔵的な役割が疎かにされる傾向があるということだ。つまり、仏教の教えに精通した「頭でっかち」な知識人が増える一方で、実践的にその教えを生活に取り入れ、人々が理解しやすく役立てられるように道筋を示したりするような総合的な指導者が少なくなっているのだ。
一方で、律蔵に偏る人々も増えていると思う。実践や応用からはじまり、それを言語化体系化することなく、何となくすごいことをする人々だ。律蔵は、知識や理論だけでなく、現場での実践や経験を通して仏教の教えを深め、日常生活や他者との関わりにその知恵を活かす考えだ。まさにstreet smartのような実践知であり、自分の体験を通じて教えを体得する力を持つ人たちだ。企業では、現場経験が長く、現場のことは何でも彼や彼女に聞けば良いというタイプの人だ。実践型の人は、理論や理屈に頼りすぎることなく現場で成果を生む実践の知恵を持つのだ。
仕事においても、経(論理)と律(実践)のバランスが常に大切だと思う。どちらかに偏りすぎると、頭でっかちと呼ばれ、現場のベテランと呼ばれる。仏門においても仕事においても(ひょっとして芸事やスポーツなども当てはまるかもしれない)book smart(知識や理論)とstreet smart(実践的な知恵や経験)の両方が揃ってこそ、他者に教えをわかりやすく伝え、理解してもらうことが可能になるのだ。book smart(経)は、正確で体系立てられた知識を提供し、教えの背景や理論を伝えるために不可欠だ。一方で、street smart(律)は、その知識を現実にどう応用できるかを示し、自らの経験を通して理解を深める助けになる。双方が揃うことで、知識が単なる理論にとどまらず、実際に他者の行動や意識を変える影響力を持つのだ。
そして、その理論と実践を第三者に伝えることができて、はじめて人が育ち、組織として足し算以上の力を発揮できると思う。仏教では従い、2つの拠点に加えて論蔵があると理解している。概念が無い人に対しては具体的な事例を示しながら、相手の反応を見て徐々に概念的な話をする。一定の経験がある人には抽象度が高い話をしながら全体像を共有し、時折具体を混ぜて認識合わせをする。誰かに伝え理解納得頂くためには、適宜相手に合わせて時間をかけて共有する方法が遠くて近回りなのだ。成長する組織はマネジメントの多くが論蔵に長けていることが必要条件になるのだ。
このように、三蔵の概念は当然にビジネスに通用する。三つ巴の概念や構造は、様々な分野で重視される知識、実践、伝達のバランスに通ずるため、現代のビジネスやコンサルの世界にも当てはまるのだ。ハーバード・ビジネススクールの先生、ロバート・カッツが述べたtechnical skill(技術的スキル)、conceptual skill(概念的スキル)、human skill(人間的スキル)もまた、同様の考え方を反映していると思う。技術的スキルが具体的な行動や実践に役立ち、概念的スキルが理論や全体像を把握する力にあたり、人間的スキルは他者に伝え、共感や理解を促すためのスキルと言えるからだ。
(学び教えのプロセス:守破離)
1度は「伝言ゲーム」をしたことがあるだろう。複数人以上で一列を作り、初めの人から最後の人まで、やや長い文章を耳打ちして伝えるゲームだ。多くの場合、最後の人で伝達で、大きく異なる概念が伝わる。意外ときちんと伝わらないことを学んだことだろう。一気に1から10を理解して、他者に伝えるという技術はきっと大変な能力なのだ。
学びプロセスにも当てはまる。僕は守破離が好きだ。段階的プロセスが重視され極めていく。仏教の場合も、師から弟子への教えの伝達が重視され、弟子が学び、実践し、最終的に独自の理解を深めるプロセスが確立されている。子どもの頃にヒットしたベストキッドやジャッキーチェーンの主演映画はワンパターンで、師弟が決まって守破離になぞらえて物語が展開される。
●守
師の教えや規範を忠実に守り、基礎を徹底的に学ぶ。仏教では戒律を重視し、弟子は師の示す修行法や行動規範を忠実に実践する。この段階で経蔵と律蔵による基礎の理論と実践を身につける。
●破
基礎を理解し実践できるようになった後、教えの意味や背景について自ら考察を深める段階に進む。これは論蔵にあたり、教えの深い意味を掘り下げ、他の視点で解釈することで、自分自身の理解を進化させる。この段階では、師の教えを批判的に再評価(クリティカル・シンキング)し、自らの視点で活かしていくことが求められる。
●離
自分の学びと経験に基づいて、独自の理解や修行の道を確立する段階だ。これは、師の教えを土台にしながらも、自らの教えや方法を持つことを意味する。仏門でも、自らの知恵と修行で独自の道を歩み、他者に教えを伝え、新たな境地を切り拓く高僧がこの段階に到達する。
知識や教えを単なる知識として捉えるのではなく、弟子がそれを実践し、さらにそれを他者に伝えられるまで成長することが重要なのだ。最終的に、個々の修行者が自己の体験と学びから独自の境地に到達し、それを他者に伝える力を持つことで三蔵法師的な存在になる。この守破離のプロセスにより、教えは進化し、深みを増しながら継承されていく。
守破離の概念を知った時、疑問があった。守破離を繰り返し師弟の中で連鎖的に教えが普及していくと、最終的に異なる概念に進化していくのでは無いかという問いだ。実際、仏門では、長い歴史の中で新たな概念や異なる思想が生まれ、それによって仏教そのものが発展してきている。実際に、この守破離の繰り返しが、新しい宗派や解釈の生まれる背景になっているのだ。仏教では、時代や文化、地域に応じて教えが柔軟に解釈され、発展してきた。
例えば、インドから中国、そして日本へと伝わる中で、仏教はさまざまな形に変化している。禅宗や浄土宗などが生まれた背景には、守破離のようなプロセスが作用し、時代や人々のニーズに合わせて新たな形の仏教が確立されたのだ。さらに、弟子が師の教えを受け継ぎながらも、その教えを深め、自分なりの解釈や実践を加えていくことで、やがて独自の哲学や方法論が生まれることもある。この繰り返しが、新たな概念や異なる視点に進化する道筋を作り出していると言えるのだ。守破離を繰り返すことによって、新たな教えや解釈が生まれ、仏教のような思想や教義が時代とともに進化し続けることができたのだ。
ただ、守破離は仏教の概念ではない。元々は日本の伝統芸道(特に茶道や武道)で用いられた考え方だ。この概念は、武道や茶道、芸術などで、師の技や教えを習得し、次第に自分のスタイルを発展させていくプロセスを示す。仏教から直接生まれたものではないものの、その成長プロセスが、仏教における教えの継承や発展のあり方とも共通しているため、仏門にも通じる考え方として記述した。仏教には、例えば漸修(ぜんしゅう:ゆっくりと段階的に修行を進める)という考え方があり、段階を追って学び、成長するという発想は共通するものがあるのだ。
(学び教えのプロセス:漸修)
漸修(ぜんしゅう)は、仏教の概念で、段階を追って少しずつ修行を積み重ねることを指す。このプロセスにはいくつかの段階があり、それぞれに特徴的なポイントや呼び方がある。信戒定慧だ。
●信(しん):信じる
教えを信じる段階だ。仏教の教えに触れ、初めて仏の存在や教えに興味を持ち、それを信じるところから始まる。信は修行の出発点で、仏教への信仰や尊敬の気持ちを育てることが大切だとされる。
●戒(かい):受け入れる
戒律を守る段階だ。信じた後、教えを守り、行動規範を自分のものとするために戒律を受け入れ、守るようになる。これにより、自分の行動や生活において仏教の教えを体現し、内面的な基礎を築くのだ。
●定(じょう):集中する
集中力を養い、瞑想する段階だ。この段階では、心の安定や集中を図り、瞑想(禅定)に取り組む。精神を一つの対象に集中させ、感情や思考の乱れを鎮めることで、より深い悟りに近づく準備をするのだ。
●慧(え):悟る
智慧(ちえ)を得る段階だ。深い瞑想や集中の結果、仏教の真理を体得し、智慧を得ることが目指される。仏教における最終的な到達点であり、悟りに至るための重要なポイントだ。
漸修の各段階には、少しずつ段階を踏むという特徴がある。急いで次の段階に進むのではなく、それぞれのステップでの理解と実践が十分であることが重要だ。段階を飛ばさず、一つ一つを確実に実践していくことが、修行の成就にとって欠かせない要素なのだ。この漸修の考え方は、守破離にも通じ、どんな分野においても、確実な基礎を固め、経験と理解を積み重ねることで、自己の成長が実現すると言えるのだ。
(信を深堀りする)
これまでの話は、ある程度経験がある人は納得すると思うし、今まさに何かに取り掛かる必要のあるものは、スルーすると思う。若い人や何かに精通していない人こそ、結果を先に求めてしまう。問題解決においても問題の定義をすること無く、解決策を思いつき実践する状況だ。そうではなく、まずはありのままを観察して状況を把握することが大切なのだ。そう考えると、信戒定慧のステップの中で最もハードルが高いのは信の一歩目だと思うのだ。皆誰でも疑いの心があるし、疑いの心があるからこそ、新たな概念や先輩やベテランの話を聞き入れないのかも知れない(前提として、相手との信頼関係もあるかも知れない。では、それに対しての打ち手を示そう。
●小さな実践から得られる体験
疑いを抱く人でも、初めに小さな実践を通して結果を体験することで、少しずつ信頼が芽生えるものだ。仏教でも「試してみる」、「やってみなはれ」という姿勢が尊重され、いきなり深い信仰を持つことを求めるのではなく、日常の小さな実践から信のきっかけを得ることが奨励される。
「やってみなはれ」は松下幸之助の言葉だ。まず行動して体験することから学び、信念や知識を深めていくことの重要性を説いている。頭で考えるだけではなく(経)、実際に行動すること(律)で初めて得られる経験が信頼や自信につながるという考え方だ。仏教の信も同様で、実際に教えを小さく試し、その中で得た体験が、教えへの信念をより確固たるものにしていくのだ。
●信頼できる師や環境の存在
小さな体験も、一人では難しい。やはり師やコミュニティの支えが、信の基盤を作る助けとなる。信頼できる師や同じ志を持つ仲間の存在があれば、疑いや不安を少しずつ減らし、仏教の教えや修行への信を持ちやすくなる。これは現実社会では、企業のパーパスを軸に、既存のルールを打ち破り、自分たちの行動を取る第一歩を始めるときの感覚に近いと思う。一人では難しくても、信じる仲間がいて、その仲間とチームとして歩む一歩が大きな波を起こすイメージだ。
仏教の信の段階で重視される信頼できる師や環境の存在は、現代でいう心理的安全性と密接に通じるものがある。特に、信頼できる関係(ソフト面)や安心感のある環境(ハード面)があって初めて、弟は心を開き、教えを受け入れ、新たなことに挑戦できるのだ。
●経験や実績による裏付け
仏教や他の分野でも、多くの実践者が結果や効果を体験し証言している場合、信じるための心理的なハードルが下がる。従い、師もしくはリーダーは経蔵(原理原則)ばかりではなく、自分が体験して得た律蔵(実践や体験)も交えて、弟に対して接することがポイントだ。自分が信じ始めている取り組みや考え方の延長に、確実な成果がでる可能性があることを、経験者の事例から理解して取組むインセンティブになるからだ。多くの人が瞑想を取り入れて、日々の反省や心の安定を維持している。という話を実践者から聴くことにより、「自分も試してみよう」と思うきっかけになるのだ。
抽象的な概念は、信の段階の手前にいる人にとってピンとこない。そのために、その人が信頼する人の言葉や事例を知ることによって、「自分にも関係があるかも知れない」と思ってもらうことが大切になるのだ。現代で言うケーススタディや企業の事例、先輩やロールモデルの事例を示すことと同じ役割を果たすのだ。具体的な成功例や他者の体験を通じて当人の理解が深まり、信頼や共感が生まれるのだ。
●疑うことを受け入れる心構え
漸修そのものが、段階を追って少しずつ修行を積み重ねることだ。従い、初めから完全に疑いをなくすのではなく、「疑っていてもよい」という心構えをリーダーや師が持っていることが大切なのだ。それが、かえって弟の信へのハードルを下げるのだ。仏教では、信は無理強いするものではなく、時間をかけて自然に芽生えるものとされる。疑う気持ちがあることを受け入れつつ、少しずつ理解を深めていくことが大切なのだ。
自分の内面で納得していない状態で教えを無理に信じようとするよりも、疑いを抱きながらも体験を通じて理解を深めることで、納得した信へと自然に導かれるのだ。これは、自分の内から湧き出る信念であり、他者の期待や外的要因に左右されない、確かな基盤となる。疑いが解消されると、ただの表面的な信ではなく、内側から確信を持てる真の信念が生まれる。この信念が、仏教の次の戒の段階で戒律を守り、教えに従って生活するための強い基盤となるのだ。疑いを経て、自分の中で「そうか!」と確信できたことで、その信念は外的な出来事や他者の影響に左右されにくくなる。信が内的な要因に基づくものであればあるほど、教えや実践は持続しやすく、次の戒律の段階での取り組みも安定するのだ。「疑っても良い」とされることで、修行者は自ら考え、納得した上で教えに向き合う姿勢が育まれる。このように自律的に学び、成長することが、次の段階である戒を守るための強い動機づけとなり、単なる規則ではなく、自分の意思で戒律を守ることができるようになるのだ。
●自己への気づき
自分が何に疑いを感じるのかを内省し、その疑いがどこから来ているのかを考えることも、信に至る助けになる。仏教では、自分を観察し、疑いや不安の根本を探ることで、少しずつ心が穏やかになり、信の境地に近づくと考えられている。疑いを抱えた状態からでも、小さな体験や信頼できる関係を積み重ねていくことで、信は少しずつ形成されていくのだ。最初から完全な信を持つのではなく、段階的に疑いを解消していくプロセスこそが重要で、仏教の漸修や守破離のように、信もまた少しずつ育てるものと考えて良いと思う。
信はとても深い概念で、それらを掘り下げ、理解することで、部下や仲間の自発的な取り組みや育成に活用できると思う。仏教においてもとても大切なテーマで、信はかなり構造化され言語化されている。仏教の初期段階で信を深めるための基本的な要素に四信がある。仏法僧戒だ。仏(ぶつ)は、釈迦や仏そのものを信じること。仏の存在や教えが真実であると信じること。法(ほう)は仏が説いた教え(仏法)を信じること。仏法の真理を認識し、それが正しいと受け入れることだ。 僧(そう)は仏法を実践する修行者の集まり(僧侶や僧団)を信じることで、共に修行する仲間や指導者を信頼することだ。そして戒(かい)は仏教の戒律や行動規範を信じることで、戒律を守ることで、正しい道が示されると信じることだ。
大乗仏教では、信仰を更に5つに分けた五信の教えなどもある。仏、法、僧、戒に加えて、因果がある。信仏(しんぶつ)は仏の知恵や慈悲を信じ、仏がすべての人々に対して救いの手を差し伸べることを信じること。信法(しんぽう)は仏法が、すべての人を救済する真理であると信じること。信僧(しんそう)は僧侶たちの教えや修行の力を信じ、自己を導くものとすること。信戒(しんかい)は戒律を信じ、守ることで心が清められると信じること。ここまでは四信と同じで、最後に信因果(しんいんが)を加えている。因果応報の法則を信じ、善悪の行為が結果に影響することを理解し、それに基づく行動をとることだ。
禅宗や一部の仏教では、信をさらに段階的に捉えるため、三信という考え方が用いられることもある。初信、重信、極信だ。初信(しょしん)は仏教に触れ、初めて信じ始める段階で、素朴な信頼や興味が中心になる。重信(じゅうしん)は教えの実践を通じて信が深まり、仏法への理解と信頼が確固たるものになる段階だ。そして、極信(ごくしん)は最も深い信の状態で、教えの真理を自ら体得し、完全に信頼を置く状態だ。これにより、教えが確信となり、自分の存在や生き方の根本となると説いている。
他にも、信を深めるプロセスの一環として「三宝に帰依する」(仏法僧の三つの宝に帰依する)という実践もある。帰依とは、三つの宝に心の拠り所を持ち、自分を委ねるという意味で、信の心をさらに強固にする概念だ。帰依のプロセスによって、信が単なる感情的なものではなく、日々の行動や生き方にしっかりと根付くように導かれるのだ。
自分が何となく考えている概念を、言語化することで自分の思考の領域が見えてくる。そして、これまで何度と無く問題にぶち当たり、それが解決できないのは、既存の枠組みの中での思考で取り組んだことに気がつく。とすれば、自分の思考を拡張して行動を始めることで、新たな領域での思考や行動を手に入れることができるので、問題が解決できる可能性に気がつくのだ。そして、実際に受け入れる。そして、その状態を意識的に取組む過程で、問題が徐々に解決されていくと、やがてその思考は自分の中で無意識レベルで実践できるようになるのだ。信が単なる環境的なものではなく、日々の行動や生き方に根付くのだ。
(他のプロセス 戒・定・慧)
漸修のプロセス一つ(信)をとっても、全てが構造化され、一つひとつの概念が更に深堀りされる。これらを極めてから、実践、そして伝達すると、脳のキャパも時間も足りない。しかし、「なんで自分の部下は受け入れてくれないのか」「なんで自分ごととして捉えないのか」について、直ぐに自分と同じ領域になると考えることそのものが誤っていると気づくべきなのだ。漸修で重要なことは、疑っても良いので徐々に。そして時間をかけて成熟させなければ、真の信にならないため実務や伝達において役にたたないことを悟ったものが仏法の教えてとしてまとめている。そのことを認識するだけでもマネジメントやリーダーにとって心強くなると思うのだ。
因みに、漸修のプロセス「信・戒・定・慧」の「信」について少しだけ掘り下げたが、残りの3つについてももちろん、体系化されている。参考までと、僕が今後この文章を読み返した記録としてメモを残しておく。
まずは、「信・戒・定・慧」の戒だ。戒律は仏教徒が守るべき行動規範で、修行の基本だ。戒は細かい戒律で構成される。
●五戒(ごかい)
これは在家仏教徒の基本的な戒律だ。殺生、盗み、邪淫、嘘、飲酒の五つを慎むことが求められる。
●十善戒(じゅうぜんかい)
更に、殺生、不偸盗、不邪淫、嘘、不綺語、不悪口、不両舌、不慳貪、不瞋恚、不邪見の十の戒律だ。五戒をさらに細かくしたものだ。
●具足戒(ぐそくかい)
男性僧侶が守るより厳格な戒律で、250以上の細かい規範が定められている。
●菩薩戒(ぼさつかい)
大乗仏教の修行者が持つ戒律で、慈悲の心を持って他者を助けることや利他行を重視する。
次に、定だ。定(禅定・瞑想)の段階は、心を安定させ集中する修行で、次のような瞑想方法が含まれる。
●数息観(すそくかん)
呼吸を数え、息に集中する瞑想方法だ。初心者にも取り組みやすく、心を落ち着ける基本的な瞑想法だ。
●止観(しかん)
対象に心を集中させる「止」と、対象の実相を観察する「観」を組み合わせた瞑想法だ。自分の心や対象を深く観察し、理解を深める。
●四禅八定(しぜんはちじょう)
段階的に心の集中を深める瞑想法で、四段階の「禅定」と八段階の「定」に分かれる。最も深い集中に至ると、俗世を超えた平安を得られるとされている。
●慈悲の瞑想
すべての生き物に対する慈悲の心を育む瞑想法だ。心に慈悲と愛を広げ、他者への思いやりを深める。
最後に、慧だ。慧(智慧)は、最終的に仏教の真理を体得し、悟りの境地に至る段階だ。智慧にはも様々な種類を細分化している。
●聞慧(もんえ)
仏法を学び、聞くことにより得られる智慧だ。仏教の教えを学ぶ最初の段階の智慧で、知識としての理解を指す。
●思慧(しえ)
聞いた教えを自ら考え、論理的に理解することで得られる智慧だ。知識を自分のものとして理解し、より深い洞察を得る段階だ。
●修慧(しゅうえ)
実際に瞑想や戒律を守り、修行を通じて体得する智慧だ。実践を通じた智慧で、悟りに近い体験的な理解を指す。
●無分別智(むふんべつち)
悟りの最終段階で、すべての分別(自己と他者、善と悪などの対立)を超えた智慧だ。物事の本質を直観的に理解する状態で、これが仏教における究極の悟りとされている。
このように「信・戒・定・慧」の学びや習得に対しても、それぞれの概念が細分化され、ステップを踏みながら習得することを勧めている。一足飛びは無いのだ。仏教では、段階を一つずつ進むことで、内面的な成長と悟りに近づくことができると考えられているのだ。
(律蔵の細分化)
これまで経蔵の学びや習得のプロセスを紹介したが、三蔵のうちの律蔵や論蔵についても細分化して細かく理解できるように体系化されている。
律蔵は、修行者が具体的に守るべき戒律だ。それが細かく段階的にまとめられており、それぞれが「信・戒・定・慧」に対応する形で修行の基盤を築くための詳細な規則として体系化されてる。まさに論理思考のお手本となるような体型だ。
●戒律(かいりつ)を守るための具体的な段階
まずは、在家信者の戒律がある。在家信者(一般信者)は、仏教徒としての基本的な行動規範を守ることが求められる。その際の指針は五戒だ。五戒は在家信者が守るべき五つの戒律で、殺生を避ける、盗みを避ける、邪淫を避ける、嘘を避ける、飲酒を避けるの5つだ。基本的な道徳と生活規範に関する戒律が設定されている。
次に、出家者の戒律がある。出家した修行者には、さらに厳格な戒律が課される。これには具足戒や比丘戒(びくかい)などが含まれ、僧侶としての行動を細かく規定しています。例えば、比丘戒は、男性僧侶の戒律で、約250もの細かい規則が含まれ、僧侶としての生活を厳格に規律しているし、比丘尼戒(びくにかい)は女性僧侶の戒律で、約350の規則がある。
経蔵と同様に、戒律は、「戒」だけでなく「信」を深める基礎ともなり、日々の行いが教えへの信頼につながるよう導かれるのだ。
●修行と生活の詳細な規定
律蔵には、僧侶が日々の生活や修行を通じて心身を清浄に保つための具体的な規定も含まれる。これにより、定(じょう)のための心の安定や集中を実現するための環境が整えられる。
例えば、食事や持ち物に関する規定がある。僧侶は日常の生活でも、簡素で節度ある生活を送ることが求められる。食事は決められた回数で、必要最低限の量を摂取することが奨励されている。他にも、僧院内での生活規則がある。僧院での共同生活の規則も厳格に定められ、僧侶同士の関係が平和に保たれるよう配慮されている。話し方や作法、他者への配慮についても戒律で規定されているのだ。
●内面の成長を促す戒律
仏教の戒律には、行動規範に加えて、修行者が内面的に成長するための意図もある。瞑想や修行に集中できるようにするための教えは、「定」や「慧」を深めるための実践につながる。十善戒(じゅうぜんかい)などが内面の成長を促す戒律だ。より高い道徳的な基準を目指すために、不殺生、不偸盗(ちゅうとう、不正な取り立て)、不邪淫、不妄語、不綺語(きご)、不悪口、不両舌、不慳貪(けんとん、貪りを避ける)、不瞋恚(しんに、怒りを避ける)、不邪見を守るようにする。また、菩薩戒(ぼさつかい)などもある。自らの成長に加えて他者を救済することを目的とし、慈悲と利他の精神を育てることが重視される。これにより、自身の修行と同時に他者に対する思いやりを深め、智慧と慈悲の両面を備えた成長が促されるのだ。
●律蔵と智慧(慧)
律蔵も、戒律の遵守が最終的に「慧(え)」、つまり智慧に結びつくように構成されている。戒律を守り、行動に規律を持たせることで、修行者は感情や思考の乱れが少なくなり、心が静かで澄んだ状態に至るとされる。この心の安定があるから、深い瞑想が可能となり、最終的に智慧を得る準備が整うのだろう。律蔵の戒律は、決して単なる規制や制約ではなく、修行者が悟りに至るための心の準備や環境を整える「道筋」として機能する。律蔵に含まれる一つ一つの戒律が、修行者の心の在り方を整え、より深い理解と悟りの境地に至るための道しるべとして設計されているのだ。
このように、律蔵は信・戒・定・慧の各段階に対応しつつ、修行者が自己を律しながら成長するための具体的な指針を提供している。律蔵の戒律を守ることは、ただの形式的な規律ではなく、仏教の道を実践的に体得するための心の訓練そのものであると言えるのだ。
(論蔵)
経蔵(理屈)を理解して、律蔵(実践)する。その際に、自分の考えをわかりやすく伝えることは大切だ。どんなに素晴らしい考えやを持っていても、その内容を理解してもらえなければ、チームは動かないし、成長もしない。そこで三蔵の3つ目の論蔵についてみていこう。
●教えを段階的に解説(漸修を応用)
何でもそうだが、教えをいきなり全て説明しても頭に入らない。拒否反応を起こすだけだ。そのため段階を追って少しずつ理解を深めるようにするのだ。相手が無理なく理解できるように、まずは基礎的な概念から入り、次第に具体的な方針や実践へと進む流れが効果的だと考えられている。
仏教でも、根本的な考え方である四諦や八正道などの基礎を理解してもらい、徐々に仏教の視点や価値観の基本をまず身につけてもらう。そして、実践的な意味を伝える目的でその教えを具体的に日常生活にどう適用できるか、シンプルでわかりやすい例を示して伝えていくのだ。更に、基礎と実践が理解できたら、次に応用的な実践や、柔軟に方針を解釈する考え方を紹介していく。
●体験を通して理解
頭だけでの理解は腑に落ちないし、内臓がギクシャクするものだ。そのため経験を通じて理解させることが大切だ。例えば、瞑想や感謝の行を一緒に行い、体験した感覚や心の変化について話し合うと、教えの意義がより伝わりやすくなる。自分が感じたことや、瞑想中や修行中に感じた感覚や言葉を言語化して語り合うのだ。そのことで、理論と実践の双方を自分で理解しようとして実際に腹に落ちていく。
従い、「実践ワーク」として瞑想や簡単な呼吸法、感謝の振り返りなど、日常生活で取り組みやすい内容を一緒に行い、「振り返りと対話」を繰り返すのだ。体験後に感じたことや気づきを言語化してもらい、教えと体験を結びつける時間を設けていく。これを日常的に繰り返していきながら、実践でどのように活用するか、どのように結びつけるかを師が弟を導いていくのだ。
●教えをシンプルな言葉で説明し、柔軟性を示す
ビジネスも、何でも専門用語は難しく感じるし、知らない人が言葉のシャワーを浴びると眠たくなる。これは仏教も同じだ。経蔵や律蔵の教えは、仏教特有の用語や難解な概念が多い。そこで、シンプルでわかりやすい言葉に置き換えて説明するのがポイントだ。また、戒律はあくまで方針であり、状況に応じて柔軟に解釈することを強調するのだ。
従い、事例を多数使い、理解する弟に馴染みのある例えを見つけて説明することで、相手の理解を深める手助けになる。そしてルールではなく、方針、考え方、方向性であることを理解させる。戒律や方針が絶対的なルールではなく、あくまで心の導きとして柔軟に活用できるものであることを伝えるのだ。また、理解を深めるためには適宜質疑応答を交えることが大切だ。教えに対して疑問があれば、相手に質問をしてもらい、理解が深まるように対話を重ねるのだ。
●相手の関心や課題に応じた教えを伝える
相手の関心や抱えている課題に合った教えを選び、相手にとって意味ある形で教えを示すことも重要だ。仏教の教えは幅広いが、相手にとって実際に役立つ内容を伝えることで、より理解が進む。ビジネススクールで学んでいる時、既に起業している人は、講義と一見関係ないような質問をどんどんしていた。そして、当時のわたしはその対話を聴きながら、ビジネスのフレームワークや考え方は非常に役立つものだと考え、徐々に理解を自ら深めようと思った。これは、まさに信の瞬間で、自分の中でその意義を信じた瞬間から、実際にそのような考え方を活用して取り組んでみようと思ったのだ。
そのため論蔵のあり方として、相手のニーズに応じた教えを選ぶことが大切なのだ。相手が心の平安を求めているなら「定」に関する瞑想を紹介し、行動の改善を望むなら「戒」に関する教えを説明する。大企業の幹部であれば、戦略論の話や資本政策の話から今の課題を解決する議論を行う。中小企業の経営者であれば、ニッチ戦略やプライシングの具体を引き合いに出して議論を行う。相手の関心を得ることで互いの信頼関係を構築することにもつながるのだ。
●共感しやすい師や先人の体験を紹介
ビジネススクールでは、ケーススタディやリアルタイムケーススタディがある。実際の事例を多数聴くことで、知ることで理屈や実践に役立てる感覚が覚えられる。また、同時に自分の会社でも活用しようとなる。仏教でも、経蔵や律蔵に記された教えを、歴史的な僧侶や高僧の体験とともに伝えることで、相手にとって親しみやすくなるのだ。こうした先人の実例や逸話を通じて、教えがどのように実際に生かされてきたかを示すと、理解が深まる。
このように捉えると、論蔵の考え方は様々な分野に活用できると考える。ただ、その論蔵が生きるのも経蔵(理屈)と律蔵(実践)の両方を言語化して一定の体型を持っているから、より相手に対して理解しやすいカタチで伝えることができるのだ。
最後に、論蔵の教えを段階的に伝え、体験を通じて実感させる方法論についても、体系化されていることを紹介(僕のメモとして)して本文章をまとめたいと思う。
●方便(ほうべん)
方便は、仏教の真理を相手の理解に応じて巧みに伝えるための方法や手段だ。相手の理解力や状況に合わせて教えを柔軟に解釈・表現することで、真理に到達させる「導き」の手法とされる。方便では、教えを一律に伝えるのではなく、相手に合わせた最適な方法で伝え、最終的に悟りや気づきを得させることが重視される。
●漸修(ぜんしゅう)
前にも述べた「漸修」は、段階的に理解を深め、少しずつ悟りに至る修行法を意味する。教えを一度にすべて理解するのではなく、相手が無理なく学びを深められるように、段階的な学びのステップを踏ませる考え方だ。
●布教(ふきょう)
布教は、仏教の教えを広めるために、人々に教えを伝える活動全般を指す。相手の心に響くように教えを工夫して伝える方法や活動の総称だ。布教においては、単に教えを伝えるだけでなく、相手がその教えを受け入れ、実践しやすい形に導くことが重視される。
●四摂法(ししょうぼう)
四摂法とは、他者を導くために仏教が用いる四つの方法だ。これも相手に教えを効果的に伝える方法として関連が深い概念だ。布施(ふせ)は、相手に対して惜しみなく与えることで、教えに親しみやすくなる。 愛語(あいご)は、優しく、理解しやすい言葉で教えを伝え、相手の心を和らげる。利行(りぎょう)は、他者の利益を考え行動することで、教えの実践的な価値を示す。同事(どうじ)は、相手と同じ立場に立ち、共感を持って教えを伝えることで、相手の理解を助ける。この四摂法は、相手に教えを効果的に伝えるための「接し方」とも言え、相手に応じた適切なアプローチを示す方法論として役立つと思う。
●入門(にゅうもん)
仏教の初心者が最初に学ぶ段階を「入門」と呼ぶ。これは単なる学びの第一歩ではなく、導入段階でどのように相手に教えを届けるかという意味でも重要な概念だ。入門では、理解しやすく体験的な教えが求められ、仏教では「信・戒・定・慧」に至るための第一段階として丁寧に行われる。
(まとめ)
三蔵の教えのように、理論・実践・伝達をバランス良く身につけ、相手の理解に合わせた段階的な指導は、まさに現代の育成にも通じるものがあると思う。事業における育成でも、部下や上司が自らのペースで学びを深め、自分の力として取り組めるように導くことが、成長を促す鍵になる。整理すると、以下のようなアプローチとして育成に応用できるだろう。
●基礎(信)を大切にする
初めに「なぜこの業務や考え方が重要なのか」といった基本的な意義や信念をしっかりと伝え、共感を生むことで、自然に学びへのモチベーションが高まると思う。
●実践(戒)の中での学び
一定の方針を示しつつも、具体的な状況に応じた柔軟な実践を奨励することで、自ら試行錯誤し、気づきを得る環境を整えるのだ。
●集中と理解の深化(定)
仕事の本質を理解するために、日々の業務に集中し、経験を積む段階を用意する。フィードバックや内省の機会を持つことで、業務への理解が深まり、確かなスキルとして定着するのだ。
●智慧(慧)としての応用と伝達
部下や上司が得た経験を他者に教え、次の段階に進むための指導者となるような場を用意することで、さらに成長し、組織全体に智慧が広がる。
仏教の段階的な教えのように、現在の企業の中での育成にも段階的で柔軟なアプローチが効果的なのだ。
Yesを重ねるテストクロージング
2024年11月10日
高橋です。
私がコンサルティングをしている『営業プロセス研修』のエッセンスを、毎回お伝えしています。
今月のテーマは「Yesを重ねるテストクロージング」です。お客様から契約という最終Yesをいただきたいのですが、唐突に「どうですか?ご契約いただけますか?」とお尋ねしても契約は望めません。ではどうすればいいのか、今日はそのためのスキルをご紹介します。
私は近々車の購入を考えていまして、最近は週末ごとに妻と車を見にショールームに行っています。先日もある車の試乗を行う際、営業マンが言いました。
「今から試乗していただきますが、実際に運転してみられて「いいなぁ」と思っていただけましたら、お話しを進めさせていただいてもいいですか?」
私はもちろん「いいですよ」と答えました。試乗するのですから当たり前ですよね、断る理由は何も思いつきません。
これがテストクロージングです。つまり、この営業マンは私に「乗って良かったら、買ってくれますよね」と念押ししたわけです。
この営業マンはそれ以外にも、会話の中で巧みにテストクロージングを行い、私からYesをとっていきました。
「色は黒がお好みということでしたよね?実際にご覧いただいていかがですか?いい色ですよね?」→Yes
「形はいかがですか?前回もこのエッジがカッコいいとおっしゃていただきましたが、実物はいかがですか?」→Yes
「トランクの大きさはいかがですか?これぐらいあるとお荷物は載せられますか?」→Yes
「ハンドリングはいかがですか?クイックなハンドリングが好みとのことでしたが、どうですか?」→Yes
「加速はいかがですか?スムーズな加速だったでしょ?」→Yes
このような具合です。ついその場で契約しそうになりました(笑)
テストクロージングとは、商談の途中で購入につながるお客様の判断や意思を確認するプロセスのことです。お客様に最終決断(契約)を迫るのがクロージングですので、その前段階ということでテストクロージングと言います。営業マンはお客様がどれぐらいこの商品を気に入ってくださっているか、色々な切り口でお尋ねを繰り出し、反応を見極めながら商談を進めます。
その際、大切なことはお客様からたくさん「Yes」を引き出すことです。これはイエスセットという心理学を応用した商談スキルです。
イエスセットというのは、人はなんども「Yes」と答えていると、次も「Yes」と答えやすくなってしまう傾向のことです。この心理的な傾向を商談に利用したのがテストクロージングです。「Yes」と何回も答えているうちに最終的な「Yes」、つまり契約をしてしまうというわけです。
人は自分が口にしたことを簡単には覆せません。今までずっと「Yes」と言っておいて、最後だけ「No」とはなかなか言えないのです。よってテストクロージングのコツは、お客様が必ず「Yes」と答えてくださる質問を積み重ねることです。
営業マンが商談の場面で使うなら、お客様のご要望を確認しながらテストクロージングを繰り出します。
「本日は○○の件で、お話しをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「話しを聞いていただき、気に入っていただけたら一歩進めさせていただいてもいいですか?」
「先日のお話しで△△がお好みとのことだったので、今回のご提案はそれを付け加え・・・」
「前回、○○が必要とのことでしたので、このような仕様にしておきました。いかがでしょうか?」
「予算は○○程度とのことでしたよね?今回のお見積りは範囲内ということで大丈夫でしょうか?」
いきなり「契約してください」ではお客様もYesと言いにくいので、このようにお客様のご意向を確認する質問を自然な会話の中にちりばめながら「Yes」を重ねていくと、後は最終決断の「Yes」しか残っていないという状況に至ります。そこまでいけば、ご契約いただけたも同然ですね。
ぜひ、普段の商談で試してみてください。
営業プロセス、営業研修、人材育成、セールスコーチなどをご検討の経営者・経営幹部・リーダー・士業の方はお気軽に弊社にご相談ください。
人間の行動特性を理解するDISC理論
2024年11月8日
安藤です(DISCトレーナ)
コミュニケーションスタイルは、他人とのコミュニケーションの取り方の傾向や癖、好みがあらわされます。「良い」「悪い」ではなく、個人の持つスタイル・傾向です。私にはこういった強み・弱みがあるんだと認識することで、強み・弱みを活かしたり改善したりできます。
他者とコミュニケーションをとっている時も、もっと近づきたいと感じる方もいれば、これ以上は耐えられないと感じる人もいます。その背景には、他人とのコミュニケーションの取り方の傾向・癖・好みがあります。
自分のコミュニケーションスタイルを知ることで、意識して自分のコミュニケーションの癖を調整することができます。そこで、今回は、DISC理論をご案内します。(なんとなく、苦手な人がいるなど漠然とした悩みがある人には、特に参考になると思います。)
DISC理論は、アメリカの心理学者ウィリアム・マールストン博士によって1928年に提唱されました。彼は、「人間の行動特性を理解するための理論としています。
マールストン博士は人間の行動が、4つの特性「Dominance(支配性)」「Influence(影響力)」「Steadiness(安定性)」「Conscientiousness(誠実性)」の組み合わせ、つまり「DISC」によって決まると考えました。
DISCアセスメントでは、4つの行動特性―D(Dominance)I(Influence)S(Steadiness)C(Compliance)―があります。
D(Dominance)は、決断力やリーダーシップを持つ人々を示します。特徴としては、自己主張が強く果断な一方で、他者の意見を無視する傾向があるという課題も存在します。
I(Influence)は、人間関係を重視し、コミュニケーション能力が高い人々を示します。強みとしては人々を元気づける能力がありますが、計画性に欠けることが課題となります。
S(Steadiness)は、忍耐力と協調性を持つ人々を示します。安定性と信頼性が強みですが、変化を恐れる傾向があります。
C(Compliance)は、精密さと規律を重んじる人々を示します。一貫性と正確さが強みで、柔軟性に欠けることが課題となります。
また、相手のスタイルの見極め方ができると、他人のコミュニケーションスタイルが理解し、相手に合わせたコミュニケーションを取ることができます。見極め方の参考としては、下記が挙げられます。(引用:HRD)
D: コントローラー:腕を組み表情が堅く、即答する。管理職に特に多い
I: プロモーター:身振り手振りを交えて感情を込めて楽しそうに話す
S: サポーター:笑顔で指導者の話に合わせようとして返事をする
C: アナライザー:考え込んで黙ってしまう。答えるまで時間がかかる
新規事業の旅145 テーマパーク
2024年11月4日
早嶋です。12500字です。
2025年に沖縄の北部エリアにジャングリアが誕生する。この時期をもって、テーマパークの事業モデルについて考察を含めた。私が九州にいることから、USJやディズニーランドを中心に考えるのではなく、冒頭はスペースワールドやオランダ村を題材に、テーマパークの失敗要因を検討した。その後、テーマパークをゼロから立ち上げるためのコスト、ランニングコストのあたりを付け、資金調達の方法を考察。実際に、ジャングリアの公表されている情報をもとにスキームの検証をした。今回は、公共性の高い投資も含まれているため、一般に考える経済性などの評価をどのようにするのかを勝手に予測してみた。そして、ネックになるであろう来園数の議論を、同じエリアにある美ら海水族館をベースに考察。とここまで議論した場合、なんとジャングリアに投資したかった!となる読者が多数でるのでは無いかと勝ってに考えた次第である。実際は、2025年以降の開業を追わなければ分からないが、大きなプロジェクトが動き始めているのは事実だ。
(スペースワールド)
スペースワールドは開業当初、テーマパークとして大きな注目を集めた。しかし、経営環境の変化が影響し撤退。バブル崩壊後の日本経済の停滞、レジャー施設への需要低迷等が重なり集客が減少したのだ。更に、国内外の競合施設(ディズニーランドやUSJなど)の台頭により、スペースワールドの魅力が相対的に低下した。
スペースワールドは開業時、宇宙をテーマにした設備やアトラクションに大規模な投資を行った。特にジェットコースターやシミュレーターなどの最新技術を用いたアトラクションは初期投資が大きく、運営コストもかかっていた。集客が多い時期は良いが、集客が減少しても維持費が一定かかり、経営に大きな負担があったことを推測できる。
2016年に発生した「氷の水族館」問題は、イメージの悪影響を加速させた。このイベントでは、凍らせた魚を氷の中に閉じ込めて展示する内容が動物愛護の観点から批判され、結果として展示が中止される事態に陥る。この事件はメディアで大きく取り上げられたので、来園者数の減少に拍車をかけた。
当初、スペースワールドは新日鉄が主導で設立したテーマパークで、のちに親会社となった西日本鉄道(西鉄)が運営を引き継ぐ。しかし、親会社の方針転換や事業の見直しにより、2017年末をもって閉園する決断が下された。西鉄は、不採算事業からの撤退や、より収益性の高い事業への資源集中を進めた結果なので、合理的な判断を下したと思う。
(長崎オランダ村)
オランダ村は開業当初、ヨーロッパ風の街並みや庭園が観光客を魅了し、多くの来場者を集めた。しかし、開業から数年が経つと、新鮮味が薄れ、競合施設も増えたため集客が減少。欧風の街並みを再現するために、施設の維持管理には多額のコストがかかっていた。特に、海外から取り寄せた建築資材や装飾品などが多いため、施設のメンテナンスに必要な費用が高騰し、収支のバランスを悪化させたのだ。
長崎オランダ村は、交通の便が比較的良くない場所に位置していたため、都市圏からのアクセスが不便だった。これにより、他のテーマパークや観光施設と比べて集客が難しかったとされる。長崎オランダ村が開業したのは1983年で、バブル経済の好景気の中。しかし、バブル崩壊後、観光やレジャー産業に対する消費が冷え込む中、オランダ村も経営に打撃を受け、集客の落ち込みが深刻化した。
同じ九州内で開業したハウステンボス(1992年開業)が、より本格的なオランダの街並みを再現していたため、観光客がハウステンボスに流れる。これにより、オランダ村はさらに厳しい競争に直面する。これらの要因が重なり、長崎オランダ村は経営が立ち行かなくなり、結果的に撤退・倒産した。
(失敗要因の整理)
スペースワールド、オランダ村など、九州を見るだけでも多数のテーマパークが誕生して、同じような要因が重なり経営が行き詰まっている。主な原因は以下だ。
●立地とアクセスの不便さ
主要都市や空港から遠いと、訪問者がアクセスしづらくなり、集客力に影響する。長崎オランダ村は都市部から遠くアクセスが不便だった。また、交通インフラが整っていない場所だと、特に家族連れや外国人観光客にとって不便さが増大する。
●経済
テーマパークの来場者数は経済状況に比例する。バブル期は多くのテーマパークが開業したが、バブル崩壊やリーマンショック後の不況により、レジャーに対する消費が減少。経済が停滞すると、家族連れや若年層が訪れなくなることも多く、テーマパークの収益に影響する。
●運営コスト
テーマパークの施設やアトラクションの維持・管理には多額のコストがかかる。特に、特別な設備や輸入品を多用したテーマパークでは、運営コストが非常に高く、収益を圧迫する。ディズニーランドやUSJのような大規模施設ならば新規アトラクションの追加やリニューアルを行う余力があるが、資金不足の中小規模のテーマパークではそれが難しい。
●一見さん
はじめは良いが、リピートがつかなければ、年々集客は困難になる。例えば、ハウステンボスが成功した一方で、同じオランダをテーマにした長崎オランダ村は規模や内容で劣り、観光客が流れてしまった。観光客にとって他に代替できる施設がある場合、わざわざ訪れる動機が薄れてしまうのだ。
●テーマやアトラクションの陳腐化
開業当初は話題となったテーマやアトラクションも、時が経つと新鮮味が失われる。これを防ぐためには、新しいアトラクションの追加やリニューアルが必要だが、資金不足や企画力の不足が障害になることが多い。また、テーマがニッチすぎる場合、広範囲の客層を引き付けられない可能性もある。
●総合するとマーケティング力不足
立地の選定、テーマの決定やその後との取組などテーマパークは企画と運営そのものだ。定期的なプロモーションや魅力的なイベントの提供がなければ、リピーターを増やすことができない。特にSNSやインフルエンサーを活用したデジタルマーケティングが活発な中、広報活動が遅れているテーマパークは競争に置いていかれる。
中小規模のテーマパークは、運営そのものよりも、テーマパークを開園することに力を注ぎ、その後のリトルハイアである運営や追加投資、設備の維持メンテナンスを行いながらの運営の想像力が欠如していたのだ。
(テーマパークの開発)
数そのものが少ないので、一般化し抽象化できる概念では無いと思うが、初期投資とランニングコストは推定できる。
●初期投資
テーマパークを建設する際の初期コストには、大規模投資だ。まずは、用地取得費。利便性が良ければ、土地の規模は望めなくても費用が膨大になる。広さを求めると地方や栄えていない場所になるが、その後の集客コストや他のインフラを整備するコストが高くなる。インフラ整備として、道路、駐車場、上下水道、電力などのインフラも郊外であればほぼゼロベースでコストが必要になる。
次に建設費用。アトラクションや施設(レストラン、ホテル、ショップ、トイレなど)の建設には莫大な費用がかかる。アトラクションは特に高額で、最先端技術を用いたものでは数十億円に達することもあるだろう。ディズニーのように大規模なアトラクションの場合は、1つの規模で100億を超えることも珍しくないのだ。
もちろん、もっと上流工程には、テーマの設定やデザインなどの企画が必要だ。独自のテーマを設定し、建築デザイン、内装、外装に反映させるために専門家を起用するだろう。内製化したところで、一定の規模に慣れば期間が必要だし、その後の運営時のことを考えると無視できないコストだ。もちろん、その企画の中に既に人気のキャラクターやストーリーがあればライセンス料や特許のような権利費用が発生するだろう。また、オープン前からの告知や運営を始めた後の定期的な集客や認知、リピートを増やすための費用も必要な項目だ。
ディズニーランドやUSJは、これらを含めて初期投資が数千億規模になっているのは良く知られていることだ。
●ランニングコスト
テーマパークの運営におけるランニングコストを考えてみる。大きいのは人件費だ。運営スタッフ、管理者、メンテナンススタッフ、エンターテイナーなど、多くの従業員を雇用するための費用が必要だ。
次に、設備の維持メンテナンス費用だ。アトラクションや施設の維持管理には定期的なメンテナンスが必要で、特に大型アトラクションでは高額になる。入場者数と単価をベースにPLを予測して、メンテナンスコストの妥当性を把握するだろう。下振れよりもコスト高の上振れが激しく予測できる。更に、入場者が想定通り来園しなければ、コスト圧迫は当然大きい。電気代や水道代も馬鹿にならない。大規模施設のため、光熱費や水道費が膨大だ。夜間イベントやエンターテイメントショーにかかる電力も必要で、供給側と特別な交渉等が必要になる。
ライセンスを使用している場合、これらの契約は定期的に更新する必要がある。ただライセンスを持つ側が力が強く、継続的なコストは一定ではなく、通常は緩やかであるが右肩りになるだろう。そして、都度マーケティングや企画などの費用がかかる。集客を維持できなければ破綻するビジネスモデルナので、ここはぜひ内製化して強化したい機能だ。
ディズニーランド等の資料を色々入れば、ランニングコストで年間に数百億円規模のコストが発生している。アトラクションの更新、施設の修繕、新規アトラクションの開発なども含まれた数字だ。
総じて、小規模テーマパークで数十億から数百億、中規模で500億から1,000億、大規模で数千置くの初期投資をかけている。年間のランニングは数十億から数百億円程度だ。過去の資料を見れば、USJの初期投資は1,800億程度で年間の運営コストは500億程度で約3割。ディズニーランドも投資額の2割強のライニングコストをかけていると想定できる。従い、15%から30%のランニングコストが掛かるのだ。
(国内のテーマパーク)
東京ディズニーランド、ユニバーサル・スタジオ等を代表として上げ、九州の芽からハウステンボスも加えた。他に、山梨の富士急ハイランド、三重県のナガシマスーパーランド、同じく鈴鹿サーキットモートピア、志摩スペイン村、愛知県のレゴランド、栃木の東武ワールドスクエア、熊本件のグリーンランドなど、全国には結構な数のテーマパークが存在する。小規模なテーママークを含めると地域ごとに特色のある施設が展開されている。これらは主に近隣エリアの地域住民に対して提供されているので、エリアや地方がずれると認知度が一気に低迷することだろう。ただ、日本はまだまだアトラクション天国なのだ。
テーマパークの収益状況だが、東京ディズニーリゾート(東京ディズニーランドおよび東京ディズニーシー)を運営するオリエンタルランドの23年の売上高は6184億で純利益は1202億で過去最高記録だ。40周年記念イベントとコロナ後のインバウンド客の獲得と同社は説明する。
USJは23年も3600億円以上の売上で前年を上回る。スーパー・ニンテンドー・ワールドやハリー・ポッターのエリアが観光客に人気で、海外からの観光客数も回復し、収益に貢献している。
一応、ハウステンボスは、22年度の営業利益が約2.6億円と報告されている。コロナ禍からの回復が見られるものの、他の大手テーマパークと比べると規模が小さいため、経営の安定には引き続き挑戦が伴うだろう。
(ジャングリアの資金調達)
沖縄北部で建設中のテーマパーク「JUNGLIA(ジャングリア)」は、総工費約600から700億円と報道される。規模的にみると中規模程度だろう。ゴルフ場跡地を有効活用して、沖縄の自然環境を生かした新しい体験型テーマパークで2025年の開業を目指している。母体は森岡毅氏が率いいる株式会社刀が推進するSCOM沖縄テーマパーク投資ファンドだ。地域の活性化や観光振興、雇用創出などを目的としてプロジェクトとしての位置づけだ。ファンドの総額は15.6億なので、総工費は複数の資金調達手段を組み合わせていると推測する。通常は、出資、負債、プロジェクトファイナンス、補助等の組み合わせだ。
出資金は、自己資本部分に相当し、投資家や企業が株式を取得する。ジャングリアを運営する株式会社ジャパンエンターテイメント(JE)の資本構成は、複数の投資家からの出資で成り立つ。資本金は9900万円だが、事業を支えるために大幅な増資が行われ、株主資本は224億円にまで増額されている。出資者は、株式会社刀(森岡毅氏が率いる企業)やオリオンビール、全保連、サムティ株式会社、第一交通産業などが含まれ、地域経済や観光産業の活性化を目的としたソーシャルファイナンスも活用している。これは、沖縄北部での地域創生を図るプロジェクトで、地元企業や金融機関を巻き込み、多面的な支援を得るものだ。
大規模プロジェクトでは、銀行や金融機関からの借入による資金調達も行う。ジャングリアでは、政府系金融機関の商工組合中央金庫(商工中金)が運営を担うジャパンエンターテイメント(沖縄県名護市)に対して366億円の協調融資を組んだと発表している。琉球銀行や全国の地銀、政府系の沖縄振興開発金融公庫など計13金融機関で事業資金を融資する。商工中金と琉球銀が共同で幹事(アレンジャー)を務め、融資額の内訳は商工中金が80億円、琉球銀が50億円、その他11金融機関で236億円。22年9月に契約している。600から700億円程度とされる事業費のうちおよそ半分の規模だ。協調融資はシンジケート・ローンとも呼ばれ、複数の金融機関が1つの借入人に対して共通の契約条件で融資する方式だ。ジャングリアのように資金需要が大きく、1つの銀行だけではリスクを負えない場合やリスク分散のために用いられる。
プロジェクトファイナンスも良く活用される資金調達手法だ。テーマパークなどの長期にわたる事業に対して行われる資金調達手法で、プロジェクトの収益性に基づいて融資が行われる。通常、出資者と融資者がリスクを分担し、投資家がリターンを得られる構造が採られる手法だ。他には、補助金もある。今回の沖縄のような地域振興を目的とするプロジェクトでは、政府や地方自治体からの補助金や融資が提供されることもあるのだ。具体的な内容はわからないが、運営会社に対して、観光人材を育成する使徒で、補助金を活用するニュースは見られた。
事業費全体の600億から700億の内訳の正確な数字はわからないが、準備会社としてJEを設立し、ある程度の構想が固まった時点で、森岡氏の刀がJEにメジャー出資で30億程度行った。刀の資金調達は大和証券と組んでいる。大和証券は刀に対して140億の出資をしている。JEの資本構成が9900万から始まり、事業を支えるための増資で224億まで増やした。そして、商工中金や地元琉球銀行などを中心に13の金融機関からの協調融資で366億円。合計すると600億は集めていることになる。複数の資金調達を実際に組み合わせながら行っているのだ。テーマパークをゼロから立ち上げる際の資金調達の事例として参考になるケースだ。
(経済効果の予測)
新規事業を行う際、ジャングリアのように大きな初期投資をする際など、かならず資本家から経済効果の問を受ける。ジャングリアを事例にどのように考えるか整理してみよう。最終的に正解はないが、一定の合理的な推定と根拠は必要になり後は、実行者の信頼や熱意が全てになるのが実務の世界だと思う。
ジャングリアは、沖縄北部の自然環境を活かしたテーマパークで、2025年に開園予定だ。このプロジェクトには総額約600から700億円の資金が投入され、観光産業への大きな貢献が期待される。その際の経済効果は次の要素が加味された。
●観光客の増加
国内外からの観光客の引き寄せ効果だ。当然、沖縄全体の観光収入を押し上げることが期待される。特に沖縄の北部地域は、これまで観光の中心から外れていたため、地域の活性化に大きく寄与する見込みだ。
●雇用創出
パークの運営や周辺施設の開発に伴い、地域の雇用機会が拡大する。テーマパーク自体のスタッフに加え、関連するサービス業(宿泊、飲食、交通など)にも波及効果があるだろう。
●地域企業との連携
地元企業や全国的な企業がプロジェクトに参加し、オリオンビールや近鉄グループなどがパートナーになっている。この連携による沖縄経済全体への波及効果が期待される。
上記のように、まずは考えられる定性的な要素を網羅して影響の波及を考える。そして、次にそれらを何らかの手法を使って定量的な数字に落としていく。
●直接的な観光収入の増加
沖縄北部地域に年間数十万から100万人以上の観光客が訪れることが期待される。というか、そのくらいの規模が来ないと600から700億の投資は回収できない。1人あたりの平均観光支出を10万円と仮定しよう。100万人の観光客で1,000億円の直接的な観光収入になる。もちろん、入場料、宿泊費、食事、交通費、アトラクション利用料などを含む数字だ。基本的に、詳細に分析しても正解はない。まずは事業を単純化して大きな数字のあたりをつけるのだ。
●雇用創出効果
ジャングリアの運営や関連するホテル、レストラン、交通サービスにおいて、多数の新規雇用が生まれる。推定すると数千人の雇用が直接または間接的に創出されると予想できる。テーマパーク自体の従業員、周辺地域のサービス産業にも雇用効果が及ぶだろう。例えば、諸々のサービス従事者が単純に数千人規模で増加した場合、一人の年収が400万だとして、その1.5倍から2倍の間接的な波及効果が発生する。400万円の収入を持つ従事者が地域で消費(家賃、食品、生活用品、娯楽等)すると、更に波及して関連する小売や不動産、飲食業にお金が流れ循環するからだ。
従い、雇用が1000人生まれたら、400万×1.5(乗数効果を1.5とした場合)×1000人で600億。5000人の場合3000億と皮算用が出来るだろう。
●地域経済の波及効果
ジャングリアは地域経済への波及効果も大きく、地元の小売業、農業、飲食業などが恩恵を受けると予想できる。例えば、施設建設や運営に伴う地元の供給業者との取引が発生し、経済活動が活発化する。一般的に、観光施設の経済波及効果は直接投資額の2倍から3倍とされるため、総工費600億円を基にすると、1,200億円〜1,800億円の経済波及効果が見込まれる。ただ、この考えは、上記の従業員による効果とダブルところもあるが経験則的な数字と定数を加味することで、一定の規模の数字が推定できるのだ。
●地域振興と人口流入
沖縄北部の地域振興としての役割もあり、観光客だけでなく、テーマパーク関連の施設や事業が拡大することで、人口流入や地元企業の新規設立が促進される可能性もあるだろう。これにより、地域の税収も増加し、さらに長期的な経済効果も期待される。
このように考えると、ジャングリア規模の開園によって年間1000億の直接観光収入、数千人規模の新規雇用、2000億前後の経済波及効果が見込まれる。というのをたたき台として議論を進めていると思う。
(立地から推定したコンセプト)
ジャングリアが結果的に沖縄北部に選定された理由はいくつかあるだろう。おそらく、初めに沖縄でやりたかったと思う。実際、USJの執行役員をしていた2011年から沖縄のテーマパーク建設に関心を寄せていた。当時は、名護市のネオパークオキナワ周辺を候補地として検討していたが、親会社の方針転換により計画と構想は2016年に中止されている。その後、森岡氏は2017年に独立。株式会社刀を設立して、沖縄でのテーマパーク構想を再始動させたのだ。2025年夏の開業を目指しているのだ。その情熱はすごいと思う。
上記を加味して、ジャングリアが沖縄北部に選定された理由を考える(実際は、沖縄北部の土地が可能性として残り、ジャングリアのコンセプトが固まったと私は思っているが)。
沖縄北部のやんばる地域。これまで未開発で、あまり注目が無かった。従い、豊かな自然と生態系を持つ世界自然遺産というカタチでエリアの自然が残っているのだ。ジャングリアは、ゴルフ場跡地という既存の開発された土地を利用することで、テーマパークの開発費を抑えれる検討ができたのだろう。そして、自然環境への影響を最小限に抑えることが目的だというように解釈していると思う。場所の設定から自然環境をテーマにしたジャングル体験というコンセプトを練りだした可能性はあるだろう(完全に私の推測だが)。
(失敗の懸念)
当然に何だって裏と表があり、ジャングリアに対しても失敗の声は多数あがる。プロジェクトを立ち上げる時はその両面をしっかりと把握して、そこに対しても武装しリスクを軽減できるかを検討することが大切だ。
ジャングリアの場合、最も言われるのはアクセスだろう。沖縄北部は観光客が集中する那覇や中部地域から距離があり、観光客が訪れるのに時間やコストがかかるのだ。交通インフラの整備は十分とわ言えない。これが集客に悪影響を及ぼすリスクが指摘されているのだ。
次に、コンセプトだ。自然と調和したテーマパークとして差別化を図ろうとしているが、日本にはディズニーランドやUSJなど、国際的に成功している大型テーマパークが存在している。これらの施設とどう差別化を図るかは、必ずネガティブリストにあがるだろう。
コロナを経験したことで、観光需要の不確かさを指摘する人もいるだろう。どの観光地も、新型コロナウイルスの影響から回復しつつあるものの、国際情勢や経済の不安定さにより、観光需要が変動しやすい状況だ。国際観光客に依存する場合、国際情勢や渡航制限の影響を受けやすく、観光客数が計画通りに推移しないリスクはあるだろう。
沖縄全体の問題として、台風の影響だ。自然災害がテーマパークの運営に影響を与えるリスクだ。また、ジャングリアは自然環境との調和を謳っているが、開発が進む中で環境保護団体や地元の反発を受ける可能性もある(この場合、かなり政治的な意図が因果の可能性があるが)。
当然、運営コストと収益のバランスも指摘されるだろう。600から700億規模の投資だ。誰も取り組んだことがない。実際の完成とランニングにおける運営にもコストがかかる。上述でも行ったが、集客人数をベースに諸々の数字が変化すると投資回収が危うくなる事業リスクだ。
リスクとリターンは表裏一体だ。常に、上記のようなリスクを整理しながらジャングリアの投資と着工は進められている。ポイントは言語化して、そこに対してどのように対応するかを常に考え、実際に運営が始まっても繰り返し実験と検証とその結果を将来にフィードバックすることが必要になる。そこは運営母体に森岡氏のマーケティングセンスで解消できると皆が思っているから投資しているのだ。
(ジャングリアの来園数)
テーマパークの失敗については、(失敗要因の整理)でスペースワールドやハウステンボスを事例に整理した、要点は以下だ。
●立地とアクセスの不便さ
●経済
●運営コスト
●一見さん
●テーマやアトラクションの陳腐化
●総合するとマーケティング力不足
ジャングリアについて考察しよう。まずは、立地だ。立地に対しては、今後変えることは出来ない。かといって、高速道路や交通インフラは整備されるだろうが、鉄道などの根本的な解消は遠い将来だろう。それを見越しての計画だから一旦無視してみよう。更に、経済は、全ての事業に言えることなのでこれも無視しよう。運営コストとテーマアトラクションの陳腐化は、結局は集客してファン化させるなど、一定以上の来園者を常に確保することだ。もちろん、マーケティングに対しては運営母体がマーケティングの会社だから、他の事業者よりは有利なはずだ。投資家の期待もそこにあると言って良いと思う。
となると、ネックは集客なのだ。ここについて少し数字を加えて検証してみたい。ジャングリアの年間利用者数については、公式に具体的な数値はまだ発表されていない。しかし、類似の大型テーマパークに基づく推定はできる。沖縄北部に位置するジャングリアは、国内外の観光客をターゲットにしており、特に自然と調和した新しいタイプのテーマパークとして、USJや東京ディズニーランドと異なるコンセプトを打ち出している。それでも最低年間100万人来ないと収支は超厳しいだろう。ここを底として考えてみる。
まずはマクロの数値だ。過去10年程度における沖縄の観光者数は増加傾向が続いていたが、新型コロナウイルスの影響で大きな変動があった。2019年には観光客数が約1,000万人を超え、特に外国人観光客が増加していた。しかし、2020年から2021年にかけては、コロナ禍による入国制限や旅行自粛が影響し、観光客数は大幅に減少。2021年には約300万人程度まで落ち込んだ。2022年から2023年にかけて、コロナの影響が緩和され、特に国内観光客が回復した。2022年には国内観光客が約565万人に達し、前年から約87%増加となった。外国人観光客も徐々に回復しつある。
2023年からは、1月から6月が毎月70万から90万人の観光客で、7月8月は100万を超える。9月から12月まで70まんから80万の観光客がきている。2024年は23年と同様で7月8月は100万人を超え、他の月は70万から90万人の観光客だ。
総じて、年間1000万人は沖縄に観光として戻っていることが分かる。この数字をベースに考えてみよう。ジャングリアは、常に沖縄の観光客の10%の数字を確保することができれば、100万人の年間来場者を確保できるという計算だ。
因みに沖縄は離島だ。母数の1000万人は直近のピークの数字だ。仮にこれを2倍にしようとするのであれば、飛行機や船のインフラを2倍にする必要がある。那覇空港は2020年3月末に第二滑走路が供用開始されている。沖縄は国内線のハブ空港だ。平均搭乗率も7割後半から8割前半と予測する。総合的に考えると多少は上振れがあってもそれがピークで月に100万人なので、1200万人の年間観光客がピークと考えて良い。当面の間は。従い、ジャングリアのポテンシャルは1000万人をベースに考えるのは妥当だと考えた。
(美ら海水族館での考察)
ジャングリアの年間100万人。この数字だけ見ると難しそうだが、同じエリアの美ら海水族館を見ると達成可能に見えてくる。美ら海水族館の年間の利用者は2010年代を通して約300万人前後を推移しているからだ。ピークは年間約378万人で、日本の水族館では最も多くの来館者数を誇っている。パンデミックで沖縄の観光客数とともに減少するも、近年は再び回復している。
ちなみに、美ら海水族館の直近の収支を調べてみた。2022年度で経常収益は約102億7千万円、経常費用は約93億2千万円で9億5千万円の黒字を計上している。この黒字は、新型コロナウイルスの影響が薄れ、観光客が増加したことが大きく寄与している。ただ、沖縄県からの指定管理料の7.5億も提供があるのでトントンの数字だ。
美ら海水族館の入館料は近年値上げして大人2180円(高校生1440円、小学生720円、6際未満無料)だ。館内のショップやレストランの出費は1000円から3000円程度としたら大人が一人当たり4000円から5000円支払うことになる。300万人×5000円=150億と年間の収支とおよその数字はあっている。
美ら海水族館までのアクセスは車だ。従い、レンタカー、バス、タクシーの選択肢だ。沖縄に訪れる観光客の多くは、那覇空港でレンタカーを借り、美ら海水族館へ向かう。那覇空港から水族館までは、沖縄自動車道を利用して約2時間(距離は約90km)。これが最も一般的なアクセス方法だ。ジャングリアもこのシミュレーションを参考にしていると思う。
一方で、車を利用できない観光客向けにバスも運行されている。那覇空港から美ら海水族館までの直行バスがあり、高速バスや観光バスツアーが提供されている。バスでの移動時間は約3時間ほどだろう。他に、タクシーや観光タクシーを利用する人もいるが、費用が高額になるため、特定のニーズに応じた方法としてマイノリティだろう。
美ら海水族館の駐車場は約2000台分ある。駐車場は無料で団体観光客用のスペースも十分に確保されている。年間300万人の来場者があるとした場合、1日あたり1万人弱だ(ピーク時の378万人でも1日あたり10,300人だ)。1台で4人ベースでも、4人×2000台で8,000人。団体の移動を考えるとこれも数字上の計算はあっている。
(ジャングリアの立地と100万人)
ジャングリアまでのアクセスは、ほぼほぼ美ら海水族館までのアクセス(約80㌔)と変わらない。実際は、ジャングリアの方が若干遠くなる(約100㌔)が、那覇を起点に考えた場合の違いは、そう感じられないだろう。
となると、やはりメインの移動手段は自動車で、レンタカーが主戦場になるのだ。高速バスも運行されるだろうが、美ら海水族館と同じような割合になるだろう。観光タクシーや長距離タクシーもあるが、ここは美ら海水族館同様、一部のマイノリティの利用だ。
改めて100万人の来場者を考えた場合、なんか問題無く達成できる数字に見えてくる。1日あたりで2740人だ。もちろん季節変動や時期によって変わるだろう。そして台風の影響もあり、コントロールできない部分もあるだろうが、美ら海水族館の規模の3割から4割で収支が取れる計画であれば、それを凌ぐ来場者は確保できるのではないかと考える。実際、そのように結論付けたので600億から700億のお金が動いているのだ。
ジャングリアは、日帰りの設備ではなく、滞在型だ。ジャングリアには、宿泊施設の開発計画が含まれている。具体的には、不動産開発会社のサムティ株式会社がオフィシャルホテルを建設する計画が進められており、テーマパークと宿泊施設の一体運営により、訪問者に充実した滞在型の観光を提供することが目指さしている。また、ジャングリアが位置する沖縄北部には、他にもリゾートホテルや宿泊施設が点在している。
現在、ジャングリアの入園料金に関する公式な発表はまだ行われていない。しかし、他の大型テーマパークの料金を参考にすると、7,000円から10,000円程度になる可能性があると予想できる。
年間100万人の来場があり、テーマパークの入園料のみで1万円人した場合、収入は全て大人前提で100億円。これまでの議論から運営費用や人件費、メンテナンス、マーケティング等を加味して初期投資の20%前後とした場合。ジャングリアの初期投資が600億円だと120億円の運営費がかかる。10%だと60億、20%だと120億。年間の運営費が100億であれば、100万人の来場者でトントンのラインだ。美ら海のように300万の来園が維持できるラインになると一気に収支があかるくなるが、ここらへんの数読みは無数にされているだろう。
(まとめ)
成り立つかどうかは正確には分からない。将来に答えを見れば明らかになることしか分からない。しかし、森岡さんの取組に対して、600億から700億の資金が動き、プロジェクトが既にはじまっている。全体の議論としては他に漏れもあるだろうが、大枠は抑えれていると思う。2025年の開園が待ち遠しくなったのは間違い無いと思う。
新規事業の旅144 勘違いをぶっ壊せ
2024年10月24日
早嶋です。7,700文字。
新規事業の担当者は2種類の方がいるのでは無いか。初めての取組に対して、ドキドキしながらも行動ができる人と何だかんだ言って、考えたことを行動に移せない人。前者は何かしらの成果がでるだろうが、後者は資料やアイデアが貯まるばかり。新規を行うためいは、あるいは今までと異なる慣れないことに取組むには、マインドに対しての一定の理解も必要だと思う。
(意識)
そもそも意識とはどのような概念だろうか。意識を簡単に言えば、自分が何かを感じ、考えることに気づいている状態だ。具体的には、意識は自分の内面の思考や外部の刺激を知覚し、それに対して反応する能力を指す。例えば、何かを意識することで、それに注意を向け、自分の行動や判断を調整することができる状態だ。
面白いのが、意識した瞬間から突然できなくなることや、自分との脳内での対話が増え、当たり前のことが出来なくなる場合ある。逆に、意識が飛んで時は、自動運転モードになって何も考えずに体が動いている状態もあるのだ。このような現象に対して、心理学や脳科学では研究の対象として扱われている。私が言う自動運転モードは、自動化とかフロー状態と呼ばれる。
(フロー状態)
フロー状態は、意識が特定の行動やタスクに深く集中し、複雑な思考をしなくても自然と体が反応する。これは、長時間の練習や経験(私は修行と呼ぶ)により、脳がその行動をほとんど無意識のうちに処理できるようになる状態だ。例えば、スポーツ選手が競技中に複雑なプレーを「考えずに」こなせるのは、このフロー状態に近いものだ。意識があるとき、私たちは選択や判断を行い、外界との相互作用に基づいて行動する。しかし、特定の行動が習慣化され、熟練の領域に達すると、その行動は無意識下でも遂行できるようになるのだ。この無意識の動作が、いわゆる自動運転モードそのものなのだ。
整理すると、意識とは、自分の行動や思考に気づいている状態で、それがなくなると、脳は自動的に身体を動かす機能に切り替えることがあるのだ。この自動運転モードが、ある意味で脳の効率的な処理方法とも言えるのだ。
(フローのメリットとデメリット)
フロー状態に入ると、非常に効率的でスムーズにタスクをこなすことができる。しかし状況や活動の種類によっては、思考の固定化につながることもある。フロー状態の特徴は集中力の極限、つまり1つのタスクに深く集中して周囲のことに気が付きにくくなる。そして行動が自動的に行われる。経験やスキルが高度に統合され意識的に考えずとも動くのだ。不思議と時間の感覚が喪失される。時間があっという間に過ぎ去り、逆にときが止まったように流れたりと状況に応じて様々だ。そしてそれらが没入感や没頭感になりとても何かに対してやり甲斐を生み、達成感を得られるのだ。おそらく、既に習得したスキルや知識を使い、タスクを効率よくこなすのに非常に適している。しかし、新しいアイデアを生み出す場面や創造的な思考には必ずしも最適ではない状態でもある。
フロー状態は、基本的に既存のスキルや知識を使って、自然にできる作業に没頭するプロセスだ。既知のルールやパターンに従う作業には非常に効果的だが、新しい取組や創造的な作業には適さないことが言える。思考の固定化だ。フローでは、効率を重視した自動的な行動が強調される。粗pのため、新しい視点やアプローチを探るための柔軟な思考が抑えられる可能性があるのだ。既存の方法が「ショートカット」のように定着し、それに頼りがちになるからだ。
そもそもフローは既存のスキルに依存する。これまでと異なる枠組みや思考は重視されない。新規事業のように、新しい取組には「試行錯誤」や「探求」がつきもので、そのようなプロセスは通常、フロー状態に適していないのだ。そのため創造的な作業には、自由な思考や柔軟なアプローチが求められることが多く、フロー状態ではそのような「ゆらぎ」や「探索」が抑制されがちになる。フローは効率的な作業に最適化されるため、試行錯誤や「一度立ち止まって考える」瞬間が少なくなるのだ。
ただフロー状態に創造性が両立される場合もある。それは、ある程度の基礎的なスキルが身についており、熟練した領域では、フロー状態に入ることで逆に創造的な成果を効率的に生み出すことが可能だ。たとえば、アーティストや作家、スポーツ選手がフロー状態で活動すると、非常にスムーズに創造的なアイデアやプレーが生まれることがあるのだ。これは、基本的なスキルや知識が自動的に処理され、その結果として、新しいものを生み出すための精神的な余裕が生まれているからだと考えられる。
(マインドと意識)
これまでマインドと意識を分けて書いてきたが、これらは似ているようで異なる概念だ。心理学や哲学などでも異なる側面があるが、私は分けて考えている。
マインドは、広い意味で人間の心の全体を指す概念だ。思考、感情、知覚、記憶、意思など、心に関わるあらゆる働きを含む。マインドは、意識的なプロセスと無意識的なプロセスの両方を含むため、単に意識している状態だけではなく、潜在意識や無意識的な思考や感情も含まれる。マインドセットという言葉は、その人の思考や信念のあり方を指し、無意識的に影響を与える部分も含めて、総合的な心の状態を表現するのだ。
意識は、上述したがマインドの中でも特に自分が気づいている状態だ。つまり今この瞬間に自分が何を考え、何を感じ、何を経験しているかという自覚のある状態だ。意識は主に、覚醒している状態や思考、感覚に対しての注意や気づきに関わる。誰かと会話をしているとき、その会話の内容に集中している状態は意識的な状態で、何かを学んでいるときに「今、何を学んでいるか」に気づいているのも意識の一部だ。
意識の反対は無意識だが、無意識はより複雑な概念だ、あることの証明より無いことの証明が難しいそれに似ている。自分が気づいていない、あるいは意識的に制御できていない精神や思考の領域を指すからだ。無意識は、私たちの日常生活や行動に大きな影響を与えているにもかかわらず、その内容を直接認識することができないのだ。無意識は心理学や精神分析で特に注目される概念で、フロイトやユングなどの心理学者によって詳しく研究されてきた。
無意識は、普段意識しなくても自動的に行われる行動や反応を管理している。自転車を運転することや歩くことなどは、最初は意識的に学習する必要があるが、習熟すると無意識的に行えるようになる。フロイトによると、無意識には、意識することが難しいか、あるいは痛みや不安を伴うために抑圧された感情や欲求が蓄積されているとされている。これらの無意識の内容が、夢や無意識的な行動、あるいは「うっかりミス」として現れることがあるという。私たちの脳は、膨大な情報を瞬時に処理しているが、そのほとんどは意識に上がることなく無意識の領域で行われる。運転中に周囲の状況に反応する行動や、周りの音や視覚情報を処理するのは無意識の働きなのだ。無意識は、長い間繰り返された行動や習慣に基づいて働く。朝起きてからのルーティンや、危険な状況に直面したときに咄嗟に反応するのは、無意識が関与している。意識的に考えなくても、自動的に反応が起こるのは無意識の典型的な特徴なのだ。
私たちの解釈では、意識は、自分が何を考え、何を感じているかに気づいている状態だ。自分の思考や行動を意図的に制御することができる範囲だ。一方、無意識は、自分が気づいていない心の領域であり、意識的に制御できない部分だ。それは自動的に動作し、私たちの行動や感情に影響を与えるが、意識的に把握することは難しいとされる。
(新しい取組の阻害要因)
私たちは、これまで経験した取組みに対しては、一定の慣れの上、無意識に行動ができるようになる。特に、動物として生きるための機能は無意識で行われる。呼吸や知覚の活用は無意識だ。一方で、無意識の領域に対しては、意識することでより深く理解し活用できる取組もある。逆に、近くや呼吸などは意識を集中することはできるが、それだからと言って全てを理解できるものでもない。また、何か習慣的に取組んできた行動は、はじめは意識的に行うが、徐々に慣れ、ついには無意識に、つまりあれこれ考えないでも行動に移せるようになる。
ここでの疑問は、慣れる前にそもそも取り組めなくなる。行動を抑制してしまう何かがあることだ。その理由を理解することで、チームや自分のマインドをコントロールすることができると考える。特に、齢を取れば、経験を積めば、新しいことへの取組が、何故か難しくなってしまう。取組そのものを難しく考え、行動を抑制するのだ。その理由については、心理的、社会的、生理的な要因が複雑に絡み合っていると考える。
良く言われるのが固定観念とコンフォートゾーンだ。年とともに、長年の経験から得た固定観念(慣れ)や思い込みが強くなり、新しい考え方やアプローチを受け入れにくくなることがある。人は慣れ親しんだ方法を選びがちで、新しいことに挑戦するリスクを避けようとする傾向が強くなる。この大人になるに連れ、慣れるにつれ安定や安全を求める傾向が強まり、今までのやり方や習慣を、コンフォートゾーン(快適領域)として捉え、抜け出せなくなるのだ。
そして、新しいことに挑戦する際には、失敗のリスクが伴うことを経験から学んできた。大人になる頃には多くの失敗(実は大したことは無いのに)を経験してきて、都度、自尊心を傷つけた経験を思い出すのだ。そして社会的、あるいは経済的な負担と責任が増すため、失敗を避けたいという感情が強くなるのだ。結果、取り組んだことも無い、未知の挑戦に対して恐れや不安を感じることが多く、行動が抑制されるのだ。ある意味、過剰な防衛反応とも言えるの。更に、大人は社会の中での地位や役割に対する意識が強く、他人の評価や期待に敏感になっている。結果、新しいことに挑戦して失敗することで、他人からの評価が下がることを恐れているのだ。
子どもの頃は脳の神経可塑性(脳が新しいことを学び、変化する能力)が高い。柔軟に新しいことを吸収しやすい。しかし、年齢とともにこの可塑性は徐々に低下し、新しいことを学ぶスピードが遅くなり、記憶力や集中力も低下すると言われる。これが、新しいことに取り組む際の抵抗感や「習得できないのではないか」という感情を引き起こす原因にもなっている。
意識と無意識のところでも触れたが、大人になると過去の経験や成功体験が自己イメージを形成し、それに基づいて行動する傾向が強まる。これまでに成功してきた方法やスキルに依存し、新しい方法や未知の挑戦に対して抵抗感を生じさせるのだ。「これまでこれでうまくいっていた」という考えが、新しい挑戦を抑制する原因になる。一度習慣化された行動は、無意識に行われ、意識的に新しいことに挑戦しようとしても、無意識の領域が凌駕してしまうのだ。新しいことを始めるためには、既存の習慣を打破すれば良いのだが、それが簡単にはいかないのだ。
大人になるにつれ、仕事、家庭、社会的な責任が増え、自由に使える時間やエネルギーが限られてくると勘違いする。リスクを取り新しいことに挑戦するより、既存の仕事や責任を優先する傾向が強くなるのだ。そして勝手に余裕がないと感じ、行動を抑制するのだ。年を取ると、本当は暇なのに家庭や仕事のスケジュールが増え(ると勘違い)、新しいことを学ぶ時間やエネルギーが不足するのだ。
別の視点では自己効力感が低下することも考えられる。自分が新しいことに挑戦したときに成功できるという自己効力感が下がるのだ。特に過去に失敗を経験し、新しいことに取り組むチャンスが減少すると、自分に対する信頼が弱まり、「どうせうまくいかない」という消極的な考えを強くしてしまう。ここは年齢とともに体力やエネルギーの低下とも関係するだろう。特に新しい取組は、何もかもがてんてこ舞いになるので、精神的な負担も大きく、多くのエネルギーと集中力が必要だ。年を取ると、それを意図的に避け、省エネモードに舵を切るのかも知れない。
(子どもの時を考える)
大人の対人しての子供を考えて見る。大人よりも新しい取り組みを積極的に行い、どんどん吸収する理由もやはり心理的、生理的、環境的な要因によるだろう。大人と比べて、子どもは成長過程にあり、その特徴が新しいものに対して非常にオープンで柔軟な姿勢を持つことにつながっていると思う。
子どもの脳は成長過程だ。神経可塑性が高いため、新しい情報や経験を受け入れて学習する能力が非常に高い。神経可塑性は、脳が新しい経験や刺激に応じ、神経回路を再構築し、強化する能力を指す。この柔軟性が、新しい知識やスキルを短期間で吸収するメカニズムだと考えられる。何より、子供は好奇心と探究心の塊だ。子どもにとって、世界は新鮮で、まだ見知らぬことばかりだ(実は大人もそうなのだ)。そのため、何でも「知りたい」「やってみたい」と思う好奇心が旺盛で、新しい取り組みに対する意欲を強くする。何ができるかを試しながら、世界を理解する探求心が働き、新しいことに対して自然に挑戦するのだ。おそらくここは無意識の領域が動かしていると思う。
更に、子どもの脳やマインドには、未知へのおそれが無い。子どもはまだ過去の失敗や固定観念が少なく、「失敗するかもしれない」という恐怖心が少ないのだろう。新しいことに対する心理的な抵抗が大人に比べてうんと低く、自由にチャレンジするのだ。失敗は、大人と同じで学習プロセスの一部だ。ごく自然な行いと捉えられる。逆に、大人は失敗を恐れがちで、子どもは失敗を気にせず、新しいことを試し続ける。子どもがまだ社会的な評価や他者からの批判を強く意識していないことが原因と思う。逆を考えると、大人は勝手に社会的な評価を気にしている生き物なのだ。子どもは、初めての経験を通じて自分の限界を知る。とても前向きなのだ。初めて自転車に乗るときも、新しい遊びを覚えるときも、失敗を重ねながら徐々に習得する。むしろ失敗という概念がまだ形成されていないのだ。
子どもは環境からの刺激、つまりは外部の変化に非常に敏感で、何に対しても反応する。周囲の音、色、動きなどの外的刺激を敏感にキャッチし、それらに対して興味を持ち、学び取るのだ。この反応性の高さが、新しいものへの取り組みを促進している。遊びが学びの一環であり、常に新しい遊びや活動に挑戦する過程で自分の能力を伸ばしていく。遊びは自由で楽しく、新しいことに対する抵抗感がほとんどなく、自然に取り組むことができるのだ。
本来の子供でも、親の過度な期待や、親の虫眼鏡で遊びを危険視すると、当然に子供は挑戦をしなくなるし、新しい物事に対しての取組は自然なものではなく、どちらかと言えば否定的な感覚として捉えてしまう。そうが得ると、今の教育や国が推奨する義務教育は結構イノベーションを起こす社会には真反対の取組になっている。本来、社会のプレッシャーが無い子どもだからこそ、無心に貪欲に好奇心と探究心を糧に様々に吸収するからだ。
そのように考えると、社会的なプレッシャーという幻のおかげでチャレンジをしなくなるのかも知れない。本来の子どもは、大人と違って、社会的な評価や期待に縛られることがなく、自分の興味や関心に従い自由に行動できる。大人は失敗したときの社会的な評価を気にしすぎて(実は周りはなんとも思っていない場合が多い)、子どもはそのようなプレッシャーが少ないため、自由に新しいことに取り組むのだ。子どもの軸には「何が正しいか」「どう評価されるか」ということよりも、「これが楽しい」「これを知りたい」という純粋な動機に基づき行動する。結果を気にせず過程を楽しむことができるため、新しいことに挑戦するハードルが低く、いつまでも続くのだ。
自己意識という領域では未発達なのだろう。周囲の評価を気にしないことは、新たな刺激を積極に受け入れる意味ではプラスなのだ。しかし、外で走り回って探求することもを、「やかましいから止めなさい」「はずかしいからおとなしくしておきなさい」としていくと、探求そのものを悪のように勘違いしていくのだろう。とも考える。自己意識は、行動を抑制する取組にもなるのだ。新しいことに挑戦する際に「失敗したらどうしよう」「周りにどう見られるか」という心配が生じ動けなくなるのだ。本来の子どもらしい子どもは、自己意識が低いが故に自然と新しいことに挑戦するのだ。
過保護は良く無いという声もあるかも知れないが、保護されている。守られているという絶対的な安心感はとても重要な要素だ。前提として子どもは親や大人のサポートを受けている。リスクを取って新しいことに挑戦しても、守られているという安心感があるのだ。この安全基地の存在によって、子どもは失敗を恐れずに挑戦し続けることができる。何かあったらママやパパがいる。あったかい家庭がある。この感覚はとても大切だ。しかし、大人はこの「守られている感覚」が減り、リスクを取ることに慎重になるとも考えることが出来る。
諸々考えると、実は大したことが無い責任、役割などを暗黙のうちにどんどん背負った結果、しょうもない大人がでっきあがっている。考えるに、子どもはその社会的な役割や責任を感じていない。その分、自由に動けるのだ。無意識の世界で行動をしているのだろう。新しいことに挑戦するリソース(時間、エネルギー)も豊富で、次々に新しいことを試す余裕がある。大人は社会的な役割や責任を勝手に課題解釈して、新しいことに取り組む余裕を自ら制限してしまってるのだ。
(挑戦する組織)
諸々考えると、「無意識に新たな取組をやってみたい!」という自然のように動き回れるように、子どものように戻すことが大切だと思う。そのためには、一つの取組ではなく、複合的な取組が必要だ。ただし、とても重要なことは、誰だって子どもの頃は、好奇心と探究心を武器に、勝手に新たな取組を吸収して試行錯誤しながら、失敗を経験しながら成長していたのだ。それをいつしか勝手に解釈した社会の責任感により自己暗示をかけてしまっている。この状態をメタ認知して、動かないおじさん、おばさん像を捉えて笑ってしまおう。それは虚像なのだと。
企業が新規事業やこれまでと異なる領域での取り組みを行う際、メンバーに「マインドセットの変革」が必要だと言われながらも、実際にそれが進まないケースは多い。これまで説明したようなことを、自分の事例に置き換えて考えることが少ないからだ。結果、そのようなメンバや組織は、勝手にセットした固定観念や過去の成功体とらわれている。ただこれも勘違いなのだ。勘違いが新しい挑戦に対して心理的、行動的な抵抗があるという、どうでも良い理由で行動していないだけなのだ。これを理解してぶっ壊すことがそもそものマインドセットなのだ。
新規事業の旅143 アニメ産業の現状と課題
2024年10月23日
早嶋です。約14,000字。
日本のアニメ業界は興味深い。時計産業と同じように、非常に多くの職人が協力し制作する点だ。そしてこれまで国の介入が少なかった点もあり、非常に豊かで独自性ある作品が連発された。しかし近年、ジワジワと国の関与が始まり、品質や仕組みに変化が生じている。また、中国韓国の制作技術の高まりと共に、日本アニメ特有の課題が露呈している。日本特有の2Dアニメーションの文化を後世に残すべくアニメ制作会社を立ち上げて早2年。諸々見えて来た業界構造をまとめる。
(日本のアニメ業界の構造)
日本の伝統的なアニメ業界の構造を理解してみよう。ここでは制作の仕方とコスト構造に焦点を当てて説明する。まず、アニメ制作の流れからだ。端折ってるがポイントはついていると思う。
制作において、何が重要かというのは作品によって異なるが、企画や脚本は外せない。既に原作がある場合、そのライセンス交渉から始まり、オリジナルの場合は脚本家がストーリーを作成する。そして、絵コンテ。ストーリーボード(絵コンテ)とも呼ばれ、シーンの流れやキャラクターの動きなどを設計する。良い作品はこの設計が極めて緻密かつ計画的だ。そして作画。キャラクターや背景などを手描きや、デジタルで制作する。これが非常に大きな時間と人手を要する。多くのアニメーターはこの仕事に時間を費やしている。動画編集。作画した絵をアニメーションとして動かすために編集作業を行なうのだ。音声収録。声優がアフレコを行い、音楽や効果音も付けられる。テーマソングやシーンごとに流れる音楽も当然担当がいて作曲する。そして最終編集。映像と音声を一つにして、最終的なアニメが完成する。他にも細かく分けると本当に多岐にわたる仕事があり、それぞれ監督(親方や職人)がいてその仕事をほぼ専任で行ない、結果的に分業が進んでいる業界なのだ。
日本のアニメ制作は制作委員会方式が一般的だ。この方式は、複数の企業(テレビ局、レコード会社、出版社、玩具メーカーなど)が共同で資金を提供し、アニメの製作費用を賄う。一つの会社が資金を捻出しリスクを追うことなく、分散することが可能になる。当然、収益も分配される。しかし、製作スタジオやクリエイターには直接大きな利益が渡りにくい構造になる。
およその費用感だ。30分のアニメを作るコストは、3,000万円程度からだ。作品のクオリティや制作陣の規模によっても異なり、1時間のアニメが数千万円から1億円程度かかる場合もある。特に高品質な作品や劇場版アニメはそのくらいはする。制作の一部が海外に外注されることもあるが、アニメ制作は費用がかかるのだ。そのために制作委員会方式で、資金を持つ企業が共同で出資をして資金を確保して制作することが一般になったのだ。
では、そのコストの内訳だ。コストの中では作画が占める割合が多い。最も時間と手間がかかる部分で、原画や動画の作業を行うアニメーターへの報酬も含む。ただ、アニメーターの報酬は全体の制作費に比べて低く、業界ではアニメーターの低賃金が前々から問題視されている。音声も費用の中で結構かかる。音声には声優のギャラや、音響監督、音楽家などの報酬も含まれる。人気声優がキャスティングされる場合、この費用は当然高くなる。ただ、声優の場合は人気度合いよりも年功序列で報酬が高くなるという業界の面白いルールもまだ残る。今人気の声優よりも、ベテラン声優のほうがコストが高いのだ。プロヂューサーや監督の費用も忘れてはいけない。制作全体を取りまとめるプロデューサーや監督の報酬だ。そして、これら以外にも様々なコストがあるが、残る主だった費用はスタジオ運営費だ。アニメ制作会社のスタジオ維持費や機材費、レンタル費なども加算される。
アニメは職人文化が結果的に残った産業だと思う。つまり手間と暇がかかるが、その対価を価値として換算されないまま、資本家が成果(結果や作画)のみを買い取ったのだ。そのためか、作画を行うアニメーターに高い賃金が支払われない構造が存在している。特に若手アニメーターは一枚あたりの単価で仕事を受けることが多く、長時間の作業量に関係ない収入になってしまう。ここでのポイントは、その作品の権利や版権は制作委員会にあることだ。制作委員会が主に出資を行い、アニメが放送や配信、DVD販売、グッズ化などで収益を上げた場合も、その利益は制作委員会の出資比率に応じて分配される。当然だと言えばそうだが、制作スタジオが版権を保有していなければ、そのアニメがヒットしてもスタジオ自体には大きな収益が落ちないのだ。
(スタジオ・ジブリのケース)
アニメと言ったらスタジオ・ジブリ。筆者と同じ年代の方々は、今よりコンテンツが少ない時代だった。週末のゴールデンタイムには、繰り返しスタジオ・ジブリの再放送が流れていた。有名スタジオは、一般的な制作委員会方式と少し異なる状況で収益を得ていた。宮崎駿監督で知られるジブリの場合も収益分配に関しては、制作委員会方式とは異なり、より大きな利益の分配ルールがあったようだ。具体的には、ジブリの作品がヒットした後の収益分配や権利管理の仕組みが、他のアニメスタジオと異なっていたのだ。
スタジオ・ジブリは、宮崎駿や高畑勲といった監督の作品が多くの人々に愛され、映画そのもののブランド力が強い。特に宮崎監督作品は、国内外で大ヒットを記録し、劇場公開後もDVDやBlu-rayの販売、テレビ放送、さらには関連グッズやテーマパークなどの二次利用が続いている。その際、スタジオ・ジブリにも二次利用の収益が分配されるのだ。ジブリが制作した映画「千と千尋の神隠し」や「もののけ姫」などのヒット作では、出資は主に徳間書店(ジブリを支援していた出版社)が中心で、他の制作委員会のように多くの会社が分散して出資する形態では無い。利害関係者が少ないこと、ジブリと徳間書店の関係が良かったことなどから、ジブリ自体にも収益が分配される仕組みなのだ。また、ジブリは作品の版権や著作権をある程度保持しているため、長期的な収益を継続的に得ている。
そんなスタジオ・ジブリは、2023年に日本テレビ(日本テレビホールディングス)に買収された。これまで独立した制作会社として、宮崎駿監督や高畑勲監督の作品で国内外で高い評価を受けてきたが、買収に至った理由は、いくつかの要因が重なる。アニメの業界構造をみれば、今後も同様のケースは一定数発生するだろうと考える。
理由の一つは後継者問題だ。スタジオ・ジブリの代表で、主要な作品を手がけた宮崎駿監督や、創設メンバーである鈴木敏夫プロデューサーなど、スタジオを支えてきたクリエイターや経営陣が高齢化し、後継者のフォローが脆弱になったのだ。宮崎監督は何度か引退を表明しつつも、再び制作活動に復帰することを繰り返した。しかし将来的なスタジオの継続性を考えると、後継者の育成と経営の安定化が常に課題だった。宮崎駿監督の息子の宮崎吾朗監督がスタジオで活動しているものの、父親ほどの影響力はなく、次世代のスタジオ運営に対する懸念もあったのだろう。そのため、外部の安定株主のもとで、経営とスタジオ運営を行なうう意思決定をされたのだ。素晴らしいことだと思う。
スタジオ・ジブリはヒット作品が多数あり、二次利用による権利収益も入っていた。しかし、宮崎駿と高畑勲の二大巨匠の依存は否めない。両監督の作品は興行的に大きな成功を収めた故に、監督自身の引退や活動の減少は、スタジオの将来の収益や経営の持続性に疑問を残す。更に、ジブリ作品は常に新作を求められ、それに対する投資もしなければならない。ヒットするか予測は難しく、リターンを得るにも一定のリスクが常にあるのだ。そこで、日本テレビの傘下になる道を選んだのだ。日本テレビとスタジオ・ジブリの関係は長年にわたって築かれてきた。ジブリ作品は、日本テレビが関与するテレビ放送やプロモーションを通じて多くの視聴者に届けられ、上述した金曜ロードショーでは、ジブリ作品が頻繁に放送されたことで、ジブリ作品の日本家庭への普及が強化された。日本テレビはスタジオ・ジブリの出資者でもあり、ジブリ作品のプロモーションや販売において大きな役割を果たしてきたのだ。この長年の関係性も、ジブリ側にとって日本テレビを安定株主として選んだ大きな理由だったのだ。
(アニメ制作の手法)
アニメ制作には様々な方式が存在する。当然に、メリットとデメリットがある。制作委員会方式はリスク分散に優れている一方、クリエイターへの収益分配が難しい構造だ。一方で、スタジオ・ジブリのように独自の方式を取り、作品の権利を自社で保有するモデルは、成功すれば大きな収益を得ることができる。また、近年はネット配信プラットフォームやクラウドファンディングなど、新しい方式も登場しており、アニメ制作のビジネスモデルは多様化している。いくつかの手法を整理した。
●制作委員会方式
複数の企業が出資してリスク分散。収益は出資割合に応じて分配する方式だ。アニメ制作の多くはこの方式で行われる。アニメ作品の関連する各種メディアやグッズなどの売上により利益を得るが、制作会社やアニメーターに直接の収益が回りにくい構造だ。
●自主制作方式(インディペンデント方式)
自主制作の場合、スタジオや個人が自ら資金を調達して制作する。特にオリジナルのアニメーション作品で多く見られる。クラウドファンディングや個人の出資、外部からの資金提供を受けることもある。スタジオ自身が主導となり資金を調達するためクリエイターが版権を保有し、作品に対する自由度が高くなる。もちろん、ヒットした場合は、収益を得られる。反面、資金調達のリスクが高く、資金が不足すると制作が進行しなくなる可能性もある。
●スタジオ主導方式
一部の大手アニメスタジオが、自社の資金で制作を行う方式だ。この方式もスタジオが版権や関連権利を持つことができ、収益を直接享受できる。スタジオ・ジブリ方式に似た形態で、特定の監督やプロデューサーに依存せず、スタジオ全体が作品の制作・管理を行う。ただし、自主制作やスタジオ主導方式は、スタジオ・ジブリほどの成功例は少なく、具体的な呼称は定着していない。ジブリの場合、宮崎駿監督などの著名なクリエイターが中心となって作品を作るため、クリエイター主導型とも言えるだろう。
●テレビ局主導方式
テレビ局が直接出資し、アニメ制作を主導する方式だ。テレビ放送を前提に制作され、局が制作に関与し、放送枠や広告収入を得ることを目的とする。かつてはこの方式が多く見られたが、近年は制作委員会方式が一般的になった。テレビ局主導になれば、その影響が強く反映され、クリエイティブな自由が制限されることがあるだろう。
●ネット配信プラットフォーム主導方式
近年、ネットフリックスやアマゾンプライムといったストリーミングサービスがアニメ制作に積極的に参加している。これらのプラットフォームが制作費を出資し、独占的に作品を配信することが一般化しつつある。制作会社は直接プラットフォームから資金を得て制作を行い、完成した作品は世界中に配信される。グローバルな視聴者に向けて作品を届けられるため、収益が安定しやすい。また、クリエイターにとっては自由度が高く、長期的な契約が可能になることも多い。ただ、プラットフォームが作品の配信権を持ち、制作会社やクリエイターには二次的な収益があまり発生しない場合もある。
●クラウドファンディング方式
クラウドファンディングを利用して、ファンや支持者から直接資金を集める方式だ。アニメの制作費を事前にファンから集め、その資金で制作が進行する。成功すれば、アニメーションの制作に対するファンの期待が反映されやすく、クリエイターにとっては大きな自由が得られる。もちろん、クラウドファンディングが失敗した場合、資金が集まらず制作そのものが出来ないなどのリスクもある。
●ゲーム会社や企業スポンサー主導方式
ゲーム会社や企業が自社のプロモーションやIP(知的財産)を活用するために出資し、アニメを制作する方式だ。特にゲームのプロモーションのためにアニメ化する例は増えている。企業が強力な資金力を持っている場合、安定した資金が供給され、制作が順調に進む。反面、企業の意向やマーケティング戦略が優先され、クリエイティブな自由度が制限される場合も考えられる。
(業界の賃金状況)
アニメ業界における末端のアニメーターやクリエイターへの富の配分が不十分であるという問題。これは、長い間議論されている。特にアニメーターが過酷な労働環境で低賃金で働かされるという状況が顕著だ。製造業のように透明性や公平性が整備される動きは徐々に進んでいるが、アニメ業界全体における体系的な解決はこれからだ。
アニメ業界の賃金問題に関する背景を紐解く。アニメ制作の現場では、特に若手アニメーターが低賃金で働かざるを得ない状況が続いていた。アニメーターは1枚ごとの作業単価で支払いがなされる。1枚あたりの単価は数百円から千円程度に設定されている。特に原画担当や動画担当の若手アニメーターは、非常に長い労働時間を費やしても、生活できる水準の収入を得られないことが観察されていた。先に整理した、制作委員会方式の富の分配の在り方も影響が強い。制作現場にまで資金が十分に行き渡らないのだ。実際、アニメ業界の現場を観察すると常にピークが続く。特にテレビアニメなどはスケジュールが非常に厳しく、アニメーターが長時間労働を強いられることが日常だ。多くの作品が同時進行で制作され、人手が充実することは無い。従い、一部のアニメーターに過度な負担がかかることも多々あるのだ。
当然、この状況は改善されつつある。アニメ業界では、業界団体や労働組合が低賃金や労働環境の改善を求める動きを強めている。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)は、アニメーターの労働条件を改善するための調査や提言を行っており、アニメーターの賃金向上を求める活動を展開している。本文の末尾にも、最新の調査レポートの抜粋を示しているので参考にしてもらいたい。これらの活動を通じて、労働組合の結成や、アニメーターの権利保護のための法整備に向けた働きかけも行われている。
一部のアニメーターやクリエイターは、クラウドファンディングを利用して、ファンから直接資金を集め制作費を確保し、利益をより公平に分配する取り組みを進めている。ただ、何でも起用にこなす方は稀でまだまだ一部だ。近年は、ネットフリックスやアマゾンプライムに代表されるネット配信プラットフォームがアニメ制作に積極的に関わるようになり、従来の制作委員会方式とは異なるビジネスモデルが増えている。結果的にクリエイターへの配分は改善されつつあるが、資本家が変わっただけで、末端の影響は微々たるものという現場の声もある。
アニメ制作において、一部工程で、AIやデジタル技術の導入が進んでいる。これにより、作業効率が向上し、アニメーターの負担を軽減することが期待されている。しかし、3Dモーションをキャプチャしたデータを、実際は現場の作業者が修正するなど、AIやデジタル技術も道半ばで、今は作業負担が減るどころかこれまで発生しなかった作業が増え効率化は前途多難だ。
整理すると、アニメ業界での低賃金や過酷な労働環境に対する対策は、少しずつ進んでいる。しかし、制作委員会方式の構造的な問題、アニメーターの雇用形態(フリーランスで働くことが多いという特殊な雇用形態)のため、製造業のような透明性のある改善が即時的に広がるわけにはいかない。ここに仮に課題を整理するとすると、次の3つに集約される。
●アニメーターの賃金向上
日本のアニメがお家芸で、世界に誇る文化であれば、産業に従事する方々全体の収益をあげることがポイントだ。
●労働環境の改善
依然のIT産業のように、ここは改善が可能だと考える。一定の過密スケジュールや長期間労働に対して業界の内外からリーダーシップを発揮して変えていくのだ。
●クリエイターの権利保護
ここもIT業界に似ている。私が学生の頃のIT関連社は、オタク。白い目でまでは無かったが、周囲の目は冷たかった。そこに権利を保護するというネガティブなはそうではなく、価値をあげる取組をするのだ。アニメうkリエーターをスターのポジションにあげるのだ。
(業界問題を解決するための会社形態)
私が関与するアニメスタジオは、事業収益の一部を原資にアニメ制作に投資する事業を行っている。事業計画では、アニメ事業単体で収益を生む計画だ。日本のお家芸であるアニメ業界の活性化と様々な慣例を正面から変える目的もある。アニメーターを直接雇用し、制作を行い、アニメ制作費を内部で賄う形で運営する会社の取り組み。アニメ業界において注目すべき事例だ。従来の制作委員会方式とは異なり、内製化による制作モデルを追求することで、アニメーターに安定した雇用と報酬と教育を提供し、業界全体の慣例に一石を投じる動きと言えるからだ。
事業会社が営利組織として単独でアニメスタジオを運営する利点を整理してみよう。一番はアニメーターへの安定した賃金支給だ。アニメーターを正社員や契約社員として直接雇用することで、彼らに安定した収入を提供することができる。これにより、フリーランスのアニメーターが抱える不安定な収入や低賃金の問題が解消されやすくなるからだ。
内製化はコスト面の優遇もある。外部に業務を委託するコストを削減でき、制作全体のクオリティとコストを管理しやすくなる。制作過程の透明性が確保され、クリエイターたちが作品に対してより責任感を持ち、自分たちの仕事が評価される環境が整うのだ。
もちろん、プラネットスタジオのようにアニメーターを直接雇用し、内製化を進めるアニメ制作会社は他にも存在する。いくつか紹介しよう。
京都アニメーション(通称:京アニ)は、アニメーターを直接雇用し、教育や育成にも力を入れているスタジオだ。京アニは自社でアニメーターを育て、安定した雇用を提供しながら、質の高いアニメを制作している。京アニの成功例は、制作スタジオがアニメーターに対して適切な環境を提供し、業界全体に良い影響を与えていると思う。
P.A. Worksは、富山県に本拠を置き、地方に拠点を持つことでコストを抑えつつ、アニメーターを直接雇用している。地方での拠点運営による生活コストの低さを活かし、アニメーターにとって働きやすい環境を整備している。こちらも、クオリティの高い作品を安定して制作していることで知られている。
庵野秀明監督が設立したスタジオカラーも、アニメーターを直接雇用し、長期的なプロジェクトを進めるスタジオだ。自社制作を基本とし、アニメーターがクリエイティブな自由を発揮できる環境を提供している。
(半導体と同じ道を歩んではいけない)
近年、中国や韓国のアニメーション産業が急成長しており、特に日本のアニメーターが関わるケースも増えている。この現象は、日本のアニメ産業が抱える賃金や労働環境の問題を背景にしており、2000年代の半導体産業の構図と似た側面がある。具体的にどのような構図が形成され、どのような影響をもたらしているのかについて詳しく説明する。
中国や韓国の政府は、アニメーションを含むエンターテインメント産業を戦略的産業と位置付け、積極的な投資や支援を行っている。中国政府は「文化産業振興法」や各種政策でアニメ制作会社を支援し、国内外の市場向けに質の高いアニメーション作品を制作するよう促進しているのだ。また、韓国も政府の支援を受け、国際的なアニメ市場に参入しやすい環境を整えている。
中国や韓国では、アニメーション制作人材が豊富であり、日本と比較して賃金コストが低いことが長い間利点だった。しかし、最近では単なる安価な労働力に留まらず、技術力や制作の質自体も向上し、クリエイティブなアニメーションが数多く生み出されるようになってきた。このような状況により、アニメ制作においても国際的に競争力を持つようになってきたのだ。
中国や韓国のアニメは、国内市場だけでなく、欧米や東南アジアを含む国際市場にも積極的に進出している。特に、中国は日本やハリウッドに匹敵する市場規模を持つようになり、国内外で大規模なアニメ制作が進められている。これにより、質の高いアニメーションが次々と制作され、国際的な認知度も高まっているのだ。
日本のアニメーターは、前述の通り、厳しい労働環境や低賃金の問題に直面している。特に若手アニメーターがフリーランスで働いているケースが多く、安定した収入を得るのが難しいため、より高い報酬や安定した仕事を求めて、テレワーキングを通じて中国や韓国のアニメ制作に参加するケースが増えているのだ。当然の流れである。テクノロジーの進化により、アニメ制作は必ずしも物理的なスタジオに集まって行う必要がなくなりつつあり、デジタルツールやクラウドベースの制作環境が整備されることで、日本にいながらリモートで中国や韓国の制作に参加することが可能になっているのだ。これにより、国境を越えた制作チームが形成され、より多くのアニメーターが国際的なプロジェクトに参加できるようになってきた。
中国や韓国のアニメ制作会社は、日本のアニメーターに対して比較的高い報酬を提示することがあり、日本国内で働くよりも好条件で契約を結ぶのだ。これにより、日本のアニメーターがテレワークを通じて中国や韓国のプロジェクトに関わることが増え、日本国内の制作現場で感じる冷遇に対する代替的な選択肢となっている。
昔は、中国や韓国は日本のアニメーション制作の下請けを行うことが多く、主にアニメの動画部分や背景などの部分作業を担当していた。しかし、近年では技術力が大幅に向上し、クリエイティブ面でも強みを持つようになっている。特にCG技術や特殊効果の分野で強みを発揮しており、アニメのビジュアル面での表現力が飛躍的に向上している。更に、中国や韓国の制作会社は、オリジナルアニメの制作にも積極的に取り組んでいる。特に、中国では国内の人気Web漫画や小説を原作としたアニメが数多く制作されており、中国の文化や歴史を反映した作品が国内外で人気を集めている。また、韓国も人気のWebtoonをアニメ化する動きがあり、韓国の文化や社会背景をテーマにした作品が増えている。
日本の半導体産業がかつて中国や韓国に技術移転を行い、その後競争力を失った歴史に似た構図がアニメ業界にも観察できるのだ。具体的には、日本が制作費や賃金面での問題を抱える一方で、中国や韓国が技術力を高め、質の高いアニメ作品を次々と制作し、国際市場で競争力を持つようになる。日本のアニメーターが中国や韓国のプロジェクトにリモートで参加することは、技術や才能の「輸出」となり、最終的には日本が競争力を失うリスクが懸念されるのだ。
(日本のアニメ業界の今後)
日本のアニメ産業がこの状況に対応するためには、国内のアニメーターへの待遇改善や労働環境の整備が急務だ。賃金の向上、労働環境の改善、さらにはクリエイターが適切な権利を得られる構造の再構築が必要だと思う。
それから日本のアニメの元祖である2Dの美学を追求することも大切だ。3Dや技術革新の世界は今後も研究して導入していくべきだが、日本のアニメは2Dが元祖であり、そのポジションは明確に世界に発信していくことで、改めて価値が向上すると考える。日本の伝統的な2Dアニメには、独特の魅力や美学が存在し、長年にわたり多くのファンに支持されてきた理由になっていると思う。3Dアニメーションが普及しつつある今、2Dアニメが持つ「古き良き」魅力について考えると、そのアートスタイルや表現技法、ストーリーテリングのアプローチなど、いくつかの重要な要素が浮き上がる。
日本の2Dアニメは、手描きアニメーションを基盤とした芸術的な表現が特徴だ。特に宮崎駿監督や高畑勲監督の作品では、手描きの繊細な線や、丁寧に描かれたキャラクターの動き、背景のディテールが際立っている。手描きアニメーションの温かみや、人間らしい「不完全さ」は、視覚的にも感情的にも深い印象を与えるのだ。更に、手描きアニメでは、柔らかく豊かな色彩表現が可能で、光や影の使い方に細かな工夫が施されている。背景とキャラクターの色調のバランスや、季節や時間の経過を反映した色使いが、物語の情緒を強く引き出している。実はアナログとデジタルの不自然さはここに現れているのではないかと思う。3Dアニメーションに違和感を持つ理由が上記に集約される。
日本の伝統的なアニメーションには、特有の間(ま)やリズム感が存在する。アニメにおける間は、キャラクターが動かない瞬間や静止画のまま感情が表現される瞬間など、動きよりもむしろ動かない時間に感情の緊張感や深みを持たせることができるのだ。実際は、動かない間は、作画枚数を削減する苦肉の策だったかも知れないが、静と動のバランスが視聴者に考える時間を提供し、双方向のコミュニケーションが発生するという素晴らしい結果を得たのだ。
日本の2Dアニメでは、キャラクターのデザインや動きがデフォルメ(簡略化)されることが多い。これが感情表現や物語性を際立たせる。2Dアニメは、現実世界に忠実な再現ではなく、感情やテーマを強調するために、あえてリアルさを排除して、象徴的な描写や誇張された動きが使われる。顔の大きな変形や、目が大きく開く、涙や汗が誇張されるといったマンガ的な表現が頻繁に用いられ、視聴者に感情の起伏をダイレクトに伝えるのだ。リアルな動きや表情ではなく、感情そのものを視覚的に強調するスタイルそのものが特徴なのだ。この表現を際立たせるのが背景や色彩、キャラクターのシルエットなどだ。その結果、物語のテーマやキャラクターの内面を象徴的に描くことができる。特に背景美術は、自然や風景が持つ象徴的な意味を持たせることがあり、キャラクターの感情や物語の状況を視覚的に補完し全体をしあげていく。
また、2Dアニメでは、シーンごとに計算された構図やフレーミングが非常に重要視される。絵画的な美しさを意識したカメラワークや構図の取り方が、視覚的なインパクトを生み出し、物語の情緒をさらに深める役割を果たすのだ。特に、風景描写は素晴らしい。自然や都市の風景を緻密に描写する作品が多く、物語に深い没入感を与える。スタジオ・ジブリ作品や新海誠監督の映画では、風景が一つのキャラクターのような存在感を持ち、作品の世界観を豊かにしている。更に、アニメーションのシーンごとに、登場人物の配置や動きを計算して配置することで、視覚的なシンメトリーやバランスを意識した演出が施されている。シーンに独特の美しさや緊張感をもたらすのだ。
人間は不完全な部分を自ら創造して完成させる。そのため全てを視覚的に説明することを敢えて避ける場合もある。一部の情報をあえて省略することで、視聴者の想像力に訴えかけるのだ。2Dアニメのシンプルなデザインや、動きの制約を逆手に取り、観客が心の中で物語を補完するのだ。はじめはアニメで感動してしまった。とネガティブにとっていたが、アニメだからこそ感動するという表現が実は正しい部分もあるのだ。現在の3Dアニメは、モーションキャプチャを採用して、忠実に人間や実際の動きを再現しようとする。それに対して2Dアニメの動きはシンプルであるが故に感情表現が強調されているのだ。
更に、作品にもよるが、日本のアニメは、歴史や伝統が詰まっており、視聴者にとって懐かしい感覚を呼び起こす。80年代や90年代に放送されたアニメ作品には、現代の技術では再現できない独特の魅力がある。若者も含めて視聴者は、その映像を見ることでノスタルジックな感覚を覚えていくのだ。確かに、セルアニメの時代の作品は、画面越しに感じられる温かみや手作業の痕跡があり、これが昔ながらのアニメ、あるいはそれこそがアニメとして、受け取られていると思うのだ。
(まとめ)
アニメ制作の構造では、制作委員会方式、スタジオ・ジブリ方式、その他の制作方式をみてきた。中でも複数の企業が出資して、リスクを分散する伝統的な製作委員会方式では、出資者にのみ収益が分配され、制作スタジオやアニメーターへの還元が少なくなる構造的な問題を指摘した。
次に、アニメ業界の低賃金問題と改善の兆しに言及した。業界団体の動き、テクノロジーの導入、そしてネット配信プラットフォームの影響がましたことで、制作会社やクリエイターの働く環境も激変している。
スタジオ・ジブリ方式は、出資者や制作スタジオやアニメーターにとってもメリットはあったが、実際は後継者問題や経営の持続可能性、事業承継の難しさ、安定した経営基盤の確保などの問題があり持続的なビジネスモデルになりえなかった。日本テレビとジブリの関係に言及しながら、現状に触れた。
国外に目を向けた時に、中国や韓国のアニメ産業の台頭に問題意識を向けた。低賃金で仕事をしていた日本在住のアニメーターがWeb技術を駆使して、テレワークの状態で海外の仕事をし始めているのだ。1990年代に技術流出した半導体の取組と重ねて、メリットやデメリットを指摘した。
最後に、中国や韓国が対等すると日本の良き2D文化そのものが消滅するかも知れない。そこで、最後に日本の伝統的なアニメーションは2Dであり、その何が素晴らしいのかについて言及した。手書きの温かみ、間やリズム感、デフォルメとシンボリズムの手法、そしてノスタルジックな魅力。どれも3Dアニメと近年のテクノロジーを導入してみ及ばない価値だ。
整理すると、日本のアニメ産業は、2Dアニメの伝統を守りつつ、国際市場や新しい技術の導入に対応しなければならない過渡期にある。賃金や労働環境の改善、外部からの資金調達や新たな制作方式の活用など、多くの課題と新たな可能性が共存している。ジブリのようなスタジオが経営の安定化を図り、同時に中国や韓国といった国々のアニメ産業が成長する中で、日本のアニメがどのように進化していくかが注目される。また、伝統的な2Dアニメの魅力は、今後も多くの視聴者に支持され続けると思う。微力ながらアニメスタジオの関与を通じて、上記の問題提起に対して、我々なりの解決策を示し実現していきたい。
※以下、直近のアニメ産業のファクトデータの抜粋を示す。
(アニメ産業の状況:ファクトデータ)
アニメーション制作者実態調査2023、文化庁令和4年度「メディア芸術連携基盤整備推進事業」の一環として実施されたアニメーター実施調査をまとめた資料より抜粋
– 同様の調査の推移より、2005年時点は男女比で男性6割、平均年齢33.7歳、平均勤続12.6年、年収中央値250万、労働10.2時間/日、休日月平均3.7日、配偶者無し75.3%だった、これが2023年の調査では、男女比で男性54%、平均年齢38.8歳、平均勤続15.7年、年収中央値422万、労働8.8時間/日、休日月平均6.8日、配偶者無し57.4%と環境がかなり向上したことがわかる。
– 2023年の母数はn=427人、日本人98%。居住地は57%が東京、東京除く関東が12.4%、近畿地方が24.1%とエリアが偏っている。都内の内訳は、練馬区が23.9%、杉並区が22.6%、中野区が7%、ついで西東京市、小平市、小金井市、国分寺市、三鷹市、東村山市と練馬と杉並を中心に中央線沿いに多くのアニメーターがクラスタ化している。
– 年齢分布を見ると男性平均40.7歳、女性36.6歳。男性は54%。男性の最頻値は26歳で23名いる。女性も平均は36歳だが20代後半から50代にかけて満遍なく分布する。
– 配偶者は38.6%がいる。住居形態は44%が賃貸マンション、家族所有の持家一戸建が13.7%、自己所有の持家一戸建が12.5%。
– 学歴は、大卒が41%、専門校卒が37%、高卒が14.5%。
– 仕事の平均経験年数は男性で17年、女性で14年。数年から10年続けて辞める方か、それ以上継続する方に分かれる。
– アニメの仕事は多岐に渉る。監督、シナリオ、絵コンテ、演出、デザイン、版権、総作画監督、作画監督、原画、LOラフ原、第二原画、3DCG、動画検査、動画、色彩設計、色指定、仕上げ検査、仕上げ・彩色、美術監督、美術背景、撮影、編集、音楽。楽曲、プロヂューサー、制作デスク、制作進行、等々だ。この中で最も多く従事しているが原画で約半数の45%で収入源のベースも16%が原画だ。
– 近年、仕事の増減でネットフリックスやアマゾンプライムによる配信作品の仕事の増加が顕著で次に劇場用映画、TVシリーズとなっている。
– 技術の習得については、職場でのOJT等が3割で、独学が2割、専門学校等が17%。54%の回答者が職場でのOJTがもっとの技術習得に役立つと答えている。
– 当面の仕事の見通し期間だが、18%が1から3ヶ月、16%が3から6ヶ月、18%が半年から1年、17%が1年から2年。
– アニメーション制作者の就業形態は4割が正社員、9%が契約社員、31%がフリーランス、17%が自営業。
– 年間年収は平均値が455万、中央値は422万、標準偏差が220万なので250万から700万の間に7割が分布している。ただし、600万以上も25%いる。年収のピークは50代前半で614万円。
– 役割別で年収が高いのは、監督が中央値で800万、シナリオが620万、総作画監督が550万。
– 仕事をするうえでの問題の上位は、時間やスケジュールの調整5割、多岐にわたる要求24%。
新規事業の旅 エアラインの業界構造
2024年10月16日
早嶋です。約9200文字。
国内は、JALとANAに代表されるナショナルフラッグが2社。後は中堅のスターフライヤー、ソラシドエア、スカイマークとLCCを含めると10社程度の航空会社があり、貨物航空やチャーター会社を含めると更に増える。世界に目を向けると、数千社の航空会社が存在するとされる。航空業界のデータベースを参照すると、定期的に運航している航空会社はおおよそ1,500社程度とされているが、小規模な地域航空会社や貨物専業の航空会社も含む。航空会社は非常に多様で、国際的な大手キャリアから、小規模で国内や地域を拠点にする航空会社まで様々な規模の会社が存在する。そのような中、国内の中堅航空会社とLCCが今後どのような勝ち筋を考え動くべきか考察した。
(ナショナルフラッグキャリア)
JALやANAのようなフラグシップキャリア、ナショナルブランドのエアラインと呼ばれる大手航空会社は、各国においてその国を代表する航空会社として位置づけられる。通常は国際線も運航し、広範な路線ネットワークを持つ企業だ。世界には、この規模の会社が50から60社程度存在する。代表的な航空会社は以下だ。
アジア: 中国南方航空、中国東方航空、キャセイパシフィック航空(香港)、シンガポール航空、韓国の大韓航空、タイ航空など。
北米: アメリカン航空、デルタ航空、ユナイテッド航空、カナダのエア・カナダなど。
ヨーロッパ: ブリティッシュ・エアウェイズ、エールフランス、ルフトハンザ航空、KLM(オランダ)、イベリア航空(スペイン)など。
中東: エミレーツ航空、カタール航空、エティハド航空など。
オセアニア: カンタス航空(オーストラリア)、ニュージーランド航空など。
それぞれの航空会社は、国際的な航空アライアンス(ワンワールド、スターアライアンス、スカイチームなど)に加盟し、世界的なネットワークを持つ。ナショナルキャリアは通常、広範な運航ネットワークと大型機材を使用し、政府との関係も強いのが特徴だ。一方で、近年のコントロールが難しい外的要因によってナショナルキャリアの経営も安定していない。また、思想が異なるローコストキャリア(LCC)の台頭により価格に敏感な客層を奪われる現象も出てきた。そうなると、ナショナルキャリアはLCCを取り込む動きを加速する。
(LCCを取り入れる理由)
ナショナルキャリアがLCCを取り込む理由は様々にある。まずは顧客セグメントの拡張だ。従来のフルサービスのビジネスモデルでは対応しにくい、価格に敏感な顧客層を取り込むのだ。コスト構造の最適化もある。LCCは通常、より効率的な運航モデルを持ち、運航コストが低いので競争力ある価格設定が可能だ。ナショナルキャリアとして高品質なサービスを維持しつつ、LCCの運営を通じてコストを削減し、収益性を高める魂胆だ。もちろん防衛の意味もあると思う。LCCは、国内や国際線において大きな競争力を持ち始めている。ナショナルキャリアも自社でLCCを展開することで、他社のLCCから顧客を奪われるリスクを低減し、グループ収益を守ろうと考えるのだ。更には、振興市場への足がかりもあるだろう。LCCは短距離路線や二次都市、リゾート地などで強みを持ち、新しい市場へ参入するための柔軟な手段となりうるのだ。これにより、ナショナルキャリアは伝統的な市場に加え、LCCを通じて新しい市場にも対応しようとしている。競争環境が厳しくなる中でも、ナショナルキャリアも従来のビジネスモデルだけでなく、LCCのような柔軟な手法を取り入れることで、持続的な成長と競争力の維持を目指しているのだ。
フルサービスキャリア(ナショナルフラッグ)の収益性は、コストが高いため、通常は営業利益で3%から5%程度とされる。フルサービスキャリアは、燃料費や人件費、機材の維持管理など、さまざまなコストがかさみ利益率は比較的低めだ。一方、LCCはコスト効率が高いことから、5%から8%の営業利益率を持つことが一般的で、場合によってはそれ以上の利益率を達成することもある。LCCは運航効率を重視し、サービスを必要最小限に抑えることで、フルサービスキャリアに比べて高い利益率を実現している。
フルサービスキャリアのコストの詳細をみてみよう。まずは高い運行コストだ。 フルサービスを提供するため、燃料費、人件費、機材(航空機)購入・維持費用、インフラ(ラウンジ、空港施設)などが高額になる。特に労働力コストやサービス水準が高いことが、ローコストキャリア(LCC)に比べてコスト競争力を低下させる一因になる。
かといってプレミアム市場は無視したくない。ビジネスクラスやファーストクラスを含む高価格帯の座席が、収益の大きな部分を占めるからだ。特に、国際長距離路線ではこうした座席が大きな利益を生み出す。企業が従業員のためにビジネスクラスを購入し、快適な移動をしてもらう代わりに収益を挙げてもらおうと、互いにWinWinの関係を持っているから、航空会社の収益にも大きく貢献するのだ。
更に、多くのナショナルキャリアは、旅客便に加えて貨物事業も行っている。これも重要な収益源だ。特に、国際貿易が盛んな時期やパンデミック時のように航空貨物の需要が高まった場合は、リスクヘッジにもなり、収益のポートフォリオを持つ目的でも重要だ。
各国を代表するナショナルフラッグでも、世界を相手にすると規模で及ばない。そこでコードシェアやアライアンスをフル活用している。グローバル航空アライアンス(ワンワールド、スターアライアンスなど)のメンバーとして、相互のコードシェア便などで効率的にネットワークを拡張し、収益機会を広げるのだ。
ただ、これだけ行っても近年の競争環境で生き残りをかけるためにもLCCを傘下に入れる取り組みも行っている。ナショナルフラッグがLCCを導入する考えは、一見共食い(カニバライゼーション)も考えられるが、合理性もあるのだ。LCCは通常、価格に敏感な顧客や短距離路線の利用者をターゲットにしている。一方、ナショナルキャリアのフルサービスは、ビジネスクラスや長距離国際線など、サービスに対してより高い価格を支払う顧客にフォーカスしている。このため、ターゲット顧客が異なることから、LCCとフルサービス部門の競合はある程度限定的と考えられる。更に、ナショナルキャリアは、短距離や低収益の路線をLCCに任せ、効率化を図ることができる。結果、コストの低いLCCが運航できるため、全体の収益性を高める可能性があるのだ。ANAやJALが国内線やリゾート路線でLCCを活用しているのもこの一例だが、JALやANAが行っているLCCはその割り切りが中途半端なので、顧客からするとお得で、企業からすると煮えきれない状況のように思う。
LCCは通常、ナショナルキャリアから独立した運営を行い、コスト構造や価格設定を大幅に違えることで競争を避けている。たとえば、ピーチやジェットスターはANAやJALの傘下だが、独立した経営戦略を持ち、同じ路線で直接競争することを避ける工夫をしている。そう考えると、LCCは低コストで運航できるため、少なくとも価格敏感な市場では利益率を上げることができるのだ。ナショナルキャリアの収益が国際線やプレミアムサービスに依存しすぎている場合、LCCは収益源を多様化し、安定性を高めるための手段となりうるのだ。
整理すると、カニバらさせないためには、サービスの明確化、路線と価格の差別化、価格に敏感な層へのアプローチが肝になりそうだ。ナショナルキャリアは、サービス品質や付加価値(快適な座席、上質な機内サービス、ラウンジアクセスなど)を強調し、LCCとは異なるプレミアム体験を提供することだ。そして、重要な国際路線やビジネス客が多い路線はナショナルキャリアが維持し、観光地やレジャー目的の利用が多い路線をLCCに委ねることで、両者の市場を区別する。更に、LCCの顧客は通常、価格重視であり、フルサービスの顧客とは異なるため、共食いリスクは限定的だが、同じ航空グループ内で価格重視層を獲得できることは全体の競争力を強化できるのだ。
(世界のナショナルフラッグキャリア)
再び、フルサービスの事業に話を戻そう。日本で生活しているとJALやANA以外のキャリアを見ることが無い。しかし世界のトップ企業はでかいのだ。収益をあげているフルサービスキャリアは規模の経済を謳歌しているのが観察できる。中でも、アメリカのデルタ航空やアメリカン航空、ユナイテッド航空などの米国系航空会社が代表的だ。これらの航空会社は、大規模な国内市場に加えて国際路線も多く運航しており、特にアメリカの巨大な経済圏を背景に強力な収益基盤を持つ。特にデルタ航空は、近年、業界で高い収益性と安定した業績を示しており、収益性の面で非常に成功している。デルタ航空の強みは、次のようなことが考えられる。
まずは広範囲な路線ネットワークだ。米国国内外に多数の路線を展開し、ビジネス・レジャーともに幅広い顧客層にサービスを提供している。次にプレミアムサービスとラウンジだ。高収益のビジネスクラス、ファーストクラスを運営し、プレミアム顧客に対する高品質なサービスも特徴だ。そして運行効率の高さも忘れてはいけない。日々、運航効率の改善やコスト削減に力を入れ、利益率を高めている。更に、グローバルなアライアンス(スカイチーム)に所属し、提携による収益拡大が可能な状況を生み出しているのだ。
他にも、欧州ではルフトハンザ航空やブリティッシュ・エアウェイズが高い収益性を誇り、中東ではエミレーツ航空やカタール航空が国際線を中心に高い利益を上げている。フルサービスキャリアの上位5位の実態を整理してみた。これらの航空会社はそれぞれ大規模な運航ネットワークと多くの飛行機を保有しており、プレミアム顧客層や長距離国際線の需要に対応している。また、LCCとの競争にも対応しながら、依然として高い収益を維持しているのだ。
デルタ航空
収益:は、約490億ドル(2023年)。飛行機数が約950機。運航数は、毎日約4,000便、路線数は300以上、そしてパイロット数が約14,000人。
アメリカン航空
収益は、約470億ドル(2023年)。飛行機数が約935機。運航数は、毎日4,700便以上、路線数は 350以上、パイロット数が約15,000人 。
ユナイテッド航空
収益は、約440億ドル(2023年)。行機数が約860機。運航数は、毎日約4,100便、路線数は340以上、パイロット数が約13,000人。
エミレーツ航空
収益は、約270億ドル(2023年)。飛行機数が約260機。運航数は、毎日約3,600便、路線数は157以上、パイロット数が約4,000人。
ルフトハンザ航空
収益は、約270億ドル(2023年)。飛行機数が約710機。運航数は、毎日約3,000便、路線数は220以上、パイロット数が約10,000人。
同様に、JALとANAを同じ数値で比較してみよう。両社とも日本のナショナルキャリアとして、国際線と国内線の広範なネットワークを持ち、それぞれ独自の戦略で収益を高めているが、規模が明らかに違うのだ。
JAL
収益は、1兆3,750億円(2023年度)。飛行機数が約227機。路線は約376都市(国内外合わせて)、パイロット数が約3,000人。運航数は主要路線で毎日2,000便以上。
ANA
収益は、約1兆7,070億円(2023年度)。飛行機数が約290機。路線数は国内外に約130の目的地で、パイロット数が約3,500人。運航数は毎日約2,500便以上。
航空業界におけるナショナルフラッグキャリアの戦いは、規模の経済が大きな勝因となっていることがわかる。規模が大きければ、運航の効率化やコスト削減、路線網の拡大、顧客基盤の拡大が可能で、これが収益性に直結する。特に、航空会社は飛行機やインフラの維持に莫大な費用がかかるため、大規模に展開する企業はコストを分散できる点で有利だ。更に、今後の業界の動向として、淘汰やアライアンスの加速が予測される。航空業界ではすでに、経済の不確実性や燃料費の変動、LCCの台頭などの要因で、ナショナルフラッグキャリア同士の競争が激化している。そのため、より多くの航空会社がアライアンスに加盟し、コードシェアなどでリソースを共有し、グローバルなサービスを効率化している。
スカイチーム、スターアライアンス、ワンワールドといった主要な航空アライアンスは、航空会社間の連携を強化するための重要な手段となっており、共同での運航やシステムの統合により、コスト削減や乗り継ぎの利便性を向上させている。特にパンデミック以降、経営が厳しくなった航空会社の間で、合併や統合の動きも見られている。現在、世界には60社程度のナショナルフラッグキャリアが存在するが、規模が小さい企業や収益性が低い企業は、大手キャリアやアライアンスに吸収されるか、競争力を失って淘汰される可能性がある。市場動向次第では、アライアンスの統合や新たなパートナーシップの形成がさらに進むと考えられるのだ。
(LCC:ローコストキャリア)
ここで再びLCCに話題を戻そう。ローコストキャリア(LCC)は、ナショナルフラッグキャリアが収益を出しにくい路線や顧客層に焦点を当てて成功している。LCCは、主に短距離・中距離路線で価格に敏感な顧客層をターゲットにし、従来の航空会社が提供できない低価格と効率性を武器に、様々な工夫で利益率を高めている。
まずは運行コストそのものの削減だ。LCCは、簡素化されたサービスを提供し、効率の良い運航スケジュールを組むことで、ナショナルフラッグキャリアよりも大幅に低いコストで運営している。機内食やラウンジのような追加サービスを有料にし、利用者が選べる形にしているのだ。また、短距離や中距離路線の集中もポイントだ。ナショナルフラッグキャリアにとって収益性が低いかもしれない短距離路線でも、LCCはコスト効率が良いため利益を上げやすいのだ。たとえば、地域間の観光需要が高い都市に積極的に就航することで利益を生み出している。機材の運用にも工夫がある。多くのLCCは、特定の機材(例えばエアバスA320やボーイング737など)に統一することで、整備や訓練コストを削減している。これにより、ナショナルフラッグキャリアよりも安定したコスト構造が実現するのだ。そして、主要ハブ空港を回避する。一見、逆説的だが、大規模なナショナルフラッグキャリアが使用する混雑した主要ハブ空港を避け、二次都市や小規模な空港に就航することで、空港使用料や着陸料などのコストを削減しているのだ。これも利益率を高める要因となる。
LCCは、ナショナルフラッグキャリアが採算を取るのが難しい地方路線や、観光地間の低価格需要に対応しており、これによりナショナルキャリアと競争ではなく補完関係を形成しているのだ。ナショナルキャリアはプレミアムサービスや長距離国際線に注力し、ビジネス客や高価格帯の利用者層をターゲットにする。従い、LCCとナショナルフラッグキャリアは、それぞれ異なる顧客層や路線で収益を上げる戦略を採り、業界全体の多様化と競争力の維持に寄与しているのだ。
しかし、この景色はパンデミック前後で大きく変わったと思う。コロナの3年間、航空機業界は多大なるダメージを受け、運行するスタッフや、機材に関わる人々が一度その仕事から離れざるを得ない状況に陥った。そして3年後に再び元のエコシステムに戻るかと言えば、現実はまだ厳しい状況だ。現在LCCを含む航空業界全体では、機材の調達やパイロットの不足が深刻な課題となっているのだ。コロナを含めて、いくつもの要因が絡んでおり、LCCにとっても拡大の足かせとなっている。
まずは、機材そのものの調達が困難になっている。ボーイングやエアバスといった主要な航空機メーカーが、供給チェーンの問題や技術的不具合で生産に遅れを生じさせている。例えば、ボーイングは737 MAXの不具合が影響し、納期が遅れている。また、エアバスもA320シリーズの需要が非常に高く、製造ペースが追いつかない状態だ。新造機の遅延は、中古市場の供給不足にも連鎖する。調達を中古機市場に頼れば、従来よりも需要が急増するため、中古機材の供給も追いつかず、価格が高騰しているのだ。特にLCCはコストを抑えるために中古機材を活用することが多かったので、この市場の逼迫が問題を引き起こしていることになる。
次に、パイロットも取り合いが始まっている。パンデミック後の航空需要の急回復により、パイロットの不足が顕著になっているのだ。LCCはコスト効率を重視する。しかし急速な路線拡大に伴うパイロットの確保が難しく計画通り進まないのだ。パイロットの育成には時間がかかる。世界中で航空会社が限られた数のパイロットを同時期に一気に争う結果となっている。特にLCCは大手ナショナルキャリアとの競争で厳しい状況に直面しているのだ。給与や待遇面でも競争が激化し、パイロットの確保にコスト高になれば、LCCの経営に負担がかかることも簡単に想像ができるだろう。
飛行機は自動車のように製造におけるサプライチェーンが複雑だ。一連のパンデミックで供給網が一度崩れてしまったので、それを復帰するにも非常に大変な労力がかかっているのだ。そして航空機の部品供給や製造工程における供給チェーンの混乱は、航空機メーカーの生産に直接的に影響を与えている。特にエンジンや電子機器の供給が不安定で、全体の製造ペースが遅れてるという。これがLCCの新規参入や既存路線の拡張計画に影響を及ぼしているのだ。
どの課題も業界構造全体の課題だ。従い、一企業の努力で短期的に解決することは難しい。LCCは戦略的に中古機材の確保やパイロットの採用強化を行う必要があるのだ。また、一部のLCCは運航を縮小し、既存路線に重点を置くことで経営の安定を図っている。ただ長期的には航空機メーカーの生産能力の回復やパイロット訓練の強化が進むことが期待され、それまでの間に、激化する競争の中で生存しなければ次のオプションが選択出来ないのだ。
(日本特有の制約条件)
最後に、日本のLCCに注目してみよう。日本の航空業界、特にLCCの市場は独自の特徴がある。良く日本はガラパゴス化した戦いだ、と形容されるように、日本の航空業界の戦いもユニークだ。その結果、国内のLCCや中堅航空会社のスターフライヤーやスカイマーク、ソラシドエアなどに取って特有の課題やチャンスが生まれてくるのだ。
日本では、主要幹線(東京-大阪、東京-福岡など)の移動手段として、新幹線が強力な競争相手になっている。新幹線は利便性が高く、ドアからドアの移動時間を考えると、空港でのセキュリティチェックや待ち時間が必要な飛行機よりも早く、かつ快適な移動手段として多くの人に選ばれている。東京-大阪間では新幹線が圧倒的に支持されている理由は明確だ。そのためLCCは幹線ではなく、リゾート地や観光地、あるいは新幹線がない地方都市との連携に力を入れている。これがLCCにとっての勝ち筋の一つになるが、地方空港や短距離路線は市場が限定される。その結果、持続的な成長が難しい点もあるのだ。
日本の主要ハブ空港(羽田、成田、関西、福岡など)からの路線はすでに競争が激化している。ナショナルフラッグキャリア(JAL、ANA)とその子会社のLCC(ピーチ、ZIPAIRなど)が中心となり、限られた顧客層を取り合っているからだ。これに対して、国内の距離が短い地方路線での航空便は、鉄道や自動車でのアクセスが充実しており、航空便の必要性があまり高くない場合もあるのだ。結果、LCCは大手ナショナルキャリアの強い拠点(羽田や関空)を使用する傾向が強く、差別化が更に難しい状態を自ら選択してしまっている。これが、日本国内でのLCCの成長を制限している要因の一つと考える。
LCCとナショナルフラッグキャリアに加えて、日本は中堅航空会社の存在がある。スカイマークやソラシドエア、スターフライヤーは、LCCともフルサービスキャリアとも異なる中間的な立場を取る。彼らの強みは、特定の地域(ソラシドエアは九州、スターフライヤーは北九州など)での地域密着型のサービスや、ナショナルキャリアよりも割安な運賃でありながら、一定の快適性やサービスを提供することで顧客を獲得している点だ。しかし、これらの中堅航空会社は、LCCの低価格戦略とナショナルキャリアのネットワーク力との間で板挟みになっている状況も事実だ。特に、新たに参入するLCCとの価格競争に対しては、コスト構造がLCCほど効率的でないため、価格競争に弱い課題があるのだ。
(勝ち筋)
総合的に考えると、それぞれの勝ち筋は整理される。LCCの勝ち筋は、観光地やリゾート地への路線の強化だ。新幹線がカバーしていない路線、訪日観光客の増加を見越した国際線を拡大することで、市場のニッチを狙うのだ。また、成田や関空といったメガハブ以外の空港を積極的に活用し、コストを抑えつつ運航する戦略も有効だ。そして、中堅航空会社の勝ち筋は、地域密着型のサービスと顧客との関係を強化することだ。彼らは、都市間移動や地域振興において重要な役割を果たしており、特定の地域でのプレゼンスを高めることで、大手航空会社やLCCとの差別化を図ることができる。また、ビジネス客に特化した利便性の高いサービスを提供する、特定のエリアを広域で捉え空港から目的地、空港周辺の観光需要のソリューションを提案するなど、一定の高価格帯顧客を取り込むことも有効だ。
今後、日本のLCC市場や中堅航空会社は、国内の市場規模が限られているため、成長には国際線の拡大や地域市場の深耕が重要になる。また、ナショナルキャリアとの提携や、より効率的な運航モデルの導入も検討することになるだろう。結論として、日本のLCCや中堅航空会社は、新幹線などの陸上交通やナショナルフラッグキャリアとの厳しい競争環境にあるが、地域密着型戦略やリゾート地への路線強化など、特定のニッチ市場での成功がまだ可能だと考える。ただ、継続的な成長には、新たなビジネスモデルの採用や、効率性の向上も求められるので簡単なゲームでないことは理解できる業界だ。
新規事業の旅142 グリーンファンド
2024年10月9日
早嶋です。(3900字)
グリーンボンドファンドやグリーンファンドは、環境配慮型の事業やプロジェクトに投資することを目的としたファンドの一種だ。具体的には、再生可能エネルギーやクリーンテクノロジー、省エネプロジェクトなど、環境に対するポジティブな影響を期待する取り組みに資金を提供する。
グリーンボンドファンドは、グリーンボンド(環境関連プロジェクトのために発行される債券)に投資するファンドだ。発行元は政府、企業、金融機関などで、集めた資金は太陽光発電、風力発電、エネルギー効率向上などの使途だ。投資家は、環境に貢献するプロジェクトを支援しながら、通常の債券のようなリターンを期待できる。
グリーンファンドは、より広義でグリーンボンドだけでなく、再生可能エネルギーやクリーン技術関連の株式やプロジェクトに投資するファンドを含む。ファンドマネージャーが選定した環境配慮型の企業やプロジェクトに資金を振り向け、その利益を投資家に還元する(グリーンファンドが広義のため、以下総称をグリーンファンドとして記述)。
グリーンファンドは、通常のファンドと同様にSPC(特別目的会社)を中心に運営する。例えば、蓄電池プロジェクトなど、大規模でコストが高い場合を想定してみよう。その際、SPCを活用するのだ。SPC(Special Purpose Company)は、特定のプロジェクトに資金を集め、管理するために設立される法人だ。蓄電池プロジェクトに特化したSPCを設立し、グリーンファンドなどを通じて投資家から資金を調達するのだ。
蓄電池は、大きな電池だが再生可能エネルギーを現在の電力インフラにインストールしていく際に、とても需要な役割を果たす。その際に、蓄電池を活用することで利益を発生させることが可能なのだ。再生可能エネルギーの特性上、発電量が気象条件に左右される。太陽がギラギラしている時は発電量が増え、貯める事が無ければ放電しなければならない。一方で、電力需要が逼迫している場合は、すぐに電力を発電するのも限界がある。簡単に沢山発電出来る時は、電力を蓄電池に貯め、電力需要が高まった際に、放電して提供するのだ。
具体的なビジネスモデルをみてみよう。まずは、価格差を利用した利益の獲得だ。電気の価格は需要と供給によって変動する。発電量が多くて需要が少ない時には電気の価格が安くなり、反対に発電量が少なく需要が多い時には価格が上がる。蓄電池はこの価格差を利用して、安価な時に電気を蓄え、高価な時に電力を売ることで利益を得るのだ。近年はこの売買のタイミングや取引そのものをAIを活用することで、最適なタイミングで充放電を行い、取引を効率化できるという理屈だ。AIによる予測とリアルタイムでの最適化を使うことで、電力の取引を自動化し、安定的なリターンを期待できる。エネルギー市場の動向に基づき、最適な取引戦略を実施することが可能になるのだ。
世界中で再生可能エネルギーの導入が進んでいる。各国政府はその普及を支援し、特にグリーンボンドやグリーンファンドを通じた投資は、政策面からも優遇されることが多く、リスクを軽減しやすい環境が整ってきた。また投資家には、環境に貢献する投資を望む者も多い。蓄電池を利用することで、再生可能エネルギーの活用をさらに促進し、エネルギーの効率的な利用に貢献できるため、社会的責任を果たす投資ともなるのだ。
グリーンファンドは、蓄電池の事例でみたように、投資家から見ても魅力的で社会的な意義があるファンドが。もちろんリスクもあるだろう。メリットとデメリット(リスク)を整理してみた。
まずはメリットだ。投資家としてのメリットは、環境貢献と社会貢献だ。グリーンファンドは、環境に優しいプロジェクト(再生可能エネルギー、エネルギー効率の向上、持続可能なインフラなど)に資金を提供するため、投資家は環境保全や社会貢献に関わることがでる。企業のESG(環境・社会・ガバナンス)投資戦略に合致し、投資家もそのチャンスを得得られるのだ。
グリーンボンドは通常、政府や信用力のある企業が発行するため、リスクが低く安定した利回りが期待される。通常の債券と同様に、満期時には元本が返済されるため、リスク回避型の投資家にとっても一般的には魅力的だ。
当然、環境問題に対する関心は今後も高まるだろう。再生可能エネルギーやエネルギー効率向上の需要は増加する。各国政府もこの分野を支援するため、長期的な市場成長が期待される分野だ。つまり、グリーンファンドに投資することで長期的な資産価値の向上が見込めるのだ。
既に多方面に投資を行っている場合、グリーンファンドそのものがリスク分散として活用できる。グリーンファンド事態が、多様なプロジェクトや企業に分散投資することが多く、リスク分散しながら環境に関与することができるのだ。
もちろん、メリットの裏にはデメリットがある。いつの世も、どんな商材においてもリスクはあるのだ。諸々リスクを整理してみよう。
まずは、事業リスクだ。グリーンファンドで資金が投じられるプロジェクトが予定通りに完了しない、または期待される収益を生まないリスクだ。特に、技術的な失敗や規制の変更などにより、プロジェクトの収益性が損なわれる可能性がある。
次に市場リスクだ。債券の場合、市場全体の金利動向に影響を受けるため、金利が上昇するとグリーンボンドの価格は下がり、ファンドのリターンが減少する可能性がある。また、エネルギー市場の変動や政策変更によって再生可能エネルギー分野の利益が不安定になることもリスクファクターだ。
そして規制によるリスクもある。各国の政策や規制の変更により、グリーンプロジェクトへの支援が減少したり、新しい規制が追加されるなどだ。プロジェクトのコストや運営が影響を受けることが予想できる。特に、再生可能エネルギーに対する補助金や税制優遇措置が変更されると、予想された収益が減少する可能性が考えられるのだ。
そして流動性のリスクだ。グリーンボンドの場合、確かに市場は急成長している。しかし、他の債券市場に比べると規模が小さい。そのため、一部のグリーンボンドやファンドは売買が困難になることもある。市場の流動性が低いと、必要な時に売却できないリスクが存在するのだ。なんでもウマい話の裏にはリスクが潜むものだ。諸々を検討して、勝機をみいだせた投資家にとっては魅力的に映るのだ。
最後に、蓄電池の事業にフォーカスしたリスクを洗い出して見よう。それは蓄電池の寿命だ。大規模蓄電池の寿命について、2024年10月現在の情報では、一般的にリチウムイオン電池を使用するケースが中心だ。そして大規模蓄電池の寿命は10年から15年程度とされている。寿命に影響を与える主な要素は、充放電サイクルの回数や深さ、動作温度、電池管理システムの精度などがパラメーターだ。
蓄電池は充放電サイクルの回数が多くなるほど性能が低下する。リチウムイオン電池の場合、一般的に約3,000~5,000回のサイクルを経ても80%程度の容量を維持できるとされているが、それを超えると劣化が進む。高温や極寒での使用は、蓄電池の劣化を加速する。特に高温環境では、内部での化学反応が進むため、蓄電池の寿命が短くなる。蓄電池の冷却システムや適切な運用が必要になる。そして完全に充電したり、完全に放電することを避ける運用(浅い充放電)をすると、電池の寿命が延びるとされている。深放電や過充電を繰り返すと、劣化が加速するため、バッテリーマネジメントシステム(BMS)が重要な役割を果たすのだ。
上記を踏まえて蓄電池を活用した資金回収は、次のような工夫がなされることになるだろう。まずは、計画と充放電のサイクル管理だ。計画通りのサイクル管理と、電池の劣化を抑える運用戦略を導入することで、高価な蓄電池の寿命を延ばし、想定通りの利益を得られるようにする工夫だ。この分野にAIを活用して蓄電池の運用を最適化することが要になる。この管理は、電池の交換のタイミングや通常のメンテナンスがとても大切になる。寿命を迎える前に性能が大幅に低下した場合、蓄電池の交換が必要だ。もちろん冷却システムや設備におけるメンテナンスもポイントだ。ファンドで投資した蓄電池システムの運用そのものが重要なのだ。
資金回収(ペイバック)の効率を高めるには補助金や政策支援の活用がある。政府や地域のエネルギー政策による補助金や税制優遇が得られれば、初期投資やメンテナンスコストを補うことができる。イニシャル、ランニングコスト共に低減できれば、結果としてペイバック期間を短縮できるだろう。蓄電池のインストールはこれからだ。再生エネルギーが地産地消になっても、系統電力に接続されても蓄電池の需要は高まるだろう。事業モデルは安く買って蓄え、高く売るの繰り返しだ。電力市場の価格が想定通りに推移すれば、蓄電池の充放電のタイミングにより得られる収益も安定するが、市場価格の変動によって収益が変わるリスクもあるのだ。
初期投資が大きな事業で公共性が高い場合、投資家を募って事業推進の利害関係者に巻き込む手法がある。蓄電池事業の場合は、電池のコストと寿命がその事業全体の収益に大きな影響を与える。グリーンファンドの活用は良いアイデアだと思う。SPCを構築して蓄電池の選定や設置場所の電力需要者との交渉、全体ソリューションの設計や設置やその後の保守メンテナンス。全体の事業を考えたモノが、利ざやを確実に得ながらも事業を拡大することができるのだ。
書店の敵は私立進学志向(アマゾンじゃなかった!)
2024年10月4日
早嶋です。約5500字。
アマゾンの事業モデル誕生以来、リアルの書店が減少している。一方で、子育てが盛んなエリアでは、確実に絵本を中心に書籍販売する実店舗が存続している。そして、一定の教育レベルや生活レベルが高いエリアにはそのような店舗が存続どころか繁盛している。逆に、街中や過疎化するエリアは、街の書店経営が成り行かなくなる。これは私の仮説だが、実態を調べてみた。一部は正しいと考え、一方で別の視点も考察出来た。
リアル書店の存続要因について研究された論文をいくつか読んでみた。特定のコミュニティでは、書店をサードプレイス(第三の場所)として位置づけ、地域の文化・教育価値を支える役割を果たしていることが指摘されていた(※1)。また、このような書店は親子連れが絵本を購入する店舗としても根付いている。また、都市部や教育レベルの高い地域では、単に本を販売するだけでなく、読書会や教育イベントを開催するなどの、コミュニティとのつながりを強化し、書店の経営を支えている事例も報告されていた。
実際、みなさんも肌感覚で書店の減少を感じていることだろう。日本の書店数は過去20年で大幅に減少している。統計を見ると、2003年には約2.1万店あった書店が、2022年には約1.15万店まで減少している。20年間で書店数が半減しているのだ。この減少傾向は主に、都市部や過疎地での書店の閉鎖が続いている。一方で、面白い傾向も見つけることができた。売場面積は徐々に増加しているのだ(※2)。2003年は店舗の平均面積は80.3坪が、以降増加トレンドとなり、2011年(116.3坪)から2012年(107.9坪)で、一旦落ち込む。その後、再び増加トレンドとなり、2022年には132.7坪となっている(※3)。このように、日本の書店数は減少しているが、特定のエリアでは書店が存続し、更に店舗あたりの売り場面積は増加しているのだ。ここには何らかの理由があると考えられる。
そこでエリア毎の特徴を考察すべく、都道府県ごとの書店の統計を調べてみた(※4、※5)。また、書店の数と何か因果が無いかのあたりをつけるために、都道府県別の平均所得を合わせて比較することにした。
書店数が多い上位5都道府県(2019年のデータ):
1. 東京都 – 1,040店舗
2. 大阪府 – 591店舗
3. 愛知県 – 535店舗
4. 神奈川県 – 530店舗
5. 埼玉県 – 486店舗
書店数が少ない下位5都道府県:
1. 鳥取県 – 56店舗
2. 島根県 – 73店舗
3. 高知県 – 66店舗
4. 山梨県 – 81店舗
5. 香川県 – 94店舗
単純に上記を見る限り、人口密度が高いエリアに書店の数が多いことがわかる。そこで都道府県別の平均所得との相関を調べた。書店数が多いエリアは一般的に大都市が多く、平均所得も高めだ。例えば、東京都は全国で最も高い所得を誇り、2020年のデータでは約624万円だ。他の大都市圏、例えば大阪府や神奈川県も同様に550万から600万円程度だ。一方、書店数が少ない県は、例えば鳥取県や島根県などは平均所得が比較的低く、400万から450万円程度だ。これらの所得水準と書店数の減少にはある程度の相関が見られるかもしれない。
ただし、書店数が多い上位の都道府県は、東京や大阪、愛知など、人口密集地の都市部で、逆に書店数が少ない下位の都道府県は、鳥取県や島根県のように人口密度が低い地域に位置している。特に東京都は、日本で最も高い人口密度(約6,400人/km²)で、そのため書店数が多いと考えられる。一方、鳥取県や島根県は、人口密度が低く、鳥取県は約150人/km²と、人口密度が低いため、商店などの書籍店そのものが成り立たない構造になっていると考えることが出来る。
そこで、単位人口(1万人)あたりの書店の数を確認した(※4)。面白い結果が見えてくる。
店舗数(店)
1 石川県 1.34
2 福井県 1.30
3 香川県 1.16
4 鳥取県 1.12
5 徳島県 1.06
6 京都府 1.05
7 富山県 1.04
8 和歌山県・山梨県1.03
9 栃木県・岩手県 1.02
10 秋田県 1.00
平均 0.78
書店の数は、人口密集地に多いが、単位人口で見てみると東京、大阪、愛知、神奈川などはランク外になるのだ。ちなみに同様の単位あたりの書店数は、人口1万人に対して神奈川は0.58、埼玉は0.66、東京都は0.74と平均の0.78よりも低いのだ。
ここまでのデータから推定できることは、日本海側や四国の地方都市で書店が多い傾向が見られることだ。教育レベルに注目すると福井県や石川県は、学力テストで高成績を収める傾向が強く、読書習慣が根付いていることと相関が高いかもしれないと考えた。
そのエリアにおける教育費や過処分所得の構成比率を見ると何かの関連がわかるかもしれない。統計データから可処分所得に占める教育費の割合に関するランキングと、対応する金額を整理した(※6)。確かに地域ごとの可処分所得や教育費には大きな違いが見られた。
教育費の割合が高い都道府県(可処分所得に占める割合)
1. 東京都
可処分所得: 約650万円
教育費割合: 約10-12%
教育費: 約65-78万円
2. 神奈川県
可処分所得: 約620万円
教育費割合: 約10%
教育費: 約62万円
3. 愛知県
可処分所得: 約550万円
教育費割合: 約9-10%
教育費: 約49-55万円
4. 大阪府
可処分所得: 約530万円
教育費割合: 約9%
教育費: 約48万円
5. 京都府
可処分所得: 約520万円
教育費割合: 約9%
教育費: 約46-47万円
教育費の割合が低い都道府県
1. 鳥取県
可処分所得: 約400万円
教育費割合: 約7%
教育費: 約28万円
2. 島根県
可処分所得: 約390万円
教育費割合: 約7%
教育費: 約27万円
3. 秋田県
可処分所得: 約380万円
教育費割合: 約6.5%
教育費: 約25万円
因みに、単位人口あたりの書店数が多い、石川県、福井県、香川県、徳島県、富山県の可処分所得に占める教育費の割合や金額も見てみた。
(石川県)
可処分所得: 約470万円
教育費割合: 約8.5%
教育費: 約40万円
(福井県)
可処分所得: 約460万円
教育費割合: 約8.2%
教育費: 約38万円
(香川県)
可処分所得: 約440万円
教育費割合: 約7.9%
教育費: 約35万円
(徳島県)
可処分所得: 約420万円
教育費割合: 約8.0%
教育費: 約34万円
(富山県)
可処分所得: 約450万円
教育費割合: 約8.3%
教育費: 約37万円
これらのデータを見てわかるように、人口密集地は可処分所得に占める教育費の割合が10%を超えている。一方地方で他に人口あたりの書籍店の数が多いエリアは、可処分所得に占める教育費の割合が8%前後で、教育費そのもの金額が低いエリアは7%以下であることが分かった。都市部は教育費がかかる構造で、地方は教育費をかけない傾向があるのだろうか。
この疑問は別の視点で解けた。所得が高いエリアは人口密集地に集中しており、このエリアに書店が多いのは人口との相関だ。一方で、地方では人口密集度合いが低くなり、書店の経営は難しくなるかと推定したが、所得レベルが低い鳥取や島根などは、単位人口あたりの書籍店の数が平均の0.78よりも高く1を超えているのだ。
書店の数に影響を与えるパラメーターは、人口密度は間違いない。ただし所得レベルや可処分所得に占める教育費の割合は相関があるとは言い切れない。教育費の絶対額が低い地方でも書店が多いエリアが多いからだ。となると文化や教育の関心度合いが考えられる。所得や人口に関わらず、文化的な背景や教育への熱意が強い地域では書店が比較的多く存在するという仮説だ。鳥取県や島根県、香川や徳島、秋田のように所得が低いにもかかわらず、地域の教育熱が高い場所では、書店が存続しているのだ。
所得レベルが低く、人口も少ない、そして可処分所得に占める教育費の割合が少ない日本海側や四国の地方都市、それから東北では書店が多い傾向が見られる。しかし、このようなエリアの教育レベルは低くはない。福井県や石川県は、学力テストで高成績を収める傾向が強く、読書習慣が根付いていることと相関が高いかもしれないと考えた。そこで進学率の統計を見ている時に面白い発見をした。書店の数は、私立学校の進学率と緩やかに反比例しているということだ。都道府県ごとの私立学校志向を調べてみると、以下のような順位が分かった(※7)。
私立高校への進学率が高い都道府県(2021年のデータ)
1. 東京都: 進学率56.9%
2. 大阪府: 進学率48.0%
3. 福岡県: 進学率43.1%
4. 奈良県: 進学率42.9%
5. 愛知県: 進学率42.8%
特に都市部において私立学校が教育選択肢として広く受け入れられており、私立への進学率が高いことが確認できる 一方で、私立高校などの進学率が低い都道府県は、主に地方や過疎地に集中している。逆に、国公立学校への進学志向が高い都道府県の上位には、以下のようなエリアがある(※8)。
1. 新潟県:国公立進学率が最も高く、全体の進学率は99.57%
2. 石川県:99.43%で、非常に高い進学率を誇る県の1つ
3. 福井県:99.31%、北陸地方の他の県と同様に国公立志向が強い
4. 岩手県:99.30%、国公立学校への進学が主流の地域
5. 富山県:同じく99.30%、国公立志向が強い地域
これらの地域では、特に公立・国立学校への進学率が高く、私立進学が少ないことが特徴だ。多くの住民が国公立学校を選ぶことで、教育費が抑えられ、文化的な価値観が地域に根付いている可能性が高い。書店の数や図書館の利用率も高く、地域全体で教育と文化に対する関心が高いのだ。先に示した単位人口あたりの書店の数は、新潟は1.02、石川は1.34、福井は1.30、岩手は1.02、富山は1.04だ。平均が0.78なので、一定の関係を確認できる。
全体の議論を整理してみよう。書店の敵はアマゾンではなく、私立進学志向だったのだ。まず、人口密集地では書店の数は多いが、単位人口あたりの数は少なかった。東京、神奈川、大阪、京都といった人口密集地では、書店の絶対数は多いものの、人口1万人あたりの書店数は全国平均の0.78を下回るか、ほぼ同水準に留まっている。これらの地域では、教育に対する支出が多いものの、書籍の購入に対する余裕や時間が限られていることが考えられる。単位人口あたりの書店数が多い地域は教育熱心で私学が少ない特徴から国立志向が強いのだ。石川県、福井県、富山県、岩手県などの地方では、1万人あたりの書店数が1を超える地域が多く見られる。これらの地域は、教育熱心な家庭が多く、かつ国公立学校への進学志向が強いことが特徴だ。これにより、家庭が私立学校や塾などの高額な費用を支払う代わりに、図書や文化的な支出に対して余裕を持つ傾向が見られるのだ。私学志向の強い都市部では教育費が高く、図書購入に費やす余裕が少ない。それから読書する時間を塾や私学の勉強に回しているとも考えられる。東京、神奈川、大阪のような大都市では、私学志向が強く、教育費の多くが塾や私立受験対策、私立学校の学費に割かれている。これらの地域では、可処分所得が高くても、教育費が10%以上に達しており、書籍や図書に回す予算や時間が不足している可能性があるのだ。私学志向が強い都市部では、教育が競争的になりがちで、デジタル化も進んでいる。対して、地方では書店や図書館の利用が文化的活動として根付いており、公教育の質が高いことで、私学に頼らない教育スタイルが一般的だといえるのだ。
地方に書店を増やし、文化的な施設を増やす。生成AIやロボットが人間のライバルになる頃、都市部での過度な学歴競争は無意味なものとなり、文化や感情を育んで人間らしく育った地方の国公立志向の子どもたちが未来を創造する世界がくるかもしれない。
※1:https://link.springer.com/article/10.1007/s11769-023-1393-6
※2:https://www.nippan.co.jp/news/data2023_20231113/
※3:https://www.ohmae.ac.jp/mbaswitch/e-books
※4:https://ryutsu-gakuin.nippan.co.jp/n-column-cat2-9/
※5:https://realsound.jp/book/2022/12/post-1206831_2.html#google_vignette
※6:https://ecitizen.jp/Ssds/Indicators/_D0311501#google_vignette
※7:https://nlab.itmedia.co.jp/research/articles/737617/
※8:https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/mieruka/db_top/link/performance_link/mext1_3_2.html
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